師匠が作った特別な薬

takemot

第1話 まだ何も言ってないのに!?

「ね、ねえ、弟子君」


 ちょっぴり弱々しいその声に、僕は鍋をかき混ぜながら顔を後ろに向けました。視界に映るのは、二人掛けの小さなテーブルと椅子。そして、椅子に座る一人の女性。


 胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。真っ黒なパジャマを身にまとった彼女は、手をこすり合わせながらわざとらしく笑っています。


 僕は小さくため息を吐き、彼女に向かってこう告げました。


「却下で」


「まだ何も言ってないのに!?」


 叫び声をあげた彼女の正体は、町の裏路地でひっそり営まれる魔法薬専門店の店主。


 あと、僕の師匠です。


「言わなくても分かりますよ。師匠の考えてることくらい」


「む。それなら当ててごらん。私は常に弟子君が想像もできないようなことを考えてるんだよ」


 頬を膨らませながら師匠は僕を睨みます。まあ確かに、師匠は魔法薬作りの天才ですし、凡人である僕の想像が及ばない部分も多々ありますけど。今の状況下での答えはこれしかないでしょう。


「どうせお菓子が食べたいとかでしょ」


「…………」


 あ。視線がそれました。


「当たりですね」


「し、しょうがないでしょ! ここ最近、全然お菓子食べてないんだから!」


 テーブルを叩きながら、師匠は椅子から立ち上がりました。よほど強く叩きすぎたのでしょう。手をヒラヒラと振って顔をゆがめています。なんという自業自得。


「お菓子って言われましても。一応、料理に使う砂糖ならありますが。甘いですし、お菓子代わりになりません?」


「ならないよ! チョコレートとかクッキーとかケーキとか、そういうのが食べたいの!」


「そんな贅沢なものないですよ」


「わ、分かってるけどさー。う、うう、ううううう」


 唸り声を上げながら椅子に座り直した師匠。そのままテーブルに突っ伏してしまいました。机上に弱々しく垂れた白銀色の髪がいつもよりすすけて見えるのは、僕の目がおかしくなったからなのでしょうか。


「はあ。とりあえず、朝ご飯食べて元気出してください」


「今日のメニューは?」


「パンとシチューですよ」


「お菓子がない分、シチューの具材は豪華だったり……」


「ふ。愚問ですね」


 いやはや。何を言い出すのかと思えば。


「もちろん、いつも通り野菜の欠片だけです」


「むぐぐぐぐ」


「はいはい。そろそろできますからねー」


 僕は、鍋の方へ顔を戻し、中に入っていたシチューを一口味見。ミルクの優しい風味の中に、かすかな野菜のうまみ。本当はお肉も入れたいところではありますが、我慢するしかないのです。なにせ、先週お店に訪れたお客さんは二人のみ。売れたのは、傷を治す魔法薬が五本と疲労回復の魔法薬が三本。どちらも単価はそこまで高くありません。こんな調子ですから、貧乏生活を強いられるのは必然といえるでしょう。


「よし。完成」


 鍋の火を止め、あらかじめ用意しておいた木のお皿にシチューを注ぎ入れます。そして、かごに入れたパンとともにテーブルへ。


「できましたよ。熱いから気をつけて食べてくださいね」


「ん」


 不満げな短い返事。唇を尖らせた師匠は、お皿に入ったシチューをスプーンですくい、数度息を吹きかけてから口へ運びました。次の瞬間、彼女の目がキラリと輝きます。


「おいしい」


「それはよかったです」


 シチューの中には野菜の欠片。お肉なんて贅沢なものはなし。けれど、味付けが全くできないわけではありません。師匠好みの味付けにすることだって可能なんですよ。師匠に気に入ってもらえるようにたくさん研究したんですから。


 おっと。僕も急いで食べないと。お店の開店に間に合わなくなってしまいます。昨夜は魔法薬の本を読むのに夢中になっていたせいで、ちょっと寝坊しちゃったんですよね。お客さんが少ないといっても開店時間は守らないといけません。


 いつもより早いペースで食事をする僕。まだ完全に冷めていなかったシチューの熱さに舌が悲鳴を上げています。う、やばい。火傷しちゃいました。


「うーん。うまうま」


 羨ましきかな。師匠はパンをシチューに浸して満足気。相変わらずのマイペース。


「ごちそうさまでした。洗い物は後からするので、食べ終えた食器は流し台に持って行ってくださいね。僕、お店開けてきますから」


「はーい」


 師匠の間延びした声を背に受け、僕はお店として利用している隣の部屋へ。


 中央には長いテーブル。それを挟むように二人掛けの黒いソファー。壁沿いの棚に置かれた数多くの魔法薬。ちょっぴり漂う薬品臭。


「さて。開店前の掃除っと」


 伸びをして、部屋の端に置いてあるほうきと布巾を手に取ります。部屋の床をほうきで掃き掃き。ソファーと机を布巾で拭き拭き。時間の関係でちょっぴり大雑把に。


「相変わらずマメだねー」


「あ、師匠。食べ終わったんですか?」


「うん。ちゃんと流し台に食器も置いたよ」


「はい。よくできました」


「……なんか、子ども扱いされてる気配がするんだけど」


 向けられるジト目。


 はっはっは。師匠は十六歳の僕よりも四つも年上なんですよ。それなのに、師匠を子ども扱いなんてそんなことあるわけないじゃないですか。


 …………


 …………


 はっはっはっはっは。

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