14.「魔王との対峙」

 俺たちは、北方にある毒汚染地域へと、空路で向かっていた。

 いつもながら俺は、ベルトをレンの足に掴まれつつ運ばれて。

 一方で、勇者は、飛行魔法で飛んでいる。


 そして、ライムは――


「さぁ、行くイム! もっと飛ばすイム!」

「人の頭の上で偉そうに指示するな」


 俺の頭の上にぷにょんと乗っていた。

 

「なんで俺の上なんだ?」

「レンの上だと、飛行の邪魔になってマズイム!」

「あ、そこはちゃんと気を遣えるんだな。じゃなくて、勇者の上に乗れば良いだろうが」


 俺が指摘すると、ライムは、ブルブルと震えた。


「アイツ、なんかム……」


 まぁ、炎魔法でこんがりと焼かれ、殺され掛けたからな。

 一生トラウマになってもおかしくはない。


「まぁ、そんな事より」

「そんな事イム!? もっとライムの傷付いた心を思いやって欲しイム!」


 俺の頭上で喚き続けるゼリー状の生物は、無視するとして。


「うーん、なんかがあるんだよなぁ」

「どうしたの、ラルド?」


 その両翼で颯爽と飛翔するレンが、俺の呟きに反応する。


「以前、お前と一緒に、海の方まで行っただろ?」

「あ、あの時の話……初めてのデートの話ね……!」

「いや、仕事な。セイレーンを分からせるための」

「そこは、一々いちいち訂正しなくて良いのよ!」


 何をプリプリ怒っているんだろうか?

 まぁ、良いか。


「で、その途中で、眼下に見下ろしただろ? 毒汚染地域を」

「そうだったわね」

「その時、俺は、地上に魔王がいるのを見掛けた気がするんだが」

「あたしは〝魔王を見ると目が潰れる〟という噂があったから見ないようにしていたけど、あんたは見たのよね。それがどうしたの? ライムちゃんのお兄さんが魔王になってたんだから、何もおかしくないじゃない」


 俺は当時の記憶を辿りながら、言葉を継ぐ。


「いや、俺はあの時……んだ」

「え!? それって――」

「分からない。分からないが……」


 一体、どういう事なんだろうか?

 それに、

 スライムの魔王によって、全ては引き起こされた、か……

 ……何かが引っ掛かる……


 と、そこまで俺が思考したところで――


「お兄ちゃ――兄は、すごいスライムだからイム! 尊くて存在感が大きイム! だから二匹分見えたような気がしたんだイム!」


 ライムが得意顔で胸を張っているような気配が、頭上から漂って来る(どこが顔でどこが胸か分からないが)。


「その眼鏡――千里眼眼鏡で魔王を見た時は、どうだったんだ、ライム?」

「一匹だけだったイム! 二匹目なんてどこにもいなかったイム!」

「じゃあ存在感、全然大きくないやんけ」


 でも、俺は違う。

 店内から、千里眼眼鏡で毒汚染地域を見た時。

 魔王以外に、誰かがいるように見えた。


 ……ような気がするんだけどな……

 うーん、はっきりしないんだよなぁ。


「見てごらん、みんな。もう直ぐ着くよ」


 いつの間にか、毒汚染地域の近くまで辿り着いていた。

 勇者が張ったドーム状の結界が、淡く輝いている。


「よし、下りるぞ」

「分かったわ!」


 俺たちは、地上へと舞い降りた。


※―※―※


 だだっ広い荒野のど真ん中。

 目と鼻の先には、光り輝く巨大な結界。

 そして、その中に見える、毒に冒された漆黒の大地。


「今助けるイム! お兄ちゃ――」

「待て」

「イム!?」

 

 ブラコンスライムが、結界に向かってぷにょんと飛び跳ねたので、俺が空中でむにゅっと掴んで、止める。


「なんで止めるイム!?」

「お前の目は節穴か? いや、どこが目か分からんけども。とにかく、結界が見えんのか?」

「なんでイム? ただの結界イム! 毒を抑えているだけイム!」


 果たして、そうだろうか?

 試しに、地面に落ちている小石を拾って、結界に投げてみると――


 バチィイイイイッッッッ!!!!!


「「「!」」」


 雷を食らったかのように、小石は黒焦げになって、地面に落ちた。


「「「………………」」」


 その絶大な威力に、俺たちが言葉を失っていると――


「あ、気を付けてね。結界は、常に〝最上級雷魔法〟――つまり、最強の雷撃が流れているから」

「言うの遅過ぎイム! そういう事はもっと早く言うイム! 危うく死ぬ所だったイム!」


 勇者が微笑みながら軽く告げて、ライムが噛み付いた(歯は無さそうだが)。


「じゃあ、結界の方は任せて良いかな、眼鏡屋。僕は、〝大規模浄化魔法グレイトピュリフィケーション〟の準備をするから」

「ああ、任せろ」


 勇者に、俺は頷く。


「い、いよいよね!」

「お兄ちゃ――兄を助けるイム!」


 緊張した面持ちのレンと、気合いを入れてぷにょんと飛び跳ねるライム。


「行くよ、みんな?」


 勇者の問い掛けに、俺たちは首肯する。


「はああああああああああああああああああああああ!!!」


 雄叫びを上げる勇者から、莫大な魔力が迸る。

 溢れ出す尋常ならざるそれは、一体どれだけの才能があれば、どれだけの修行をすれば獲得出来るのか、想像もつかない程だ。


「はああああああああああああああああああああああ!!!」


 暫く膨張し続けた魔力が、今度は、勇者の身体へと凝縮されて行き――

 ――眩く光り輝く勇者が、俺に頷く。

 

 それを見た俺が――


「『結界解除バリアリムーバル眼鏡グラッシーズ』」


 ――掛けている眼鏡を変え、手を翳すと――


「「「!」」」


 ――巨大な結界が、ガラスが割れるような音と共に、粉々に砕け散って――


「『大規模浄化魔法グレイトピュリフィケーション』!!!」


 ――そこに、勇者の咆哮が重なった。


 直後――


「「「!」」」


 ――大地の毒が次々としていく。


 あれ?

 なんかこれ、浄化魔法って言うよりも……

 むしろ……


 ――勇者の大規模魔法により、〝漆黒〟だった大地が、茶色い地面へと変わっていき――


 ――〝漆黒〟によって見え辛くなっていた大地に佇む、紫色のスライム――魔王スライが、少し離れた場所で口から毒を吐き続けるのが見えて――


「お兄ちゃん!!」


 ――二百年もの長きに亘って離れ離れになっていた兄との再開に、感極まったライムが、叫ぶが――


「あ、やり過ぎちゃった。ごめんね。てへぺろ」

「いやあああああああああああ!! お兄ちゃああああああああああああああん!!!」


 ――

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