24.「抱擁」

「『宇宙放出スペースリリース眼鏡グラッシーズ』」


 咄嗟に、あと五つ〝宇宙放出眼鏡〟を生み出すが――


「くっ」


 駄目だ、全然足りない……


 襲い来る圧倒的な質量の〝猛毒の呪い〟を全て吸い込むには、明らかに不十分で――


 ――まるで〝呪われた漆黒の大地が蠢き、押し寄せてくる〟かのような、異様な光景に――


「きゃああああああ!」

「ぎゃああああああ!」


 ――仲間たちが悲鳴を上げる中――


 流石にこれは、終わったかもしれんな……


 俺が、そう思った――

 

 ――直後――


「『大規模結界魔法グレイトマジックバリア』!」


 ――勇者が両手を翳し、新たに結界を張っていた。

 淡く光り輝くドーム型の魔法障壁によって、猛毒の呪いが食い止められる。


「やるじゃない、勇者!」

「やっと勇者らしくなって来たスラ!」

「少し見直したイム!」


「えへへ……いやぁ、それ程でも~」


 レン、スライ、そしてライムの称賛に、思わず頰が緩み、頭を掻く勇者。


 ――だが。


「「「「「!」」」」」


 ――再び〝大規模結界魔法〟が破られて、猛毒の呪いが牙を剥く。


「何やってんのよ、このクソ勇者!」

「前言撤回スラ! 役立たずにも程があるスラ!」

「史上最悪の穀潰ごくつぶしイム!」


「僕の評価が、天空の覇者ドラゴンも真っ青の乱高下! 僕も一応、〝心〟があるんだけど、分かってるかな~? ぐすん」


 涙と鼻水を垂れ流し、顔をぐちゃぐちゃにしながら――

 ――しかし、勇者は――


「『大規模結界魔法グレイトマジックバリア』あああああ!」


 ――再度、両手を翳し、結界を新たに張って――


「「「「「!」」」」」


 ――再び大規模結界魔法を破壊されようとも――


「負けてたまるかああああああ!! 『大規模結界魔法グレイトマジックバリア』あああああ!! 『大規模結界魔法グレイトマジックバリア』あああああああああ!!! 『大規模結界魔法グレイトマジックバリア』ああああああああああああああ!!!!」


 ――何度も何度も何度も、結界を張り直して――


 ――本来ならば、〝大規模魔法〟を連発するなど、土台無理な話で、どう考えても不可能だが――


 ――それを無理矢理行い――

 

 ――負荷が掛かり過ぎて――


「がはっ!」


 ――大量に吐血した。


「「「勇者!」」」


 声を上げる仲間たちに対して、勇者は、口許の血を拭いながら、心配ないとばかりに、もう片方の手で制する。


「……これくらい、平気さ! みんなを守るためだから!」


 無理矢理作った笑みは、仲間たちを、この国を、ひいては自分が生まれ育ったこの世界そのものを守るのだと――


 そんな強い想い、決意が感じられて――


 ――思わず仲間たちも、感銘を受けて――


「まぁ、勇者だし、せめてそのくらいは働いてくれないとね」

「今まで全然役に立ってなかったのが、ようやくほんのちょっぴりだけ役立ったスラ」

「二百年間ずっとレインボー吐いてたのが、ただ血に変わっただけイム。そのくらい、我慢するイム」


「文字通り命を削ってるんだけどね、僕! うん、色んな意味で吐きそうだよ! ありがとう、温かい仲間たち!」


 ――はいなかった。


 勇者がその身体と血液を犠牲にしながら、食い止めている間に――


「ポイカーゴン! アスドは一体何を言ったドラ? アスドは、ポイカーゴンの悪口なんて言った覚え無いドラ!」


「! わ、忘れてるなんて酷いゴン! 〝悪口を言った方はすぐ忘れて、言われた方はずっと覚えてる〟ってよく言われるけど、本当の話だったゴン!」


 アスドの言葉に、鱗で覆われたその硬い頬を更に強張らせるポイカーゴン。


「ごめんなさいドラ……本当に覚えていないドラ……」


 そのピンク色の巨体を小さくして、アスドが項垂れる。


「でも、これだけは信じて欲しいドラ! アスドは、ポイカーゴンを傷付けようと思った事なんて一度もないドラ! ポイカーゴンには良いところ、すごい所がたくさんあるって、アスドはいつも思っていたドラ!」


「うるさいうるさいうるさいうるさいゴン! アスドは嘘つきゴン! 言い訳なんて聞きたくないゴン! うんざりゴン!」


 頭を振って拒絶するポイカーゴンに対して――


「本当ドラ。嘘なんてついてないドラ」


 ――アスドは――


「ぐっ……これで……少しは信じて貰える……ドラ……?」

「!!!」


 ――結界が破られた瞬間を見計らって、へと、入って行った。


 獲物を見付けたとばかりに、〝猛毒の呪い〟が一気に彼女に襲い掛かる。


「な、何してるゴン! は、早く外へ逃げるゴン! そうじゃないと、アスドの身体が――」

「身体なんてどうでも良いドラ!!」

「!!!」


 鮮やかなピンク色だった全身が、黒く染められ――


 ――〝猛毒の呪い〟に蝕まれ、激しい痛みに襲われて、吐血する中――


 ――だがしかし、アスドは――


 ――一歩、また一歩と、ポイカーゴンに近付いて行き――


「そんな事より……! 大切な幼馴染の〝心〟の方が……!! ずっと大事ドラ……!!」

「!!!!!」


 ――ポイカーゴンを、前足でぎゅっと抱き締めた。


 ポイカーゴンの目から、涙が零れる。


 と同時に、ポイカーゴンの口から吐き出される〝猛毒の呪い〟の量が、減少する。


 ――が。


 アスドの命懸けの行動でも、ポイカーゴンの〝猛毒の呪い〟を完全に止めることは出来ず――


「だ、誰か! ポイカーゴンをゴン!」

「「「「「!」」」」」


 泣きながらそう訴えるポイカーゴンに対して――


「な、何馬鹿なこと言ってるドラ!」

「アスドはポイカーゴンを傷付けたくないって言ったけど、それはポイカーゴンも一緒ゴン!」

「!!!」

「このままアスドを殺してしまうくらいなら、ポイカーゴンが死んだ方が良いゴン!」


 切迫した状況の中――


 ――俺は――


 あと一押し。

 〝何か〟があれば――


 そう思考して――


「ポイカーゴン。アスドは、お前に対して、一体どんな悪口を言ったんだ?」


 そう訊ねた。


「ちょっと、ラルド! 少しは空気読みなさいよ! せっかくアスドさんが命懸けで止めようとしてるのに!」

「眼鏡屋は眼鏡の事しか考えてないからスラ! 少しは〝心〟にも関心を持った方が良いスラ!」

「その冷たい眼鏡と同様、〝心〟も冷たイム? それとも、そもそも眼鏡屋には〝心〟が無イム?」


「おうおう、言いたい放題だなお前らおい」


 仲間たちからの罵声は置いておいて、改めてポイカーゴンと向き合う。


「ポイカーゴン。答えてくれ」

「答えたくないゴン! もう終わったことだゴン! ポイカーゴンは、もう気にしてないゴン!」

「本当に気にしていなかったら、猛毒の呪いは止まっているはずじゃないか?」

「! そ、それは……」


 ポイカーゴンは、動揺を隠せない。


「お前に意地悪をしようってんじゃない。アスドに嫌がらせをしようともしていない。アスドを助けるためなんだ。俺を信じてくれ」


 真っ直ぐに見詰める俺に対して、ポイカーゴンは――


「分かったゴン……」


 観念したかのように、俯くと――

 

「……うっ……」


 ――恐らく、自分を抱き締めるアスドの前足から、徐々に力が抜けている事を感じつつ――


 ――〝これは、アスドを救うためなのだ〟と、自分自身に言い聞かせるような表情で――


「二百年前! アスドは、ポイカーゴンに言ったゴン!」


 ――意を決して顔を上げると――


「ポイカーゴンは〝〟だって! 何度も何度も言ったゴン!」


 アスドは、既に瀕死状態で、何も反応を示さない。


 ポイカーゴンの言葉を聞いた俺は――


 ……


 それなら――


 ――素早く思考し――


「『記憶共有シェアメモリー眼鏡グラッシーズ』」


 ――〝記憶共有眼鏡〟を生み出し、アスドに掛けて一瞬で記憶を読み取ると、スーッと移動させ、次はポイカーゴンに掛けて――


「ポイカーゴン。今からお前に、を、見せてやる」

「!?」


 と告げた。

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