16.「だからこそ」

 近付いた事があだとなり、膨張する毒に襲われた瞬間――


「『勇者に放出リリーストゥヒーロー眼鏡グラッシーズ』」


 ――咄嗟に、俺は目の前に巨大な眼鏡を出現させた。

 と同時に、大量の毒が、巨大な眼鏡のレンズに吸い込まれていき――


「ん? 『勇者』? え?」


 ――後ろの方で戸惑う勇者の眼前――虚空から――


「うわああああああ!」


 ――先程吸い込まれた毒が突如出現、勇者に襲い掛かり――


「『浄化ピュリフィ――』


 ――勇者が、慌てて魔法で無効化しようとするが――


「『加速アクセラレーション眼鏡グラッシーズ』」


 ――俺が〝掛けている眼鏡〟を変化させると、毒のスピードが一気に上がって――


「ぎゃあああああああああ!」


 ――魔法が間に合わず、勇者は大量の毒をもろに食らった。


 次々と押し寄せる毒の波に呑み込まれた勇者は――


「わ、悪かった! もうしないよ! だから! だから止めてく――」

「駄目だ」

「ぎゃあああああああああ!」


 ――助けを乞うが、俺は突っ撥ねる。


 暫くそのまま放置すると、魔王スライの精神状態も落ち着いたらしく。

 毒の量が減って、俺が最初に用意した〝宇宙放出眼鏡〟で、吸い込むに足るようになった。


「……ううっ……」


 見ると、勇者は、全身を毒に侵されて、肌がどす黒く変色している。

 更に、腕と脚が、それぞれ一本くらい腐って千切れている気がする。

 が、気にしないでおこう。


「……酷いじゃないか、眼鏡屋……」

「ライムたち兄妹を問答無用で殺そうとしたお前に言われたくはないわ」


 くるりと振り返ると、レン、ライム、そしてその向こうに見える魔王スライが、明るい声を上げた。


「ラルド! グッジョブよ!」

「スッキリしたイム!」

「感謝するスラ!」


 頷いた俺は、魔王スライを真っ直ぐに見据える。


「で、どうだ? その毒、止められそうか?」


 勇者の挑発によって激増していた毒は、かなり減ってはいるが――


「駄目スラ……止まんないスラ……」


 ――最初の量に戻っただけで、止まりそうな様子は無い。


「二百年経った今でも、スライを馬鹿にしたあの人間の子どもたちの言葉が、表情が、ありありと思い出されるスラ……」


 人は、〝嫌な事〟があると、何度も頭の中で繰り返し思い出してしまうものだ。

 無論、思い出したくて思い出している訳ではない。

 フラッシュバックという奴だ。


 きっとモンスターも同じなのだろう。

 思い出したくもない過去のトラウマが、何度も脳内に甦る。

 何度も、何度も、何度も、何度も。


 もう、その言葉をぶつけた人間たちは、とっくに死んでいるというのに。

 まるで、まだその者たちが生きていて、目の前で自分を貶して来るかのように感じられるのだ。


「スライさん……」


 レンが、顔を曇らせる。


 一体どうすれば良いんだ……


 と、その時――


「お兄ちゃん!」


 ぷにょんと前に出たライムが、最愛の兄に向かって、語り掛けた。


 堂々としたその後ろ姿は、勇ましく、しかし慈愛に満ち溢れ、まるで死闘の末に膝をついた魔王に手を差し伸べる、御伽噺の中の英雄のように見える。


「ライムたちスライムは、小さいし、弱イム。でも、それは決して悪いことではなイム。ライムたちスライムは、小さいからこそ、小柄なモンスターの気持ちが分かるイム。ライムたちスライムは、弱いからこそ、か弱いモンスターの気持ちに寄り添えるイム。それはきっと、他のどのモンスターよりも小さくて弱いライムたちにしか出来ないことイム」


 そこまで語ったライムは、大きく息を吸うと――


「ライムはそれを、誇りに思っているイム!!」

「!!!」


 ――力強く、そう叫んだ。


 荒野にライムの声が響く。


 それは、どうやら、魔王スライの心にも響いたようで――


「見て、ラルド!」


 ――魔王スライが吐き出す毒の量が、少しずつ減っていく。


 よし。

 良いぞ。

 そのまま、毒が止まれば――


「眼鏡屋! 出番イム!」

「へ?」


 ――ライムが、俺の前にぷにょんと着地して、そう言った。


「え? なんで俺? このまま放っておけば、止まりそ――」

とどめイム!」

「いや、お前、実の兄にとどめて」


 半眼で突っ込んでいると、レンも横から口を挟む。


「ほら、出番よ! やっちゃえラールードー!」

「〝やっちゃえバーサーカー〟みたいに言うな」


 俺は、「いや、実の妹が魂の叫びをした後に、部外者の俺が何を言おうとも――」と、必死に抵抗しようとするが――


「「「ラ・ル・ド! ラ・ル・ド! ラ・ル・ド!」」」


 全員が声を重ねて、盛り上げる。


 見ると――


「ラ・ル・ド! ラ・ル・ド! ラ・ル・ド!」

「いや、お前はやるなよ」

 

 ――勇者までその輪に入っている。

 いつの間にか、千切れた手足を治して、変色した肌も回復させた上で。


 そういや、治癒魔法と回復魔法を使えるって言ってたな、コイツ……

 千切れた手足が元通りとか、凄まじい力だなおい……


「ああもう! 分かった分かった!」


 俺は、降参したと示すように、両手を上げた。


「フウウウウウウウウウウウ~!」

「〝フウ~〟やめろ」


 盛り立てる仲間たちに、俺は眩暈がする。

 御膳立てしているつもりなのだろうが……うーん、正直、イヤ。

 だって、このまま待っていれば、問題解決しそうだし。


 ……だが、まぁ、ここまでされたんだ。

 やるしかないか。


「スライ」


 覚悟を決めて、俺は魔王スライと向き合った。


 深呼吸を一つして、言葉を継ぐ。


「スライムはすごいんだって事を、俺が教えてやる」


 ビシッと指差す俺。


「俺のいた異世界では、スライムは大人気だった。戦闘能力がどうとか関係無しに、スライムは誰もが知っているモンスターであり、知名度と人気で他の追随を許さなかった」


 魔王スライは、黙って俺の話を聞いている。


「知名度No.1、人気もNo.1、可愛さNo.1。しかも、それだけじゃない」


 俺はそこで、〝異世界では、スライムに関する色んな物語が書かれている〟と言おうとしたが、話が複雑になる気がしたので、少し変える――というか、盛大に〝〟ことにした。


「なんと、異世界には、ドラゴンよりも強いスライムもいる」

「!」

「しかも、そういう個体が何匹もいる。お前の妹だって、純粋な戦闘力じゃハーピーのレンに勝てないかもしれないが、この間、ちゃんと勝っていたぞ。つまり、戦い方次第では、格上とされる相手に勝つことだって出来る」


 そこまで話すと、魔王スライは、


「でも、スライは……」


 と、俯いた(ように見えた)。


 そんな彼に、俺はアツく語り掛ける。


「お前だってそうだ」

「スライも……?」

「ああ。お前は、〝勇者〟を毒で倒したんだろ? 〝史上最強の戦士〟を倒したんだ」


 俺は、息を吸い込むと、思いを込めて叫んだ。


「だから、もっと自信を持て」

「!!!」


 俺の声が周囲に響く。

 よし。

 先刻と同じように、俺の声は、魔王スライの心にも響い――


「口では何とでも言えるスラ。そんなの信じられないスラ。きっと全部、嘘スラ」

「ガーン」


 ――てなかったー。


 どうやら、お気に召さなかったらしく、魔王スライが吐く毒の量が、増えて行く。

 ほらー。折角少なくなってたのにー。


 だから言ったんだよー。

 妹の言葉で止めとけば良かったじゃんかー。


「もう! 何やってるイム!」

「ラルド! 情けないわよ!」


 お前らのせいじゃボケー。


「何やってるんだい、眼鏡屋。全くもう、この僕でもそんな失態は演じないよ」

「いや、お前は本当に黙ってろ」


 勇者を冷たい視線で射抜いた後。


「ああ、もう。こうなったら――」


 そうだ。

 俺は眼鏡屋だ。


 いや、別に、勇者の言葉で思い出した訳じゃないんだが。

 そんなの、滅茶苦茶しゃくだし。 


 まぁ、とにかく。

 眼鏡屋らしく、やってやりますか。


「この眼鏡で、分からせてやる」

「ラルド! 何こんな時に言ってるのよ! いやらしい!」

「そういう意味の〝分からせる〟じゃなーい」


 ――俺は、魔王スライに向けて両手を翳して――


「『眼鏡創造グラクリ』」


 ――〝とある眼鏡〟を生み出した。

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