18.「聖剣」

「え? あれって、呪いなの?」

「ああ」


 俺は、レンに頷く。


「そもそも、勇者が魔王に〝呪われた〟のがおかしかったんだ。魔王は〝〟スライムだった訳だからな」

「あ! 言われてみれば、そうね……」


 俺たちのやり取りを目にした勇者は――


「………………」


 ――俯き、何事かを思案している――が、突如髪を掻き毟る。

 どうやら、考えが纏まらないようだ。


「スライは、呪いなんて掛けてないスラ!」

「そうイム! お兄ちゃんがそんな事するはずなイム! 眼鏡屋、適当な事言ってると、訴えるイム!」


「いやだから、〝スライは掛けてない〟って言ってるだろうが」


 「スラ?」「イム?」と、眼下のゼリー状生物たちは、首を傾げた(多分)。

 うーん、あざとい。

 見た目が可愛いだけに、破壊力抜群。


 っていうか、呪いは駄目って、毒は良いのか?

 毒も十分危険な攻撃だと思うんだが。 

 

「じゃあ、その呪いを掛けたのは、誰なのよ!?」

「それは――」


「二人とも、悠長に喋ってる場合じゃないよ!」


 レンの問いに答えようとすると、勇者に止められた。


「いや、その通りなんだが、お前に言われると何かムカつくな、サイコパス」

「ううっ……僕の扱い酷くない?」


 自業自得。身から出た錆。

 それらの言葉がこんなにもしっくり来る奴がこの世にいるとはな。


「ステータス眼鏡グラッシーズ


 俺は、迫り来る猛毒――に見える〝呪い〟を〝ステータス眼鏡〟を用いてる。

 やはり、あれは〝猛毒の性質〟を持ってはいるが、その本質は〝呪い〟だ。


「勇者だろ? 何とかしろ」

「〝勇者使い〟が荒いよ、眼鏡屋。言っただろ? 解毒は出来るようになったけど、解呪はまだだって」

「知らん。何とかしろ」

「ううっ。眼鏡屋の意地悪……」


 勇者が瞳を潤ませ、口を尖らせる。

 スライムのあざとさにはグッと来たが、正直、この〝ならず者勇者〟がどれだけあざといムーブをかまして来ても、心が全く動く気がしない。


 一向になびかないに俺に、「はぁ」と溜息をついた勇者は、


「こうなったら、アレをやるしかないか……」


 と、嫌そうに顔を歪めながら、呟いた。


「スライ。この辺に、僕の聖剣が転がっていなかったかい?」

「聖剣? ああ、あのけったいな剣の事スラ?」

「〝けったい〟て……うん、その剣の事だよ」

「あそこにあるスラ!」


 スライがその身体を触手のように伸ばして指し示した先に、確かに剣らしきものが転がっているのが見える。

 剣身がキラリと光るそれは、見た感じ、どこにも鞘は無く、

 ――が。


「毒に呑み込まれちゃうわよ!」


 そのすぐ傍まで、北方からの毒が迫ってきており――


「頼む! 何とかしてアレを取って来てくれ! アレが必要なんだ!」


 必死に叫ぶ勇者の言葉に背を押されて、レンが力強く頷く。


「分かったわ! スライさん、ライムちゃん、手を貸して!」

「任せるスラ!」

「合点承知の助イム!」


「兄が関西の方言使ったと思ったら、妹は江戸っ子かよ」


 ライムがレンの頭の上に乗り、レンが両翼で羽搏はばたいて、空へ舞い上がる。

 一方、スライは――


「ああ! 鉤爪が食い込んで、な、何かに目覚めそうスラ!」

「前言撤回。〝方言属性〟じゃなくて、〝ドM属性〟だったか」


 ――レンの鋭い鉤爪によって全身を捕まれ、頬を紅潮させ涎を垂らしながら、運ばれて行く。


 っていうか、〝扱い〟が雄と雌でえらい違いだな、レンよ。

 そして、スライムの癖に、鉤爪が食い込むと痛いのか、スライよ。


 左前方へと飛翔していったレンが――


「間に合わないわ!」


 ――焦燥感に駆られるが――


「ライム! やるスラ!」

「分かったイム、お兄ちゃん!」


 スライム兄妹が、それぞれレンの足下と頭上から――


「スラああああああああああ!」

「イムうううううううううう!」


 ――身体の前面を、触手のように細長く伸ばして――


 ――片方だけでは届かない距離を、二本の触手が空中で螺旋を描きながら絡まり合い、一つとなる事で、更に長距離への到達を可能として――


 ――一気に距離を詰めて――


 ――剣が毒に呑み込まれる寸前に――


「やったわ!」


 ――聖剣の柄に絡み付き、拾い上げた。

 ――直後、毒が大地を呑み込む。


「受け取って!」

 

 レンが虚空で急旋回、スライとライムも、その回転に合わせて、遠心力を用いて聖剣をぶん回して――


「「「勇者!」」」


 ――触手で思い切り放り投げた。


 まるで、最終決戦にて、仲間たちが命懸けで、本物の勇者のために、〝最後の希望〟である伝説の武器を手渡す瞬間のようだ。

 

 感動的な場面だが――


 ――猛スピードで飛んで来る聖剣を見た勇者は――


 スッ。


「「「!?」」」


 ――横に身体をずらして、避けた。


「何やってんのよ!?」

「ちゃんと受け取るスラ!」

「ライムたちが一生懸命頑張って取った剣イム! 無駄にするんじゃなイム!」


 怒り心頭の一同。


 勇者は、地面を転がった聖剣の近くまで歩み寄ると、


「うはぁっ……ひぇっ……」


 ――眉を顰めながら、柄についている紐を摘まんで、持ち上げた。

 まるで、汚物を扱っているかのようだ。


「何やってるんだ、お前?」


 俺が訊ねると、勇者は顰めっ面で答えた。


「僕、なんだ」

「もう勇者やめちまえ」


 その後も、


「うぐっ……くうっ……」


 と、まるで変な匂いでもするかのように、決して柄を持とうとしない勇者に――


「いい加減にするスラあああああああああああああああああ!!!」


 堪忍袋の緒が切れたとばかりに、スライが吹っ飛んで来た。


 どうやら、ライムと共に絡み付かせていた触手を解き、レンが全力で足で投げ飛ばしたらしい。


 喰ってやろうと思ってか、大口を開けて、高速で飛んで来たスライを――

 ――勇者が――


 スッ。


「スラ!?」

「ですよねー」


 ――案の定、身体を捻って避けると――


 ――その弾みで、勇者が紐で摘まみながら持っていた聖剣が、ブン、と跳ね上がり――


 ――大口を開けたスライが、聖剣にぶつかりながら、地面に激突して――


「スラあああああああああああ!!!!!!」


 ――眩い光を放ったかと思うと――


「なんじゃスラああああああ!!!???」

「〝なんじゃこりゃあ〟みたいに言うな」


 ――――一体化して――

 ――その柄が、〝スライムの身体〟で覆われて――


「丁度良かった! これなら、アレルギーの僕でも、聖剣を持てる!」

「いや、何勝手に話を進めてるスラ!?」


 ――むにゅっと、両手で聖剣を持ち、中段に構えた勇者は、右脚を前に出して――


「いざ、参る! 猛毒の呪いよ、覚悟しろ!」

「話を聞くスラ!」


 ――勇者パース――サンライズ立ちで、襲い来る〝猛毒の呪い〟に対して、啖呵を切った。

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