暁の剣士――熱き氷の刃(改稿版)

御剣ひかる

1 蒼の夜

1-1 蒼色の世界

 新年度が始まって一週間近くが経った。

 高校二年となったつかさは、去年と同じく同級生となかなかなじめずにいた。


 クラスメイトは去年と同じクラスだった者同士、あるいはもっと以前から親交があった者同士で早々にグループを作っている。当然、司はどこにも属していない。

 今年もほぼ「ぼっち」か、と考え、まぁそれでも友達がいないわけじゃないし、と気楽に流す。


 その、唯一と呼べる友人と別れ家に向かい歩いている時、唐突に異変が起こった。


 もうすぐ家に着くというところで急に空が暗くなる。

 いや、空だけではない。夕方のはずなのにまるで夜だ。

 しかもいつもの夜ではない。全体的に緑がかっている。

 くすんだ草の色とされる蒼色が基調となった、奇妙な色だ。

 司は驚いて周りを見た。


 え? なに? 急に夜? 変な色だし。


 状況を把握しきれない司の頭にそんな疑問が浮かんでは消える。

 急に太陽がすとんと落ちるコミカルな情景を思い浮かべて苦笑も漏れた。


 それにしても、日本では見られない夜景の色あいに、なんだか心がざわざわとする。

 何がどうなっているのか判らないが、とにかく家に向かおう。

 結論を出した司の前に、しかし、信じられないものが現れた。


 緑色の肌の醜悪な小人が三人、手にはこん棒や短い剣を持っている。

 とがった長い耳、吊りあがりぎらぎらと光る眼、うっすら開いた口から覗く牙。ほぼ裸に近い体の腰部分に申し訳程度にまかれたボロ布。


 実際にゴブリンがいたらこんなのだよな、と司は妙に冷静な頭で考えた。


「ギャー、ギャッ、ギャッ」

「ウキャ、ケケケ」


 緑色のそいつらが手に持つ得物を振りかざし奇声を上げる。

 命の危機を察して汗がどっと噴き出る。


 獲物は恐怖で動けないと判断したのだろう。ゴブリンたちが愉快そうに笑いながら武器を振り上げた。

 司の口からは「ああぁ」と、か細い声が漏れるだけだ。


 こういう時、どうすれば? えぇと、相手から目を離さずにゆっくり下がる?

 それは熊と遭遇した時の対処法だろう、と冷静な自分が異を唱えるが、背を向け走って逃げても駄目な気がして、司はじりじりと後退する。


 ゴブリンの一匹が飛びかかって来た。


「うわあぁっ」


 思いのほか大きな悲鳴が司の口から飛び出す。

 同時に、反射的に、持っていたかばんを振り回していた。

 幸いにもゴブリンの横っ面に鞄がクリーンヒットして、相手は地面に投げ出された。


「ぎゃー! ギャッ、ギャギャッ」


 その様子を一歩離れたところで見ていた残りの二匹がさらに興奮したような声を出すが、すぐに攻撃してくるということはなさそうだ。


 今がチャンスか?


 司は、賭けてみることにした。

 くるりと背を向け、走りだす。

 攻撃的な叫び声をあげながらゴブリンが追いかけてくる。

 その声が、気配が、迫ってくる。


 怖い!

 られる!

 嫌だ!


 司の恐怖と緊張が最高潮に達した時、ふ、っと体が軽くなるのを感じた。

 まるで体重を感じない。

 実際、後ろに流れる景色がそれまでより速くなった気がする。


 と。


 背後に別の気配が増え、重いものが風を切る音を聞いた。

 化け物の悲鳴がする。こういうのを断末魔というのか。

 司は脚を止めて振り返った。


 身の丈ほどもありそうな剣を振り下ろした格好の女性がそこにいた。


 どきりとした。

 おそらく一太刀で化け物三匹を片付けてしまったと簡単に想像できるその姿は、すごく格好よく見えた。


 彼女のさらに向こうには男性の影もある。

 ゴブリンは、女性の足元で痙攣していたが、すぐにすぅっと消えてしまった。


「間に合って、よかった」


 女性が顔をあげ、姿勢を正して笑う。

 静かな笑みだった。


「君は、もしかして前にも蒼の夜に呑まれたことがある?」


 女性の後ろから近付いてきた男性が問いかけてくる。


「あおのよる?」


 聞き慣れない言葉に司は首をかしげる。


「初めてだったのか。それにしてはいい動きだったよ」


 司よりも少し年上だろうか、ワイシャツとスラックス姿の男性はにこっと笑う。

 男同士でこんな言葉を当てはめるのは失礼かもしれないが、かわいい笑顔だと司は思った。


りつ、夜が晴れたわ」

「あっ、ありがとうはるかさん」


 遥の小声に律は辺りを見るしぐさをして口を押さえる。

 つられるように司も周りを見る。

 いつの間にか、景色は元通りだった。

 化け物どころか、遥が持っていたあの大きな剣もどこに行ってしまったのか判らない。


 それよりも、何か別の違和感を覚えるが、それが何なのかは今の司には判らなかった。


「えぇっと、何がどうなって……」


 司の戸惑いの声に二人は顔を見合わせた。


「ごめんね。今ここで詳しい話はできないんだ。よかったら場所と日を改めて話させてほしい」


 男性が胸ポケットから名刺を出してきた。



『人材派遣会社 トラストスタッフ 雨宮あまみやりつ



 人材派遣会社とは意外だった。

 テレビ局がドッキリを仕掛けていたのだと言われる方がまだしっくりくる。


「もしよかったら、明日にでも会社に来てほしい。もちろん、話なんか聞かなくていいと思うならそれでもいいよ」


 律が言う。


 確かに、もうこれっきりにしてもよかった。

 が、先ほどの律の言葉からして、あの状況はこれが初めてではないらしい。

 また巻き込まれるかもしれない、と思うと、話は聞いておいた方がいいのかもしれないと司はうなずいた。


「明日、行きます」

「うん。待ってるよ。あ、念のためだけど、さっきの事は誰にも話さないでほしいんだ」

「……話しても信じる人はあまりいないと思うけれど」


 律と遥の苦笑い交じりの言葉に、それもそうだと司も似た笑みを返した。


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2024年11月30日 21:21 毎日 21:21

暁の剣士――熱き氷の刃(改稿版) 御剣ひかる @miturugihikaru

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