15.「魔王になってしまった原因」
泣き喚くライムは、平らになって、べちゃーっと地面に広がってしまった。
きっと、〝膝から崩れ落ちた〟ような状態なのだろう。
「ライムちゃん……このクソ勇者! 冗談じゃ済まないわよ!」
翼を大きく広げ、今にも飛び掛かりそうなレンと、打ちひしがれるライムに、俺は、「ちょっと待て」と声を掛ける。
「あれを見ろ」
俺に促された彼女たちが、視線を向けると――
「あ、危なかったスラ……」
「お兄ちゃん!」
「スライさん!」
――魔王スライがいた。
器用にも、口から毒を吐きながら喋っている。
その下の地面は、漆黒の毒が大量に溜まり、沼のようになっている。
どうやら、勇者が大規模魔法で毒を消した際に、地中に大量の毒を吐いて、その中――地下に身を潜めていたようだ。
無論、勇者の魔法は毒を消す。
――が、あまりにも毒が大量過ぎて、しかもそれを凝縮する形で生み出して、その中に隠れていたため、勇者と言えど、全てを一瞬で消し去ることは出来なかったのだろう。
「チッ」
顔を歪めて舌打ちする勇者を、俺は問い詰める。
「今、なんで舌打ちしたんだ?」
「え? いや、舌打ちなんてしていないよ、僕は」
「嘘つけ。絶対にしたぞ」
「えっと、その……そうそう、投げキッスだよ! チュッ。ほらね」
「あ、そうか、投げキッスだったかー。ってなるかー。ふざけんなー」
ウインクしながら唇に指を当て、俺に向けて差し出す勇者。
言うに事欠いて、投げキッスとは。言い訳苦し過ぎだろ。
ふざけるにも程がある。
「ラルド、ダメよ! いくら勇者が綺麗だからって、そんな奴の投げキッスなんか食べちゃ! これだから男は!」
「いや、食べてないし。ていうか、この流れで勇者の投げキッス食べるて。俺までサイコパスみたいになるから、やめてー」
勇者は、キリッと真剣な表情になると、未だに毒を吐き続ける魔王スライを見詰めた。
「ふむ。このままではいけないね。もう一度僕が、〝
「待て。俺がなんとかする」
何だか、アレをもう一度撃たせるのは、非常にマズい気がした俺は、即座に止めた。
勇者を見ると――
「………………」
――
ていうか、
〝相手の命を奪う可能性のある
「でも、どうやって? 君はただの眼鏡屋だろ?」
「その場合、〝ただの眼鏡屋〟によってお前の〝御自慢の結界〟は破られた事になるんだが、それは問題ないのか?」
「あ、確かにそうだね。こりゃ一本取られたね。あはは」と乾いた笑い声を上げる勇者を放っておいて、俺は、改めて魔王スライの方を向いた。
ライムが、
「お兄ちゃん!」
と、近付こうとするが、それを魔王スライが何とか制止しようとしている。
「ライム、近付いちゃ駄目スラ! スライはライムを傷付けたくないスラ!」
「ライムはへっちゃらイム! お兄ちゃんの毒なら、たとえそれで死んでも、本望イム!」
「いや、ブラコン
愛って、大きければ大きい程良い訳でもないんだな。
勉強になるわー。
「コホン」と咳払いをして、俺は魔王スライに向けて叫ぶ。
「スライ。これを使え。『
俺の声に呼応して、魔王スライの眼前に、巨大な眼鏡が出現。
二つのレンズの向こう側には、果てしなく広がる宇宙が見える。
「そこに、ゲ――じゃなくて、毒を吐け。そうすりゃ、その間は、モンスター王国を毒で汚染する事は無い」
「! 分かったスラ!」
魔王スライは、毒を吐く方向を、地面に転がる大きな〝宇宙放出眼鏡〟へと向けた。
すると――
「! 吸い込まれて行くスラ!」
毒は全て、〝宇宙放出眼鏡〟へと吸い込まれ、その先に広がる宇宙空間へと飛んで行った。
「すごいスラ! 感謝するスラ!」
「いや、気持ちは分かったから、飛び跳ねるな。眼鏡が毒を吸い込み辛くなるから」
ぷにょんぷにょんと跳躍するスライを、俺は落ち着かせる。
「あ。そう言えば、お前。以前、毒を吐いている最中、頬を赤く染めていたが……排泄みたいな感じで、気持ち良いんだよな、きっと?」
「ひゃい!? しょ、しょんな事は無いスラ~。じぇ、じぇ~んじぇん無いスラ~」
「めっちゃ動揺するじゃん」
器用にも、毒を吐きながら口笛を吹くスライ。
やはり快感だったらしい。
「まぁ良いや。じゃあ、〝宇宙放出眼鏡〟で毒を吸い込んでいる内に、話を聞かせてくれるか? 何があったか。何故お前は魔王になってしまったのかを」
〝宇宙放出眼鏡〟によって取り敢えず毒にやられる危険性はかなり減った事で、少し歩み寄った俺は、魔王スライに語り掛ける。
念のために、掛けている眼鏡を〝防御眼鏡〟へと変えて、勇者以外の仲間たちを防御魔法で守りながら。
レンとライムもまた、俺の横まで歩み寄って来る(勇者は後ろ――少し離れた場所に、そのままいる)。
「分かったスラ」
頷いた(のだろう、多分)魔王スライは、どこか遠くを見詰めながら(なのだろう、多分)、話し始めた。
「あれは、忘れもしない、二百年前の事だったスラ。スライは、好奇心旺盛なスライムだったスラ。ある日、『人間って、どんな生き物なのか興味があるスラ。会って話をして来るスラ』とライムに告げて、南の隣国――グメニス皇国へと旅立ったスラ」
仲間たちは皆、真剣に話を聞いている。
いや、一人だけ――
「ふわぁ~あ」
――退屈そうに欠伸している者がいた。うわー。
もう、勇者の称号を返上しちまえ。
「国境から少し南下した所に、人間の村があったスラ。その近くまで行ったら、数人の子どもたちがいたスラ。その子たちは、スライを見て、『あ! スライムだ!』『可愛い!』などと指差して来たスラ。正直、悪い気はしなかったスラ。『ふふん。そうスラ? そうスラ? スライは可愛いスラ~。困っちゃうスラ~』って」
ここまでは、何て事の無い、微笑ましいエピソードだ。
「だけど!」
突然、魔王スライの言葉に怒気が含まれた。
「アイツら……こんな事を、スライに言いやがったスラ!」
一体何を言われたのだろうか?
(勇者以外の)全員が、固唾を呑んで見守る中。
スライは言葉を継いだ。
「『でも、スライムって、モンスターの中で一番弱いんだよね?』『そうそう! 一番小さいし弱いし、ザコだよ!』『あはは! ザコは可哀想よ~!』って言ったスラ!」
一瞬、沈黙が流れる。
いや、まぁ確かに悪口ではあるし、ショックだったんだろうが……
それでここまで
「それが、すごくショックで……『うぷっ!』って、毒を吐きそうになったスラ。慌てて堪えて、モンスター王国へと戻ったスラ。そして、過酷な環境故に誰も住んでいない、モンスター王国北部へと行って――『ゲエエエエエエエエ!』と、毒を吐いたスラ。でも、全然止まらなかったスラ。しかも、それまで吐いた事の無いような、滅茶苦茶強力な毒だったスラ。まぁ、実は吐くのはすごく気持ち良かった――じゃなくて、とにかく、そのまま二百年が経過したスラ。そしていつしか、魔王と呼ばれるようになったスラ」
話を聞き終わった後。
「お兄ちゃん、可哀想イム!」
「辛かったのね、スライさん……」
ライムとレンが、涙声で同情する中――
――勇者が――
「え? 何がショックなのかな? だって、スライムが最弱でザコなのは、もう厳然たる事実じゃん」
「!!! スラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
――挑発的な言葉をぶつけると、魔王スライが暴走――
――吐く毒の量が一気に膨れ上がり、俺、レン、そしてライムに襲い掛かった。
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