25.「二百年前の記憶」

「二百年前に本当は何が起こったか……ゴン?」

「ああ、そうだ」


 アスドの記憶を読み取った〝記憶共有眼鏡〟を掛けたポイカーゴンが、当惑しながら呟く。


「行くぞ」


 全く同じ〝記憶共有眼鏡〟をコピーした上で自分自身でも掛けた俺は、二百年前の彼らのやり取りを、〝アスドの記憶〟という映像で追体験した。


※―※―※


 同じ年に生まれ、姉弟同然に育ったアスドとポイカーゴン。


 気弱で後ろ向きな所があるポイカーゴンだったが、アスドは、彼がとても優しい事を知っていた。それが、彼の長所の一つだという事も。


 そして、同じアースドラゴンでありながら、毒と呪いを扱う事が出来るという、稀有な能力を持ったポイカーゴンの事を、アスドは尊敬していた。


 だから、危険な底なし沼に対して、呪いを掛けて、もう誰も引き摺り込まれないようにした時も――


「ポイカーゴン! すごいドラ!」


 ――土砂崩れが起きそうな丘や山に対して呪いを掛けて、絶対に土砂崩れしないようにして、誰も傷付かないようにした時も――


「すごいすごい! 本当にすごいドラ!」


 ――アスドは、明るい声で、心からポイカーゴンの事を、褒め称えていた。


「ポイカーゴンったら、すごいカースドラ!」


 ――何度も。


「ポイカーゴン! ものすごいカースドラ!」


 ――何度も、そう言って。


「ポイカーゴンったら、信じられないくらいすごいカースドラ! これ以上無いくらいすごいカースドラ!」


※―※―※


 映像を見たポイカーゴンは、初めは、


「悪口言ってるだけゴン! なんでこんなの見せるゴン!?」


 と、怒っていたが――


「悪口……これは、悪口……ゴン……?」


 アスドの表情、態度と、発する言葉の内容があまりにも乖離かいりしている事に気付いて、困惑する。


「アスドは、お前の悪口を言うような奴か? お前を傷付けるような奴か?」


 俺は、真っ直ぐにポイカーゴンを見据えて、問い掛ける。

 

 ポイカーゴンは、俯きながら、消え入りそうな声で、答えた。


「……違うゴン……」


 「でも――!」と、言葉を継ごうとする彼を、俺は遮る。


「アスドは、お前の悪口なんて言っていない。お前を褒めているだけだ」

「褒めてる……ゴン……?」


 益々当惑するポイカーゴンに、俺は首肯しながら、続けた。


「ああ。そうだ。お前の『呪いがすごい』と――『呪いカース』がすごいと、褒めてるだけなんだよ」

「!!!」


 思わず、ポイカーゴンが両目をみはる。


「じゃ、じゃあ……本当に……アスドは……ポイカーゴンの事を……褒めてただけ……だった……ゴン……?」


 わなわなと震えるポイカーゴンは――


「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 ――大声で叫ぶと――


「ごめんゴン!!! ごめんゴン!!!!!! ごめんゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!」


 ――腕の中でぐったりとしている、漆黒に蝕まれ死に掛けている、大切な幼馴染の身体を、強く、強く抱き締めて――


「アスドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


 ――天を仰ぎ、悲痛な咆哮を上げると――


 ――声が、荒野に響くと同時に――


「見て!! 〝猛毒の呪い〟が!!!」


 ――大地を漆黒で染め尽くしていた〝猛毒の呪い〟が――

 ――見る見るうちに消滅していき―ー

 

 ――ポイカーゴンの前足の中で抱擁されているアスドもまた――

 

 ――その身体を侵していた〝漆黒〟が消え、ピンク色へと戻った。


 ――だが。


「アスド! アスド!! なんでゴン!? 目を開けるゴン!!!」


 ――必死に呼び掛けるポイカーゴンだったが―― 

 ――目を閉じ、完全に力を失ってしまったアスドは、何の反応も示さず――


「こんなのあんまりゴン! ポイカーゴンの命だったら、いくらでもあげるゴン! だから、戻って来て欲しいゴン! アスド! アスド!! アスドおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 ――泣きながら大切な彼女を抱き締め続けるポイカーゴンに――


「ぐすっ……ラルド、何とかならないの!?」

「眼鏡屋、出番スラ!」

「今こそ、眼鏡の力を使う時イム!」


 ――涙ぐむレン、スライ、そしてライムが、俺に期待の眼差しを向けて来るが――


「知っての通り、俺の眼鏡は万能じゃない。確かに〝猛毒の呪い〟は解けたみたいだが、俺の力じゃ、回復させる眼鏡を創造する事は出来ない」


 俺は、首を振った。


「そんな……」

「ケチスラ!」

「眼鏡屋はケチイム! 一生遊んで暮らせるくらい大金貨を大量に持ってるのに! この守銭奴イム!」


「全く関係ないディスり、やめてー」


 俺は、「お前ら、勘違いするな。出来ないと言っただけだ」と言うと――


「お前の出番だ」


 ――奴に視線を向けた。


 ――そう、勇者に対して。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 ついさっきまで、〝一度発動するだけで膨大な魔力を消費する大規模結界魔法〟を〝立て続けに何度も唱えて〟、無理が祟って、大量に吐血しまくり、その身を包む銀鎧が、自身の血で真っ赤に染められている勇者を見た俺は、ポツリと呟いた。


「ナポリタンを食べながらトマトジュースを飲んで、零したのか。アスドが死にそうになっているってのに、良い御身分だな、え?」


「さっき、僕が吐血するの、見たよね? 分かってて言ってるよね? 僕も結構死にそうだったんだけど! その上で、僕に対して更に魔法を使えと!? 僕の心配は無いのかな! うん、無いんだよね! 分かってた! ああ、分かっていたとも!」


 ――涙を拭いながら、ヤケクソ気味にそう叫んだ勇者が――


「勇者!」

「こうなったら、頼れる奴は勇者しかいないスラ!」

「死に掛けのヒロインを救うのは、勇者の役目イム!」


「君たち、散々僕に罵声を浴びせといて、今更力を貸せとか、都合良過ぎじゃない?」


 ――愉快な仲間たちの期待の眼差しに対して、「はぁ」と、溜息を一つした後――


「分かったよ! やれば良いんだろ、やれば!」

「「「勇者!」」」

「僕だって、助けたいからね! アスドはすごく良い子だし!」


 ――アスドを抱き締めているポイカーゴンに近付いて、手を翳すと――


「ヒィッ! 勇者ゴン! 瀕死の雌ドラゴンにとどめを刺すとか、どんだけ鬼畜ゴン!? やめて欲しいゴン!」


「この流れで殺すとか、やる訳ないでしょ! 僕を鬼畜扱いするのやめて!」


 ――蒼褪めるポイカーゴンに、勇者は勢い良く突っ込んだ。


 そして、「コホン」と咳払いした勇者は――


「『ヒール』!」


 ――魔法を発動した。

 ――〝〟を。


 どう見ても瀕死の状態にあるアスドの命を救うには、不十分だと思われたが――


「あれ……? アスドは……生きてるドラ?」

 

 ――アスドは、目を開けて――

 ――その身に負った致命傷が、全て治っており――


「アスド!! アスド!!! アスドおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 ――ポイカーゴンは、歓喜の雄叫びを上げるのだった。

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