20.「第二の魔王」

「いやぁ! 食べられちゃったわ! 丸呑みしないでええええ! かと言って噛まれるのもイヤあああああ! 噛むなら勇者だけにしてええええ!」

「スライは美味しくないスラ! 食べるなら、勇者にしておくスラ!」

「ライムを食べたらお腹壊すイム! 食べるなら、勇者にしておくイム!」


「いや、君たち、絶体絶命のピンチだからって、好き勝手言い過ぎじゃない?」


 ――暗闇の中――

 ――何が何だか分からなかったが――

 ――少しすると――


「ぺっ」


「きゃああああああ!」

「スラああああああ!」

「イムうううううう!」

「うわああああああ!」


 ――俺たちは、明るい世界に放り出された。


 どうやら――


「排泄されたのかしら?」

「だとしたら消化早過ぎだろ」


 ――ウ●コ――ではなく、口から吐き出されたらしい。


 俺たちの眼前には――


「きゃああああああ!」

「出たスラあああああ!」

「もう食べないで欲しイム! 反芻とか残酷過ぎるイム!」


「いや、反芻は、一度飲み込んだ食べ物をもう一度口の中に戻して咀嚼そしゃくする事だから、違うぞ?」


 ――ピンク色の巨大なドラゴンが佇んでいた。


 ドラゴンは――


「驚かせてごめんなさいドラ」


「え?」

「スラ?」

「イム?」

「おや?」


 ――そう言って、頭を下げた。


 戸惑う仲間たちの中で、俺は、


 もしかして……


 と思い、言葉を紡いだ。


「お前、もしかして、のか?」


 俺の問いに、ドラゴンが頷く。


 背後を見ると、勇者が張った大規模結界が半球状になり、広大な荒野を覆っているのが見える。

 その中で、猛り狂った大蛇の群れの如く、猛威を振るう漆黒の猛毒の呪いも。


 あの大ピンチの状態から、このドラゴンが地中を通ってへと連れ出してくれたのだ。


「あ! 毒の呪いから救ってくれたのね! ありがとう、ドラゴンさん!」

「そうだったスラ? 感謝するスラ!」

「ありがとうイム!」

「へぇ~、奇特なドラゴンだね。礼を言うよ」


「いえ、アスドには、があるからそうしたまでドラ」


 ドラゴンは首を横に振った。


「申し遅れたドラ。アースドラゴンのアスドドラ」


 話を聞くと、どうやらアスドは、地中を移動するタイプのドラゴンらしい。


 普段は、土中を通って、モンスター王国内の至る所を移動しているとか。

 今までの地震は、全て彼女のせいだったようだ。


「で、〝義務〟ってのは、どういう事だ? どうして俺たちを助けてくれたんだ?」


 アスドは、深い溜め息をついた後、「実は……」と、話し始めた。


※―※―※


「さっきのドラゴンは、〝毒〟と〝呪い〟を両方とも扱える、珍しいアースドラゴンドラ。彼の名は、ポイカーゴン。二百年と少し前。アスドたちは、同じ年に生まれた、幼馴染だったドラ。まるで姉弟みたいに育ったドラ」


 彼女によると、ポイカーゴンは、その巨躯に反して大人しく、気弱で、自分に自信が無く、少しネガティブなところがあるドラゴンだったらしい。


 が、アスドは、そんな彼の良いところ、すごい所をたくさん知っていた。

 だから、という。


「でも、ある日……があったようで、アスドの前から姿を消したドラ。そして、気付いた時には、ポイカーゴンは、今みたいになってしまっていたドラ。と言っても、彼がああなっているのをちゃんと見たのは、この二百年で今日が初めてドラ」


 ポイカーゴンがいなくなった後。

 アスドは、彼を必死に探した。


 しかし、なかなか見付からない。


「来る日も来る日も、土中を移動しながら、必死に探し回ったドラ」


 地面の中を掘り進め、モンスター王国中を探したアスドが、苦労してやっと見付けたのは、彼の〝魔力〟だった。


 毒汚染地域の中でも、特に〝北方〟を汚染していた〝猛毒の呪い〟から、ポイカーゴンの魔力を感じ取ったのだ。


 どうやら、ポイカーゴンは、勇者が張った大規模結界の範囲外――つまり、地中深くから毒汚染地域に侵入して、毒が地面を覆う地上へと出たようだ。


 アスドは、喜んだ。

 やっと手掛かりが見付かった。これで、彼も直ぐ見付かる。

 そう思ったのだが――


「ポイカーゴンは、ドラ」


 〝猛毒の呪い〟から、ポイカーゴンの魔力は感じる。

 間違いなく、あれは彼の仕業だ。


 にもかかわらず、


 彼は死んでしまったのか?

 いや、普通は、術者が死んでしまえば、その魔法の効力は無くなるはずだ。


 それに、〝猛毒の呪い〟は、新たに次々と生み出されており、その量は増える一方だった。

 それを踏まえて考えると、術者であるポイカーゴンが死んだとは、到底思えない。


「もしかしたら、〝猛毒の呪い〟が噴出され続けている場所とは、違う場所にいるのかもしれないドラ」


 そう思考したアスドは、それからも毎日、ずっと彼を探し、地面の下を移動し続けていたとの事だった。


※―※―※


 そして、先刻――


「やっと見付けたドラ!」


 勇者が、その聖剣による斬撃で、隠れていたポイカーゴンの居場所を暴いた事で、アスドは彼自身の魔力を感知する事が出来て、急いでやって来て、襲われている俺たちを救ってくれたらしい。


「でも、どうやって身体を隠してたの? ずっと透明だったわよね?」


 指の代わりに翼を顎に当てながら思案するレンに、アスドが答える前に――


だろ?」


 俺が横から口を挟んだ。

 呪いを得意とするポイカーゴンは、自分自身に呪いを掛けたのだ。

 〝他者から知覚されない〟という呪いを。


「御明察ドラ! さすが〝噂の眼鏡屋〟ドラ! 〝嫌がるロリ女王さまに眼鏡を掛けさせた上でそのロリ身体ボディを無理矢理押さえつけて自分好みの身体に変えて、『鍛えられちゃったガ……』って、目を逸らしながら涙を流させた〟だけの事はあるドラ!」


「『けがされちゃった……』みたいに言うな。っていうか、俺どんな鬼畜設定にされてるんだよ? 酷過ぎて、名誉毀損で訴えたら一生豪遊出来るくらい慰謝料貰えるだろ、この案件?」


 俺が半眼で突っ込んでいると、勇者がポツリと呟いた。


「僕に呪いを掛けていたのは、スライじゃなくて、ポイカーゴンだったのか……」

「まぁ、そうなるな」


 勇者は、「という事は……」と、俯いて、何やら一人でブツブツ言いながら、思考を重ねている。


 俺は、取り敢えず勇者は放っておいて話を続ける事にした。


「とにかく、ポイカーゴンが自分自身を隠していた呪いは消えた」


 問題は――


「どうやって、ポイカーゴンさんを止めるか、よね?」

「ああ」


 レンに、俺は頷く。


「と、その前に」


 俺は、改めて、アスドの方へと向き直った。


「そもそも、なんでポイカーゴンは姿を隠していたんだ? シャイなのか?」


 アスドは、「確かに、彼は恥ずかしがり屋ドラ」と首肯しつつ、言葉を継ぐ。


「何かショックな事が起こってしまった彼は、酷く動揺して、猛毒の呪いを吐き、恐らくそれが止まらなくなったドラ」


 それを聞いたスライが、聖剣との一体化を解くと、


「何だか、親近感が湧くスラ! 仲間スラ!」


 と、ぷにょんと飛び跳ねながら、自分にも身に覚えがあると伝える。


 アスドは、


「ポイカーゴンも、きっとそうだったと思うドラ。彼は、毒を吐き続けている貴方を見付けて、似た者を見付けたと感じて、嬉しかったドラ。」


 と、頷いた。


「そうスラ、そうスラ! 仲間スラ!」


 スライは、嬉しそうだ。


 傷の舐め合い、というような話だけではなく。

 彼にとっては、最弱と言われるスライムである自分が、最強と謳われるドラゴンと同じ経験をしていた事が、どこか誇らしいのかもしれない。


 ――しかし、アスドが続けて言った言葉は、スライにとって、予想外のものだった。


「恐らくポイカーゴンは、似た者同士であると感じた貴方と同じ場所にいたい、と思ったドラ。でも、恥ずかしがり屋の彼は、分かりやすく堂々とすぐ傍にいる事は出来なかったドラ。そこで、貴方と同じ汚染地域内にはいるものの、少し離れた場所から、貴方を見守る事にしたドラ。自分は姿を消した上で。猛毒の呪いを吐きながら、ドラ」

「!!!???」


 それを聞いたスライの声と身体が、ブルブルと震える。


「し、史上稀な〝ド変態ストーカー〟だったスラあああああああああ!」

「〝毒吐きながら排泄と同じ快感を感じていた〟お前も大概だけどな」


 荒野に悲痛な叫び声を響かせるスライに、俺は冷たく突っ込んだ。

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