27.「〝伝説〟の来店」

 メーテ曰く、勇者は、モンスター王国からも人間国からも、らしい。


 つまり、自分で勝手に討伐に行った、という事だ。


 モンスターたちも、人間たちも、


「よく分からない奴が、一人で討伐に行った」


 との認識だった。


 が、自分の命と引き換えに結界を張って毒を食い止めた事で、後から勇者と呼ばれるようになったのだ。


「当時、魔王討伐に行く途中であの子――勇者に出会ったっていうモンスターがいてねぇ。あたしゃ、たまたまそのモンスターと知り合いだったから、後から話を聞いたんだけどね」


 そう言ったメーテは、「『何故魔王討伐になんて行くのか』と聞かれた勇者は、ええっと……ええっと……」と、思い出そうとするかのように、杖でコンコンと床を叩くと、「何だったっけねぇ。ああ、そうだそうだ」と、言葉を継いだ。


「『から』と答えたみたいだねぇ」

「!?」


 どういう事だ?

 何故勇者が、そんな事を気にする?


 俯き、顎を触りつつ思考する俺だったが――

 

「それじゃあねぇ。二人とも、本当にありがとうねぇ」

「眼鏡屋、レン。世話になったね。礼を言うよ」


「こちらこそ、お役に立てて良かったです!」

「ああ。またな」


 メーテはルメサと共に、前回とは違って、店内で堂々と空間転移魔法で帰っていき、彼女らが消える直前に、慌てて俺も、挨拶したのだった。


 彼女らが帰った後。

 レンは、まだうっとりとしていた。


「本当にロマンティックだったわね! あんなプロポーズ、素敵だと思わない? 憧れるわよね? ね、ね、ラルド?」


 意味深な目付きで見詰めるレンに、俺は、淡々と答えた。


「いや、別に。あと、メーテの旦那は〝太陽〟にたとえていたが、〝サニームーンライト〟は、太陽と月がくっついたような見た目だから、本当なら、〝太陽と月〟の両方にたとえるべきだったと思うがな」


 それを聞いたレンは――


「ああ、もう! ラルドのバカ! 〝野暮〟で〝武骨〟で〝無粋〟な〝おたんこなす〟!」


 ――罵声を浴びせて、店舗部分を出て奥の方――居住部分の方へと入って行ってしまった。


「前者三つは心当たりがあるが、〝おたんこなす〟と罵られる覚えは無いんだが……」


 と言いつつも、レンが何故怒ったのかは分からず。

 残された俺は、ただその場に呆然と突っ立っていた。


※―※―※


 それから少し経った、ある日。


「ねぇ、ラルド! ス、スライさんとライムちゃんに会いに行かない? あと、ポイカーゴンさんとアスドさんにも!」


 閉店後、共に夕食を食べている最中。

 翼を広げながら、どこか緊張した面持ちで、レンがそう提案して来た。


「ん? 別に良いぞ」

「やった! じゃあ、決まりね!」


 満面の笑みを浮かべるレン。


 以前は、俺と話している最中に、


「やった!」


 などと喜んだ時には、


「――じゃなくて……まぁ、そりゃ、顧客のアフターフォローも、大事な仕事だしね! うん!」


 みたいに、他の言葉を付け足して、何かを取り繕っているような様子が見られたのだが、最近はそれがない。


 一年以上一緒に暮らしているが……

 まだまだよく分からない事が多いな。


※―※―※


 そして、スライム兄妹と幼馴染ドラゴンたちを訪問する日。

 

「まずは、スライさんたちね!」


 俺たちが住む場所――モンスター王国南西の国境から、スライムの集落へは、レンの飛翔で、真っ直ぐ東に一時間ほどの距離だ。


 いつものように、腰のベルトを脚で捕まれて運ばれつつ。

 俺はレンと共に、東へと向かった。


 ちなみに、ドラゴンの集落は、スライムの集落の南東へ二時間飛翔した辺りにある。


 この日、スライとライム、そしてポイカーゴンとアスドとも再会し、皆元気にしているのを見ることが出来た。


 他愛の無い話を聞き、食事をご馳走になった。


 スライムの村人――ならぬ村モンスターたちからは草と昆虫料理を、ドラゴンの村の者たちからは、猪や熊、更には虎などの肉料理を、それぞれ「恩人だから」と、振る舞って貰った。


 まぁ、昆虫料理だけは断固拒否したが。

 あんなもん、食ってられるかー。


 それと、生肉も勘弁してくれー。


 っていうか、ポイカーゴンよ。

 「あ、生は駄目だったゴン?」と、気遣ってくれるのは良いんだが、お前の吐くドラゴンブレスは、炎じゃなくて猛毒の呪いなんだよー。いい加減気付けー。


※―※―※


 帰り道。


 大空を飛行しながら、なんだかソワソワしている様子のレンは、「疲れたわね」と、誰に言うとも無く呟くと、


「あ! あんなところに、休憩するのにピッタリの切り立った崖があるわ! 丁度良かったわ!」


 と、ぎこちなく、棒読みで言った。


 彼女が言及した切り立った崖――だが、山と言って良い高さがあり、四角く、細長い――へと、俺たちは舞い降りる。


 御誂え向きに、丁度腰掛けるのに良い手頃な大きさの岩が二つ並んで転がっていたので、そこに腰掛ける。


 どこか落ち着きなく、レンは明後日の方向を見ながら、話し掛けて来た。


「えっと……今日は良い天気ね!」

「もう、夕方だけどな」


 いつになくフワフワした会話だ。


「な、何だか暑いわね!」

「そうか? 丁度良い……というか、夕方になって、結構涼しくなって来たけどな」


 パタパタと翼で自身を扇ぎながら語り掛ける彼女に、俺は違和感を感じた。


 何か変だな……

 いやまぁ、レンの事は、一年以上経った今でも、普段から謎に感じる事はあるっちゃあるが……


 レンは、「よしっ」と小さく呟くと、意を決したように、俺を真っ直ぐに見た。


「ラ、ラルドは、どんな女の子が好み?」

「へ? 好み? 女の子の?」


 予想外の問いに、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「あ、好みって言っても、食べるって意味じゃないからね! もう、そんな風に勘違いしちゃうなんて、ラルドったらおっちょこちょいなんだから! って、え? 食べる? 女の子を? ちょっと! 何卑猥な話してんのよ!」


「少し落ち着け」


 一人で勝手に暴走するレンに、俺は半眼で突っ込む。


 「ダメダメ、平常心、平常心」と、まじないのように自身に言い聞かせるレン。


 うん、今の所、平常心とは対極にあるもんな、お前。


 「ふぅ」と、息を一つすると、レンは、改めて俺を見た。


「え? あたし?」

「いや、何も言っていないが」

「そうね。あたしの好みの男性は……えっと……」


 何故かもじもじしている彼女は、自身の翼を擦り合わせながら、勝手に話を進める。


「何か、自分の大好きなものがあって、そのために一生懸命になれて、お店を経営していたりして。好きな事の話になると饒舌だけど、それ以外の事に関しては、基本的にぶっきらぼうな所もあるけど、でも、困っているモンスターがいたら、助けようって、一生懸命になれる、そういう優しさも持っていて、ご飯を食べる時には、あたしのために、毎回〝あーん〟してくれるような、そんな男性が……」


 そこまで一気に話したレンは、一旦そこで区切ると――


「……す……好き……」


 ――小さな声で、しかしはっきりとそう呟き――

 ――上目遣いで、俺を見た。


 へぇ~。

 そんな奴がいるのか~。


 夕陽に照らされているためか。

 レンの顔は、真っ赤になっている。


「そうなのか」

「そうなの! で、ラルドは?」


 見ると、レンは、何か期待するような眼差しをしている。

 俺は、空を見上げながら、考えてみた。


「そうだな……俺は――」

「うんうん、どんな女の子?」

「――特にない、かな」


 盛大にズッコケるレン。


「何よそれ!?」


 レンは、バサバサと翼をはためかせて、ふわりと浮き上がると――


「もう良い! ラルドのバカ!」


 何故かプンプンと怒り、飛び立ってしまった。

 ――俺を置き去りにして。


 うーん、今日も謎だ……


 あと、こんな所に一人残されても、帰れないんだが……


「どうしたもんか……」


 途方に暮れていると――


「もう、何やってるドラ、眼鏡屋!」

「え? アスド?」


 崖の下から、突如、ピンク色のアースドラゴンが舞い上がって来た。


 更に――


「眼鏡屋は馬鹿ゴン! ポイカーゴン以上の馬鹿ゴン!」

「意外と駄目なやつだったスラ!」

「眼鏡屋がこんなんだからイム! 本当、可哀想イム!」


 ポイカーゴンと、その背に乗ったスライとライムも現れた。


「え? え、え?」


 何が何だかよく分からなかったが、俺はその後、アスドの背に乗せて貰い、四匹のモンスターたちに罵られながら、帰宅した。


※―※―※


 数日後。


「へぇ~、これが例の本ですの!」

「そうなの。どう?」

「確かに、格好良いですわね! レンさんの御気持ち、分かりますわ!」


 何度も遊びに来ている悪魔デーモン族の御令嬢であるジーンが、この日もやって来ていた。

 もう日常の風景と化している。


 店内のテーブルについた二人は、レンが持って来た本――多分、俺が以前見せてと言って、断られた本だろう――を広げて、何やら話している。


 まぁ、男には話しにくい事もあるだろうし、話し相手になってくれるのは助かる。

 レンの良き理解者って感じだな。


 と、そこに、客がやって来た。

 扉が開いた瞬間――


「何? 視力低下に悩んでる? そうか、悩んでるのか。じゃあ、眼鏡を掛けたいよな。そうか、掛けたいか。じゃあ、掛けよう。今掛けよう。すぐ掛けよう。眼鏡を掛ければ、世界が変わ――ぐえっ」

「だからもう! 接客が〝早い〟し〝一方的〟だし〝しつこい〟って何度も言わせないで!」


 相変わらず、入店直後の客に接客を始めた俺の襟元を、レンが素早く足で捕まえて止める。

 隙あり、と思ったのになー。座っていたあの体勢から、一瞬でここまで距離を詰めるとは。やるな、レン。


「ほら、お客さんも困惑してるじゃない!」


 レンの声に、改めて客を見ると――


「………………」


 白髪の年老いたモンスターが、杖をつき、無言で佇んでいた。


 長く伸びた髪も真っ白、眉毛も真っ白、髭も真っ白。

 腰は九十度に曲がり、小柄なその身体は、常にプルプルと小刻みに震えている。


 レンが、


「えっと、いらっしゃいませ! その……驚かせてしまってすいませんでした」


 と、挨拶しつつ、謝るが――


「………………」


 老人――ならぬ老モンスターは、暫く無言でプルプルしていたかと思うと――


「はぁ~?」

「いや、聞こえてなかったんかーい」


 ――耳に手を当てて、聞き返した。

 思わず突っ込む俺。

 どうやら、相当耳が遠いらしい。


「えっと、その様子ですと、多分、視力矯正の眼鏡が欲しいっていう事ですよね?」


 レンが、何とか接客しようとするも――


「はぁ~?」


 ――老モンスターは、再び耳に手を当てながら聞き返す。


「困ったわ。どうしよう……」


 レンが、思案していると――


 老モンスターは、徐に、杖を持っていない方の手で、プルプルとレンの胸を指差した。


「え? 〝あたしが欲しい〟ですって? そんな、駄目です、お客様! まだ出会ったばかりなのに!」

「指差し一つでよくそこまで暴走出来るなおい。しかも、〝出会ったばかり〟じゃなきゃ良いのかよ」


 身をよじるレンに、横から俺は半目で突っ込む。


 よく見ると、老モンスターは、レン自身ではなく、器用にもレンが両翼で持っている〝本〟を指差しており――


「………………」


 表紙に描かれている〝王子〟――

 つまり、そのモデルとなった――


「えええええええええええええええ!!!???」


 ――〝〟が、俺たちの店に来店した。

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