23.「感謝」

 どうやら、ポイカーゴンが得意とする〝呪い〟が、モンスター王国中の危険な場所に掛けられており、国民たちは、その恩恵を長年享受して来たようだ。


「感謝してる……ゴン? ポイカーゴンに会えて、光栄に思ってる……ゴン?」


 自分が目にし、耳にした事が信じられない様子で、戸惑うポイカーゴン。


「はい、感謝しています!」


 レンは翼を広げて、ポイカーゴンに会えた事に対して如何に自分が興奮しているか、彼に対して如何に感謝しているかを伝える。


「あたしたちの眼鏡屋のすぐ裏には、丘があるんですが、ポイカーゴンさんが掛けてくれた〝呪い〟のおかげで、絶対に崩れないんです! あたしたちが安心して暮らせているのは、ポイカーゴンさんのおかげです!」


 丘に対しては、〝どれだけ崩れたくとも、崩れる事を決して許さない〟という呪いが掛かっていたのだろう。


 スライとライムも、ぷにょんと跳躍して、彼女に続く。


「危険な底なし沼も、〝呪い〟のおかげで、怖くないスラ!」

「その上を普通に進む事が出来るイム! これは、すごい事イム!」


 底なし沼に対しては、〝その上を歩く者をどれだけ引き摺り込みたくとも、引き摺り込む事を決して許さない〟という呪いが掛かっていたと推測される。


「ポイカーゴンの呪いが……みんなの役に立ってるゴン……?」


 まだ信じられないのか、ポイカーゴンが消え入りそうな声で呟く。


「はい! それも、あたしたちだけじゃなくて、国中のモンスターが感謝していると思います!」

「そうスラ!」

「絶対にそうイム!」


 声を揃えるレンたちに、漆黒のドラゴンは、


「ポイカーゴンが……ポイカーゴンが……」


 と、うわ言のように繰り返す。


 と同時に、彼の吐き出す猛毒の呪いが、少しずつ少なっていく。


 熱い気持ちを懸命に伝えようとするレンたちに、勇者も伝わった。


「ポイカーゴン。僕は、二百年前に、ここで、君に呪いを掛けられた」

「!」

「それから僕は、二百年間ずっと、誰にも知覚される事もなく、レインボーを吐き続ける事になった」


 それを聞いたポイカーゴンは、


「ご、ごめんなさいゴン……。や、やっぱり、ポイカーゴンは、どこまでも駄目なドラゴンだゴン……」


 と、暗い顔で、よろめく。

 折角減少していた猛毒の呪いが、また増え始めた。


「何やってんのよ、クソ勇者!」

「せっかくスライたちが頑張ったのにスラ!」

「役立たずなんだから、余計な事はせずに大人しくレインボーでも吐いてれば良かったイム!」


「そろそろ泣くよ? っていうか、もう何度も泣いてるよ? 『勇者だったら何言っても良いや』じゃないんだよ!」


 涙声で訴える勇者だが、彼女たちは華麗に無視する。


「コホン。とにかく」


 仕切り直した勇者は、改めてポイカーゴンを真っ直ぐに見据えると――


「僕が言いたかったのは、そういう事じゃないんだ、ポイカーゴン!」

「え?」

「僕は、君に感謝している!」

「!?」


 当惑するポイカーゴンに、勇者は胸に手を当てながら、語り掛ける。


「僕に呪いを掛けたのは、だったんだろ?」

「!」


 その言葉に、ポイカーゴンが思わず両目を見開く。


 もしかしたら彼は、〝自分は、やる事なす事全てが裏目に出る〟と思っていたのかもしれない。


 だが、今回はっきりした。

 少なくとも、ここにいる者たちは、俺も含めて、彼の行動によって、助けられた、或いは救われた経験があるのだ。


 勇者が、言葉を継ぐ。


「分かっているさ。きっと、呪いの得意な君が、死ぬ寸前だった僕を見て、『助けなきゃ!』って、咄嗟に唱えた〝呪術魔法〟が、アレだったんだろ? 〝生き残らせるため〟に、〝不老不死〟にした。けど、〝不老不死〟にするなんて、とてつもない魔法だ。実現するには、何かしらの代償が必ず要る。そこで、咄嗟に思い付いたのが、〝その時の自分と同じ状態〟――つまり、〝他者に知覚されない状態〟にした上で、更に、同じく〝その時の自分と似たような状態〟――である、〝レインボーを吐き続ける〟というものだったんだろ?」


 黙って聞いているポイカーゴンに対して、勇者は大声で叫んだ。


「僕の命を救ってくれて、ありがとう!」

「!」


 それを聞いたポイカーゴンは、たどたどしく、言葉を紡いだ。


「……ほ、本当に、か、感謝しているゴン? ポ、ポイカーゴンに対して?」


 信じたい、けれど信じられない。

 そんな様子の彼に対して、満面の笑みで勇者は答えた。


「勿論さ!」

「!」


 まだ心の中で、せめぎ合い が続いているのか。

 ポイカーゴンは、「ううっ」と、苦しそうに呟いた後――


 ――〝きっと、伝わったはず〟と、そう信じるレンたちの前で――

 

 ――しかし――


「やっぱり、信じられないゴン!」


 ――頭を振って、そう叫ぶと――


「だって、二百年前、ゴン!! 『ポイカーゴンは駄目な奴だ。どうしようもない奴だ』って!! それも、何度も何度も!!!」


 ――彼の吐き出す猛毒の呪いが、異常に膨れ上がって――


「「「「「!」」」」」

 

 ――金属が割れるような音と共に、

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