13.「協力」

「何してくれてんのよ、このクソ勇者!」

「え? ああ、ごめんごめん。無意識に魔法を唱えていたみたいだ」

「無意識に殺生しようとしてんじゃないわよ!」


 本当に無意識だったらしく、指摘されて初めて、勇者は自分の行為に気付いたらしい。

 その間にも――


「ギャアアアアアアアアアアア! 熱イム! 滅茶苦茶熱イム! 溶けるイム!」


 ――炎に包まれたライムは悲鳴を上げ続け、死へのカウントダウンが始まる。


「ど、どうしたら良いの!? と、とにかく炎を消さなきゃ! お願い、消えて!」

「それ、益々炎をでかくするだけだと思うんだが」

「ギャアアアアアアアアアアア!」

「きゃあああああああああああ! ライムちゃああああああああん!」


 翼をはためかせて炎を消そうとするも、空気を送ってしまい、更に燃焼を手助けしてしまうレン。


「あ。もしかして、僕が出した魔法だし、僕が消した方が良いかな?」

「何で疑問形なのよ!? 消せるなら、さっさと消しなさい!」 


 勇者がパチンと指を鳴らすと、ライムを襲っていた炎は消えた。

 見ると、元々小柄な身体が、更に小さく萎んでしまっている。


「ライムちゃん、大丈夫!?」

「……み、水……欲し……イム……」


 駆け寄ったレンに対して、ライムが弱々しく呟く。


「ラルド!」

「ああ」


 バッと振り返ったレンに俺は頷く。


「『料理クッキング眼鏡グラッシーズ』」


 俺が、掛けている眼鏡を〝料理眼鏡〟に変えると――


「……ライムは、食べても美味しくなイム……。食べないで欲しイム……。あ、でも、もしどうしても食べるって言うなら、マスタードとかはしみるから、やめて欲しイム……」

「案外余裕あるなおい」


 満身創痍でプルプルと震えながら呟くライムに、俺は思わず突っ込む。


「ラルド! ライムちゃんを食べたりなんかしちゃ駄目よ! 本当に汚らわしい! これだから男は!」

「だから、食べたりしないっつーの。って、え? 〝食べる〟って、そっちの〝食べる〟?」


 余計なやり取りをした後、俺は瀕死のライムの上に手を翳して、水のシャワーを浴びせた。

 〝料理眼鏡〟の機能の一つだ。


 すると――


「復活イムウウウウウウウウウ!」

「はやっ」


 ――ライムは、完全回復した。

 大きさも元に戻っている。


「良かったわ、ライムちゃん!」


 感極まったからだろう。

 目に涙を浮かべたレンが、あれだけ触るのを躊躇っていたライムに対して、両翼を広げて、一切の躊躇なく抱き締めに行くが――


「え?」


 ――ぷにょんと、ライムが横に跳躍、華麗に回避して――


「……さ、さっき、ライムを包む炎に空気を送り込んで、こんがりと焼こうとしたイム……!」


 ――恐怖のあまり、ガクガクブルブルと震えており――


「違うの! 炎を消そうとしただけなの! ライムちゃん、信じてええええええええ!」


 ――レンの悲痛な叫び声が、響いた。


※―※―※


 レンの必死な弁明により、わだかまりが解けた所で――


「それで、なんでライムちゃんを攻撃したのよ、クソ勇者!」


 レンが、鋭い視線で勇者を刺す。


 勇者は、


「それには、深い理由があるんだ。何故攻撃したかと言うと――」


 と、真剣な表情を浮かべた後、言葉を続けた。


「実は、ゼリーが嫌いなんだ、僕」

「そんなんで殺されて堪るかあああああああ!」

「ふざけるんじゃなイムウウウウウウウウウ!」


 怒りを爆発させたレンが鋭い鉤爪で蹴り、ライムが服を溶かそうと飛び掛かる。

 ――が。


「なっ!?」

「イム!?」


 ――勇者が身に纏う銀鎧は、そのどちらも弾く。


「流石勇者だな。最強装備ってところか?」

「まぁね。けど」


 俺の問いに、勇者が微笑んだ。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ!」

「イム、イム、イム!」


 怒りと興奮により、肩で息をするレンとライム(後者は、どこが肩か分からないが)に、勇者は謝罪する。


「ごめんね。ちょっと冗談が過ぎたよね」


 勇者は、改めて、何故ライムに攻撃を仕掛けたのかを話した。


「さっきも話したけど、僕は魔王に返り討ちにされたんだ。しかも、何もさせて貰えない内に、毒にやられて、呪いでとどめを刺されてね。それが、トラウマになってしまったんだ。だから、魔王と同種族――スライムを見ると、自然と手が出てしまうんだよ。『またやられて堪るか』ってね。この二百年の間、〝次は負けない!〟って、ずっと思いながら生きて来たからね」


 「トラウマになってるのを話すのが恥ずかしかったんだ。ごめんよ」と苦笑する勇者に、レンは溜息をついた。


「どこまでも情けない勇者ね。でもまぁ、情けなさ過ぎて、怒りが消えたわ」


 一方のライムは――


「勇者を一方的に倒すだけじゃなくて、トラウマまで植え付けるとは、さすがお兄ちゃ――兄だイム!」

「ブラコン来たー」


 〝魔王に勇者が敗北する〟という、場合によっては世界が終わっていてもおかしくない歴史上の一大事なのだが、ライムにとっては、兄を称賛する材料の一つでしかないらしい。


「まぁ、とにかく、みんなでライムちゃんのお兄さんを助けに行くわよ!」

「ん? 助けに? お兄さんを? みんなって、僕も?」

「ああ、そう言えば、まだちゃんと説明していなかったわね」

 

 レンは、勇者に、ライムの兄が二百年前から行方不明になっている事と、つい数日前に、彼が魔王になっていた事に気付いた件を話した。


「きっと兄は、無理矢理毒を吐かされているんだイム! 呪いとかで!」 

「そうに決まってるわ! ライムちゃんのお兄さんが、自分からそんな事するはずないもの!」


 レンとライムの言葉に、勇者は、一瞬俯いて――

 ――何事かを思考した後――

 ――顔を上げると――


「分かった。一緒にライムのお兄さんを助けに行こう」


 ――そう告げた。


「さすが勇者イム! さっきライムを殺そうとした事は、許してやるイム!」

「腐っても勇者ね! でも、あたしは、あんたにレインボーをぶっかけられた恨みは、一生忘れないわ!」


「まだ許してなかったー」


 レインボーの恨み、こえー。


 と、その時。


「! またか……」


 大地が揺れた。

 俺の呟きを拾ったライムが、「眼鏡屋、安心するイム」と、声を掛ける。


「確かにこの店はすぐ後ろに小高い丘があるという立地で、ここに建てたのはアホとしか言いようがなイム」

「おい。誰がアホだ、誰が」

「でも、で、絶対に土砂崩れはしないから、安心するイム」


 出た。伝説の奇特モンスター。


「お前も知ってるんだな、その話」

「この国で知らない者はいなイム」


 なるほど。

 超絶有名モンスターだな。


「じゃあ、ライムちゃんのお兄さんを助けに行くわよ、みんな!」

「「「おー」」」


 翼を大きく広げて呼び掛けるレンに、俺と勇者は拳を振り上げて、ライムは飛び跳ねて、応える。


 ただ――


「力を合わせて、あの魔――ライムのお兄さんを、絶対に殺――助けよう」


 そう言った勇者が、一瞬、を浮かべたような気がしたが――

 まぁ、気のせいだろう。

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