第4話 瓦礫の悪魔

ソラが着替え終わるのを待ち、それからメグに教えられた地点にカレンとソラは来ていた。

そこは大穴の下にあった、なんというか別世界だった、物語に出てきそうな巨人や竜、そして肉食獣を思わせる四足歩行の怪物。それらがぶつかり合い、殴り合い、噛みつき合い、争っているそんな場所だった。

しかしそれらはソラが昔読んだことのある本に出てきたのとは違ったものだった。

なぜならその巨人も竜も肉食獣も全てビルの残骸やめくれた地面のアスファルトなどで形作られたものでとても大きかったからだ。

「カレンさん…なっなんですかここ…」

その目の前に展開された光景にソラは声を震わせながらカレンへと問いかけると隣にいるカレンからすぐに欲しい答えが返ってきた。

「ここは『瓦礫の劇場』…またの名を『悪魔のおもちゃばこ』。瓦礫に憑依した悪魔が日々ああやって闘争を繰り返している場所よ。定期的に居場所をなくしたのが穴から這い出てきて甚大な被害を出すのよ。」

「でも…そんな話聞いたことないですよ…」

「それは私たちが出てくるのを食い止めてるからよ。それに数年前にあったある一定地域のシェルターが使い物にならなくなったのは知ってるかしら?」

「噂程度ですけど、知ってます。」

「そのいくつかのシェルターはここから出てきた瓦礫の化け物に破壊されたのよ、その後悪魔は倒されたんだけど甚大な被害が出た。だからアレはねここから出してはいけないのよ…」

瓦礫の化け物が争っているのを眺めてそう言ったカレンの横顔はなんだか寂しそうだった。

ソラがカレンのほうを見ると、カレンは静かに拳を握りしめていた。

そんなカレンの様子にソラがなにか言おうかと悩んでいると、積み上げられた瓦礫の間から翡翠色の髪を背中くらいまで伸ばし、その髪を寝癖でボサボサしたどこか眠たそうな目をした小柄な少女が出てくる。

「んっカレンやっと来た。」

「メグ状況は?」

「今のところは動いてない。」

カレンとメグが簡単に状況を確認する、動くまでに少し時間があると確認できたカレンはそれならとメグにソラを紹介する。

「そう…なら紹介する時間はあるわね。この子はソラ、私を手伝ってくれるその…この場合はなんていうのかしら?」

「えっと何て言えばいいんでしょうか…難しいなら普通に友達とかでも大丈夫ですよ。」

カレンがソラの立場をどう説明しようか迷っているとソラがそっと助け船を出す。

「んっソラはカレンの友達。つまりは私の友達。よろしくねソラ。」

そのやり取りを見ていたメグがなにかを感じ取ったのか、ウムウムと何度も頷くと自分なりに納得しソラに右手で握手を求めてくる、それに対してソラは快く握手に応じる。

「はいっ!よろしくお願いしますメグさん!」

握手に応じてもらえたのが嬉しかったのかメグはニコッと少し照れ臭そうに微笑む。

「んっこれで友達。でも呼び方はメグがいい。」

「ふふっわかりました。これからからはメグって呼びますね。」

これまた、何回目のやり取りかはわからないがメグもソラに対して呼び捨てを所望してくる。

「ああ~!メグまで!ずっずるい!」

「うお~なんでメグまで!オイラも…オイラだって…うう…」

それにいつものように呼び捨てで呼んでもらえない負け組二人がギャーギャーと文句を言ってくる。

その時、負け組二人の喧しい声を遮るように誰かの声がする。

「はあ…まったくうるさいですわねメラは。」

「げっシル…ってなんでオイラだけ!?カレンだってうるさかっただろ!?」

その声と発言内容にメラは実際にその様子は見えないがたぶん剣の中でうげ~と舌を出して言っているようだった。

「はあ…そんなこともわかりませんの?」

「えっわかんないけど…」

メラの態度になんだか冷たい態度でシルと呼ばれた声が言ってくる、その声に気圧されたメラは弱気な声で返す。

そんなメラの返答を聞いているのか聞いていないのかはわからないがシルがいきなり大声で答えを口に出す。

「カレンお姉さまが騒いでたらかわいいでしょうが!」

それは精霊を前にしたソラと似ているなとかそんなことをなんとなくメラは思ったが、そこで気がつく。

「ええっなんでオイラだけ!?毎回思うけどそのオイラとカレンの扱いの差はなに!?」

自分が理不尽なことを言われている事実に。メラが抗議という名の声を上げる。

「えっとメラさん…シルとはどなたですか?」

苦笑いを浮かべるカレンとソラと友達になれたことが嬉しくて仕方ないのかニッコニッコな笑顔を浮かべるメグの間で精霊同士のやり取りが展開されているところにソラがおずおずと質問をする。

「えっとねソラ、シルっていうのはメグの腰にある銀色の柄をした剣に宿った精霊よ。」

「そうなんですか!よっよろしくお願いしますねシルさん!」

すかさずソラの質問に答えたカレンに対してお礼の代わりに相槌を打ったソラは、メグの持つ銀色の剣に宿る精霊シルに挨拶する。

するとちょっとアレな反応が返ってくる。

「ああっ!ここにも私のお姉さまとなる方が!失礼ですがソラさん、ソラお姉さまとお呼びしても。」

「えーと本当は名前呼びが良いんですけど、良いですよその呼び方でも。それに…カレンさんとメラさんには…」

シルの食いぎみに聞いてくるその声に少々驚いたソラだったがどうにか返事をする。

そして最後に少し申し訳無さそうに付け加えようとするが、そこにちょっと意地悪なカレンの声が挟まる。

「そうよね、ソラってば私とメラのことはさん付けだもんね。」

「いや~その…」

「ふふっそんな顔しなくても大丈夫よ、理由はちゃんと聞かせてもらってるからね。」

「ああっまた一人私にお姉さまが…」

その事についてはその~みたいな感じで目線をあわせないソラ、その態度が可笑しかったのか楽しそうに笑うカレン、そして一人で喜びを噛み締めているシル。

「シル初対面の方にそんなに言わない方が良いと思うんだけど?」

そこにシルを嗜めるように声がかかる、それは女性の声だった。

その声にシルは慌てて言い訳を始めるが許しを得るのはなんだか難しそうだった。

「ウッそっそれは…まあラティナお姉さまの言うとおりですが…でもでも!」

そんな苦し紛れの言い訳を展開するシルへとソラが助け船を出してあげる。

「あの私は別にお姉さま呼び大丈夫ですから!ちょっとだけ!ほんとにちょっとだけですから!」

ソラのシルに対しての助け船にその声もといラティナは注意していた態度を引っ込めるとソラに対して明るい声で話しかけ、自己紹介までしてくれる。

「あはは…ごめんねうちの妹が。あっそうそう自己紹介がまだだったね私はラティナ、メグと契約した精霊で柄の黒いほうの剣に入ってるの。よろしくねソラ。あと私のことはラティナって呼び捨てで良いわ。」

「わかりましたよろしくお願いしますねラティナ!」

そんなこんなでソラとメグそして2本の剣に宿った精霊の自己紹介が済み、メグはカレンとなにかを交わした後、さっき現れた瓦礫の間に消えて行った。

「カレンさん、メグはどこに行ったんですか?」

「見張りよ。私も交代で行くことになるんだけど、最初はメグが担当することになったの。」

ソラが瓦礫の間に消えて行ったメグについてカレンに聞くとすぐさま返事が返ってくる。

「ああなるほど、さっきの相談は順番決めだったんですね。えっと私はいつやれば?」

ソラが納得すると同時に自分の担当する時間について確認を取るとカレンが首を横にふりながら答える。

「ソラは休んでて良いわ。それに今のうちにユキといろんなことをしゃべっておきなさい。私たちが悪魔と戦うには精霊との信頼関係が大事だからね、まあソラとユキだからその辺は心配してないけど。」

カレンのそれは精霊と契約した者の先輩として今日初めて精霊と契約したソラへのアドバイスだった。

「そうですね、そうします!」

そんなカレンのありがたいアドバイスをソラは素直に受け入れ、笑顔をカレンに向けてユキの入っている本の表紙を指で撫でる。

撫でられた本は淡く発光するとカレンへとちょっとイタズラをするようなからかうような調子で声をかける。

「ふふっカレンは良いこと言うわね、本当はこういう状況に慣れてないソラには無理してほしくないのよね。」

ユキの言葉が図星だったのか、言い当てられた恥ずかしさで顔を赤らめ目線を少し下にしながらユキにカレンが抗議する。

「ユキ、そういうことはわかってても言わないでよ。その…恥ずかしいじゃない。」

ユキはカレンの抗議を軽くかわすように楽しそうな声で返す。

「そうね、余計なこと言ったかも!ごめんなさい」

「ありがとうございますカレンさん、その気持ちとっても嬉しいです。」

ソラはカレンの気遣いに嬉しくなり本日何度目かわからない感謝の気持ちを伝える。


場面は変わってカレンとソラはメグが利用しているベースキャンプに来ていた。

「ソラは朝になるまでここでユキとおしゃべりしたり、必要なら仮眠をとって。朝になったら迎えにくるからじゃあ後でね。」

「はい!わかりました。カレンさんも休憩は適度にとってくださいね。」

カレンは返事の代わりに手を上げて、瓦礫の山の間に消えていった。

「ふー今日1日はいろんなことがあったな…」

ソラは焚き火の側に座り、炎が出すパチパチという音を聞きながら昨日までは考えもしなかったくらい激動の今日に思いを馳せる。

「そうね、今日1日は私にとってもいろんなことがあった。」

するとユキが声をかけてくる。その声にソラはずっと疑問に思っていたことを聞いてみようとする。

「えっとユキ、聞いておきたいことがあるんだけどいいかな?」

「ええ良いわよ。なにが聞きたいの?」

それを快く受け取ったユキは優しくなにが聞きたいの?と聞いてくる。

ソラは少し考えるような間をおいてからユキに聞いておきたかった疑問を口にする。

「えっとユキが本から出てきたときのことなんだけど、そのユキって人の姿で出てきてたじゃないですか?あれってどういうことなのかなって?」

「ああその事ね、ソラはその時にメラが言ってたこと覚えてるかしら?」

ソラの質問になるほどと納得のいった声で頷いたユキは説明のために質問に質問で返す。

「えーと…たしか神の願いを聞き届けた姿?でしたっけ?」

ソラは今日の記憶を辿るように自身の唇に人差し指を当てうーんと唸ったあと答える。

ユキはそのソラの声を満足げに肯定すると、ソラの質問の答えを教えてくれる。

「ええあってるわ。さすがね!まあ実際には神の声と願いによって戦うことを許可された姿なんだけど。えっと質問は私がどうして人の姿で出てきたかだったわね。それはね、十数年前神たちがあの悪魔たちに負ける寸前、私に戦うこととその願いの保持を命令したの。自分たちが負けても人類に抗う力をなるべく多く残すためにね。それももう使ってしまったんだけど。」

答えを話し終えてからユキはいったん間をおいてから

「でも後悔はないわ、だってあなたを助けられたから。」

そう付け加えた。

「ユキ、そういえばちゃんとお礼言ってなかったけどあの時はありがとう。」

ソラはハッとしたような表情をした後に座ったままペコリと頭を下げると固くならないように少しだけ丁寧に言うことを意識してお礼を伝える。

ユキはソラの少し器用なお礼を受け取ると、それが少し面白かったのか笑うとお礼が遅かったことなんて気にしてないとソラに伝え、そして話題を元に戻すようにソラへと聞く。

「ふふっどういたしまして、別にお礼なんていいのに。だって私が助けたくて助けたんだから。それより他に聞きたいことはない?」

「あっならもう一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」

「ふふっ何でも聞いてちょうだい。」

ソラは人差し指を1本ピンッと立てるとユキに促されるまま話題を戻す、ユキはそのしぐさを見て楽しそうにこたえる。

「じゃあ、えっと私とカレンさんを襲った悪魔はユキと知り合いみたいだったけど何者なんですか?」

「アレはね、悪魔ではあるんだけどちょっと変わってる、そうね…悪魔側の異端者ってところかしら。あの男は力比べにしか興味がないのよ。だから戦う意思のない人間に被害をもたらすことはない、だってあの男が興味あるのは強い者との力比べだけなんだもの。」

ユキがソラの質問に答えてくれるが、その返ってきた答えにソラは動揺してしまう。それもそのはずで悪魔とはこの世界をメチャクチャにした元凶であり、人間に危害を加える悪意そのものというのが世の中の常識だからだ。

「ほんとにそんな悪魔がいるんですか…?だって悪魔は…」

「でもいるのよ、実際に私と戦った後もはあなたたち二人を殺すことができた。それに私とソラの契約まで勧めてきたのがその証拠。」

ユキはソラの動揺に寄り添うような声音で、しかしその疑問にも似た感情を否定するように言葉を続ける。

そんな態度が良かったのかソラも落ち着きを取り戻しながら、自分の考えを口に出しつつ整理していく。

「そうですね、あの場で悪魔側にそうする理由がない…となるとユキの言っていることは正しい?…わかりましたなるほどとんだ異端者ですね。」

「そうね。まあでも敵には変わりないから次は容赦しないわ。と言っても今の私たちじゃ勝てないけど。」

落ち着いたソラの様子を見たユキは、好戦的にそう宣言するもそのすぐあとに自信がなさそうに悔しがる。

「そうですね…変わり者なことはわかりましたけどすごく強かったですから。」

悔しそうなユキの様子を見て、ソラはあのときの圧倒的な強さを持った悪魔の顔を思い出し苦笑を浮かべる。

「あとソラ、私からも良いかしら?」

「何ですか?」

「その…さっきから敬語だったりそうじゃなかったりしてるのはなぜかしら?」

少し躊躇ったあとにユキは聞いてみる。そう聞かれたソラはギクッと肩を跳ねさせると自分の両手の人差し指をツンツンと合わせながら少しずつ言葉を出していく。

「あっあうあうあ、えっと…なんだかその…ユキとは今日初めて出会ったし、だからその敬語かなみたいな…でもなんていうかずっと一緒にいたような気もしてて…えーとえーと…」

そんなあわあわとなってしまっているソラの様子がすごくかわいくて、それにソラは会ったことはなかったけど心のどこかで自分とずっと一緒にいたことを感じてくれていたことが嬉しくて本の中でニヤケてしまう。

「ソラ、あなたの言いたいことわかったから大丈夫よ。ソラはそのまま私に話しかけてくれれば良いわ。」

「そうですか?」

「ええ、伝わったわ。」

自分の要領の得ない説明で伝わっているのが不思議なのかソラは軽く首をひねるがそれにユキは問題ないと相槌を打つ。

その空間は焚き火のパチパチという音、ソラとユキの静かなおしゃべりだけがそのベースキャンプを満たしていた。

そんな空間はしばらくしたのち、走ってきたカレンの足音と耳をつんざくようなナニカの咆哮によって終わりを迎えた。

「はあはあ…ソラ!ちょっとまずいことになったわ!メグと合流するからついてきて!」

カレンは余裕のない表情でベースキャンプへと走って入ってきてソラについてくるように言ってくるのにソラも反応する。

「わかりました!行こうユキ!」

「そうね、行きましょう!」

ソラはそうユキに声をかけるとそれにユキも返す、そして立ち上がり急ぐカレンの背中を追いかける。

二人は瓦礫の間を移動し、声の方向へそしてメグのもとへ急いでいく。

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その暗闇にこの刃が届くまで えんぺら @Ennpera

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