26.「ダークエルフの願いと、二百年前の勇者」

「本当に、ありがとうゴン! ありがとうゴン!!」


 何度もその巨大な頭を下げるポイカーゴン。


「気にするな。お前の呪いには、いつも助けられているからな」

「そうよ! こちらこそいつもありがとうございます!」

「お互いさまスラ!」

「助け合イム!」

「僕の方こそ、命を救ってくれてありがとう!」


 俺たちの反応を見た漆黒のドラゴンは、


「ううっ」


 と、また感極まったのか、涙ぐみながら、改めてアスドの方に向き直った。


「アスドも、本当に良かったゴン!」


 ピンク色のドラゴンに向けて両前足を広げて、


「アスド! ああ、アスドおおおおおお!」


 と、再度抱擁しようとするポイカーゴンの――


「何さらしとんじゃボケええええええええええええええ!!!」

「ぶごはあああああああああああああああああああああ!!!」


「「「「「………………えぇ………………」」」」」


 ――顎に、アスドの鉄拳がクリーンヒット、空高く吹っ飛ばした。


「ぐはっ!」


 ――轟音と共に地面に落ちたポイカーゴンが、悲鳴を上げる。


 ドン引きする俺たちの眼前で、しかしアスドは手を緩めない。


 ズンズンと大地を踏みしめ、歩み寄ったかと思うと、力なく横たわるポイカーゴンの首をガッと掴んで持ち上げて、キツく握り締めた拳で追撃する。


「二百年間!」

「がはっ!」

「どんだけ!」

「ぐぁっ!」

「アスドが!」

「ごほっ!」

「心配!」

「がぁっ!」

「したと!」

「どはっ!」

「思ってる!」

「ぐぼっ!」

「ドラ!」

「ぼべっ!」


 その一発一発が、人間なら――或いは並のモンスターならば、完全に致命傷になるであろうスピードと威力を兼ね備えたものであり、重く鈍い音が荒野に響き渡る。


「そ、そろそろ止めた方が良くない……ラルド?」


 蒼褪めながら翼を震わせるレンに、「そうだな」と、俺が、喧嘩する二匹――というか、一方的に片方がもう片方を嬲り続けるカップルに目をやると――


「本当に……本当に心配したドラ……本当に……本当に……」

「!」


 首を掴んでいたアスドの前足から力が抜けて――


 ――その頬を、大粒の涙が伝わり――


「……ごめんゴン……」


 ――瀕死の状態ながら、何とか倒れず、立ったままそう呟くポイカーゴンに――


「〝ごめん〟じゃないドラあああああ! もう! バカああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 ――抱き着いたアスドは、暫く大声で泣き続けた。


※―※―※


 こうして、虹幽霊レインボーゴースト、第一・第二の魔王事件、並びに毒汚染事件は解決した。


 そして、いつものように、眼鏡屋を経営する日々が再び始まった。


 店舗経営を再開して、数日後――


「邪魔するよ、眼鏡屋」


 ダークエルフの母娘――娘のルメサと母親のメーテが再び来店した。


「いらっしゃいませ! ルメサさん、メーテさん! またお会いできて嬉しいです!」


 レンが心から嬉しそうに、笑みを浮かべる。

 「久し振りだな、レン」「久方振りだねぇ」と、ルメサたちも、笑みを返す。


 すごいな、レンは。

 基本的にぶっきらぼうな俺には出来ない芸当だ。

 これが接客ってやつか……


 ルメサたちが、俺の方に向き直る。


「どうやら、解毒出来たみたいじゃないか、眼鏡屋」

「あたしゃ、信じてたよ。あんたなら、やってくれるってねぇ」


 数日経ったとはいえ、彼女たちが既に知っているとなると――

 モンスター王国の全国民が聞き及んでいるのかもしれないな。


「まぁ、俺だけの力じゃないけどな」


 俺は、肩を竦める。

 謙遜とかじゃなくて、実際、あの状況では、俺だけじゃ絶対に詰んでいたからな。


「では、早速。頼んだ」

「ん? 何がだ?」


 きょとんとする俺に、ルメサが眉を顰める。


「よもや、忘れた訳じゃないだろうな、眼鏡屋」

「ああ、花の事か」


 そう言われて、やっと思い出した。

 

「そうだ。〝サニームーンライト〟の草原を復活させて、お袋に見せてやって欲しい」


 簡単に言ってくれるなー。

 まぁ、でも、解毒・解呪・回復なんかと違って、それなら俺の眼鏡で出来そうだ。


「メーテ。どういう花かは、覚えているか?」

「勿論さぁ。今でもしっかりと、覚えているよぉ」


 目を細めるメーテ。

 二百年以上前の記憶でも、鮮烈な印象を持っていれば、案外忘れないのかもしれないな。


「じゃあ、行こうか……って、そういや、どうやって行くんだ? 流石のレンも、俺ともう一人くらいしか運べないと思うぞ? 馬車か?」


 まだ若いルメサはともかく、メーテは杖をついて歩いている。

 馬車くらいしか移動手段が思い付かないが、この御婦人は、長旅に耐えられるのだろうか?


「問題ない」

 

 そんな事かと言わんばかりに、ルメサが頷く。


「あ! 飛行魔法ね!」


 と、レンが手の代わりに翼を合わせて、横から口を挟む。


 が、ルメサは首を横に振ると――


「こう見えても、お袋は大魔法使いだ。魔力量は確かに減って来てはいるが、そこはあたいが補えば良い話だ」


 何の話をしているのだろうかと、訝し気に思っていると、ルメサがメーテの背に手を当てた。

 すると――


「「!」」


 ――メーテの身体が光り輝く。

 魔力が注ぎ込まれているらしい。


 そして――


「『空間転移魔法ワープ』」


 ――杖を掲げたメーテの一声で――

 ――次の瞬間、俺たちは――


「「!」」


 ――北部地方へと、空間転移していた。


「すごいわ! 空間転移魔法なんて、初めて!」


 俺も初めてだった。

 俺が言うのも何だが、なんてチートな魔法なんだ……


「さぁ、ついたぞ」


 さっさと〝サニームーンライト〟を復活させろという事だろう、ルメサが俺に促す。


 首肯した俺は、メーテを見た。


「『記憶共有シェアメモリー眼鏡グラッシーズ』」


 メーテに〝記憶共有眼鏡〟を掛けさせて、〝サニームーンライト〟の記憶を映像と共に読み取ると、それをコピーして、同じものを掛けた俺は――


「『植物眼鏡プラントグラッシーズ』」


 〝植物眼鏡〟の機能を重ね掛けして、茶色い荒野に向けて、手を翳した。


 少しすると――


「あ! あれね!」


 〝左半分が太陽で右半分が月のような見た目の、金色と銀色の花〟が、一輪出現した。

 〝サニームーンライト〟だ。


 更に、俺が両手を翳すと――


「うわぁ! 綺麗!」


 ――次々と花が増えて行き―ー

 ――瞬く間に、金銀の花の絨毯が、荒野を埋め尽くした。


 一週間ごとに入れ替わる極端な寒暖差を好むとされる花だが、この普通の温暖な気候で、少し我慢して貰う事とする。


 ――風にゆらゆらと靡く、煌めきに――

 ――咲き誇る花々の彩に――


「……あぁ……」


 ――声にならぬ声を上げ――

 ――メーテは涙していた。


「この光景を、また見られるなんてねぇ」


 感極まったメーテは、俺を見上げた。


「ありがとうねぇ。本当に、ありがとうねぇ」

「いや、待たせて悪かったな」


 解毒は無理と、一度は諦めさせてしまっていたからな。

 見せることが出来て、良かった。


 「ふぅ」と、満足気な溜息を吐きながら、メーテは全員の顔を見回す。


「良かったら、みんな、記憶を見て貰えるかい? 二百年以上前、ここに、今は亡き旦那と、まだ結婚する前に一緒に来た時の映像を」

「え!? 良いんですか!? 見たいです!」


 レンが翼をバサバサさせながら、食い付く。


「出来るかい? 眼鏡屋さん」

「ああ、やってみよう」


 頷きつつ、俺は、再び手を翳した。


「『記憶共有シェアメモリー眼鏡グラッシーズ』」


 この場にいる全員に、〝記憶共有眼鏡〟を掛けさせて、メーテの古い記憶を追体験する。


※―※―※


 ――記憶の中で――


 ――メーテの眼前には、精悍な顔付のダークエルフの男性がいた。


 ――彼は、丁度俺たちがいるのと同じ場所で――

 ――金と銀の、目を引く鮮やかな花の海の中で――

 ――しかし、メーテだけを見て、言葉を紡いだ。


『ここには何千何万という小さな太陽が咲き誇り、天を見上げれば、恒星が今日も燃え盛っている。でも、僕にとっての太陽は君なんだ、メーテ。これから先も、ずっと僕を照らし続けて欲しい』


 それは、「きゃあ!」と、思わずレンに悲鳴を上げさせ、文字通り空に舞い上がらせるに十分な、キザなプロポーズだった。


※―※―※


 〝記憶共有眼鏡〟を消すと。

 現在の風景へと目を向けた後、メーテは、


「どうだったかい?」


 と、訊ねた。


「もう、すっごく素敵でした! 見せて頂きありがとうございました!」

「そうかい、そうかい」


 満足そうに、メーテは目を細め、何度も頷いた。


※―※―※


 空間転移魔法で店に戻って来た後。

 メーテたちが帰る直前に、「そういや」と、ふと、俺は聞いてみた。


「二百年以上前から生きてるんだったら、勇者の事を知ってるか?」

「ああ、勿論知っているとも」

「実は、今回、毒汚染地域を解毒出来たのは、勇者の力が大きかったんだ」


 俺の言葉に、メーテは目を見開いた。


「あの子、まだ生きていたのかい!」

「ああ、そうだ」


 メーテは、「あの子がねぇ」と、俯き、どこか感慨深そうに呟く。


「結界を張って毒を食い止めただけじゃなくて、解毒にまで貢献しただなんて。あの子は、んだねぇ」


 ん?

 少し違和感を感じた俺は、訊ねた。


「その口振りだと、まるで、以前はちゃんとした勇者じゃなかったみたいに聞こえるんだが?」


 メーテは、目をパチクリしたかと思うと――


「そりゃそうさ。だって、魔王に戦いを挑んだ時、あの子は――」


 ――何を言っているんだと言わんばかりに――


からねぇ」

「「!?」」


 ――と、告げた。

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