29.「第三の魔王」

「我が力を取り戻すために、よくぞ尽力したな、貴様ら。褒めてつかわす」


 横柄に告げる魔王。


「え!? ほ、本物ですか!? 本物の魔王さま……?」


 レンが、戸惑いながら訊ねる。

 無理もない。今まで、散々魔王と呼ばれた〝偽者〟たちと会って来たのだ。

 正直、俺も疑っている。


 だが――


「本物か、だと? ふん。誰に向かって言っている? はあああああああ!」


 ――魔王が拳を翳し、気合いを入れると――


「!!」


 ――その身体から、膨大な黒き魔力が迸った。

 その姿は、正に、漆黒を纏いし魔の王――に見える。


「すごい! 本物なんですね! まさか、あの本の王子様が、魔王さまだったなんて! しかも、こんなに格好良い方で! 本で描かれている御姿そのままで、素敵過ぎます! 胸が一杯です! 感激です!」

「うむ」


 べた褒めのレンに、魔王も満更でもない様子だ。


 へぇ~。

 別に良いけどさ……何か褒め過ぎじゃないか、レン?

 いや、別に良いんだけどな。本当に、別に……


 でも……何か……もやもやするな……

 

 俺は、眼前のイケメン男が魔王だと認めたくなくて、ポツリと呟いた。


「まだ、魔王とは断定出来ない」


 自分で言っていて、まるで〝負け惜しみ〟みたいに感じる。

 ……って、何だ〝負け惜しみ〟って?


 何も負けてなんていないのに……

 そもそも、何も勝負なんてしていないのに……

 ……していない……よな……?


「何言ってるの、ラルド? 以前言ったでしょ? あの本に描かれていたのは、〝千年前に実在した伝説のモンスター〟だって。本に描かれていた絵と、今あたしたちの目の前にいる魔王さまは、見た目が完全に一致するのよ! それと、お爺さんだったのに、あんな風に力を取り戻すなんて芸当、他のモンスターには出来ないわよ! しかも、さっきのすごい魔力、あんたも見たでしょ? もう決まりじゃない!」


「いや、確かに、すごいのは認める……認める……が、それでもまだ、断定は出来ないはずだ」


 自分でも、苦し紛れの小さな抵抗……としか思えない。 

 堂々と反論出来ない……


「なんか歯切れが悪いわね? そんなに言うなら、〝ステータス眼鏡〟で見れば良いじゃない」


 レンに言われて、ハッとする。

 御株を奪われた気分だ。

 

 今、はっきりした。

 俺は、かなり動揺している……

 何故かは分からないが……


 しかし、〝ステータス眼鏡〟を使えば、形勢は逆転するはずだ。

 魔王なんて、いる訳がない。 

 いや、百歩譲って、もしいたとしても、俺の店になんて来る訳がないからな。


「そうだな。では、遠慮なくそうしよう。『ステータス眼鏡グラッシーズ』」


 俺の眼鏡が、〝ステータス眼鏡〟へと変化。

 魔王を眼鏡越しに見てみるが――


「!?」


 ――〝ステータス眼鏡〟の効果が


 【エラー】と赤字で表示されている。


 俺の〝眼鏡〟の力が防がれた……?

 〝女神〟が与えたもうた〝特殊スキル〟だぞ?


 そんなものを弾けるだなんて……

 そんな特別な存在、他には――


「どうだったの?」


 レンに問われて、俺は、バツが悪そうに目を逸らした。


「……俺の眼鏡の能力が、弾かれた……」

「え!? そうなの?」

「ああ。こんなの、初めてだ……」

「じゃあ、やっぱり決まりじゃない! そんな事出来るモンスターなんて、魔王さまくらいしかいないもの!」


 否定したい。

 ……が、出来なかった。


 〝ステータス眼鏡でステータスを見る事が出来なかった事〟で、逆に、魔王であるという信憑性が出てしまった。


「あ、そうだ! 魔王さま! せっかくなので、良かったら、記念にサイン貰えませんか?」

「うむ。良いだろう」

「やった! ありがとうございます!」

「何か適当な紙や板切れにでも書くか?」

「いえ、そんなの、勿体ないです! うーん。じゃあ、あたし、あの本を持って来ますので、そこにお願いします! ついでに、羽根ペンとインクも持って来ますので!」

「うむ」


 魔王が尊大な態度で頷く。

 今にも「苦しゅうない」と言いそうなくらいだ。


「本当、魔王さまに会えるなんて、夢みたいです! ずっと憧れていたあの本の王子様が現れて、それが魔王さまで! こんなに格好良くて、堂々としていて、余裕もあって、膨大な魔力量もあって! 理想の男性って感じです! あ、勿論、魔王さまとお付き合いしたいとか、そんな大それた事は言いませんので、安心してください! その辺は弁えていますので!」

「ん? 別に我は構わんぞ」

「え?」


 !?


 その返答に、俺の心臓が、キュッと締め付けられた。


「この短時間でも、貴様が聡明な女子おなごなのは、見ていれば分かる。我の力を復活させた恩もあるしな。それに、器量も良し。我の傍に置くのに、十分だ」


 口角を上げる魔王に、レンが頬を朱に染める。


「ま、魔王さまったら、そんな御戯れを……!」

「我はいつでも本気だ。冗談は好かん」

「! ほ、本と羽根ペンを取って来ます!」


 レンは、更に顔を赤くすると、店の方角へと、慌てて飛んで行った。


「ふ。い奴よ」


 魔王がキザな笑みを浮かべる。


 何だよコイツ。

 女がいない時でも、格好良いのかよ。

 反則だろ。


 俺が、異世界に来て初めて〝劣等感〟を感じていると――


 魔王は、徐に、俺に向かって語り掛けて来た。


「眼鏡屋よ」

「へ? 俺?」


 まさか声を掛けられるとは思わず、声が裏返る俺。


 そんな俺とは対照的に、魔王は――

 ――高慢な、しかし威風堂々たる声と態度で――


「!?」


 ――そう宣言した。

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