10.「虹幽霊(レインボーゴースト)の正体」

「ラルド!」

「……ああ。どうやら、ただの悪戯いたずら好きの幽霊、って訳じゃなさそうだ」


 レンの声に、俺は頷く。

 虹幽霊レインボーゴーストは、壁に器用にメッセージを書いた後は、床にレインボーを吐き続けている。


 先程まであんなに動き回っていたのに。

 今は、店の中央に、じっと佇みながら。


 そう。姿は見えねど、何故か分かる。

 それは、まるで――

 〝〟を待っているかのようだった。


虹幽霊レインボーゴースト。俺の声が聞こえるか?」


 俺は、メッセージが書かれた壁の前に立ち、店の中央に向かって語り掛ける。

 嘔吐物のみでその存在を主張する〝見えない相手〟に対して。


 少し待ってみる。

 が、予想通り、何も聞こえない。

 まぁ、相手が返事をしているのかさえ分からないのだが。


「残念ながら、俺はお前の声が聞こえない。姿も見えない。俺に見えるのは、お前のゲ――レインボーだけだ」

「ラルド! 〝きったないゲロを吐いてる〟だなんて、初対面の相手に失礼よ!」

「せっかく踏み止まったのに、お前が代わりにアクセル踏むんかーい。しかも〝汚い〟て。」


 俺たちのやり取りの最中も、虹幽霊レインボーゴーストからの反応は無い。

 ただただ、同じ方向へとレインボーを吐き続けるのみだ。


「コホン。とにかく。お前の行動には何か理由があるって事は、さっきのメッセージで分かった」


 仕切り直して、再度俺は虹幽霊レインボーゴーストがいるであろう方向へと向き直る。


「恐らくだが、お前が、南側でも東側でも西側でも無く、〝の壁〟に助けを求めるメッセージを書いたのも、?」


 その一言に――

 ――一瞬、部屋の空気が気がした。


 誰かが、息をんだかのような。

 或いは、目を見開いたかのような。

 そのような行動により、空気が微かに揺らいだような――


 感じ取れないはずの相手の反応を、確かに感じた手応えと共に――

 俺は、先程から脳内で思考していた〝推測〟が、少しずつ〝確信〟へと近付いて行くのを感じる。


「今から、お前を〝ステータス眼鏡〟で〝〟るからな」


 俺は、そう宣言すると――


「俺は、今そこにお前がいる事を――


 そう呟いた後、息を一つして――


「『ステータス眼鏡グラッシーズ』」


 そう唱えた。

 その声に呼応して、俺が掛けている眼鏡が、〝ステータス眼鏡〟へと変化する。


 そして――

 俺の眼前に――


 今この店内にいる二人、つまり――

 俺でもない、レンでもない――

 ――〝〟が表示される。


「これは……。でも、まさかがあるとは……辛かったよな……苦しかったよな……」


 同情の念を禁じ得ない。

 俺が、しんみりとしていると――


「ラルド! どうだったの? あのレインボーは、ゲロだったの? それとも、排泄物だったの? それだけ教えて!」

「いや、もうちょっと空気読んでー」


 パタパタと翼を動かしながら訊ねるレンに、俺は勢い良く突っ込む。


 まぁ、レインボーが〝嘔吐物〟というのも、単なる噂であって、誰も虹幽霊レインボーゴーストの本体を見た事が無い以上、排泄物の可能性も無くはないけどな。


 そう考えると、レインボーを〝ぶっかけられた〟身としては、確かに気になるっちゃ気になるか。


「まぁ、もう少し待ってろ。そして、自分の目で見て確かめろ」

「え? 自分で?」


 レンにそう言った後――


「『眼鏡創造グラクリ』」


 俺は、を生み出すと、開いて、前後逆に持って、虹幽霊レインボーゴーストに対して向けた。


「ここに来い。。共同作業だ。お前も協力して、ここに顔を近付けて、眼鏡を嵌めろ」


 瞬間。

 同一方向へとずっと吐き続けられていたレインボーが、

 それはまるで、虹幽霊レインボーゴーストの心の揺らぎのようで――


「本来なら、この状況で迷う事など何もないはずなんだがな」


 俺は、口の中だけでポツリと呟く。


 もしかしたら、コイツは、〝恐れている〟のかもしれない。


 俺の――眼鏡屋の言う通りにしたら、今まで気が遠くなる程の長い間味わい続けた地獄から、解放される可能性はある。

 しかし、もしかしたら、上手くいかないかもしれない。


 今まで何度も試行錯誤して。

 他者に助けを求めて。

 でも、怖がられるだけで、誰も助けてくれなくて。


 いつしか、そんな淡い期待すら抱かなくなっていたのに。

 もしも、希望を持ってしまって、そして、裏切られたら――

 やはり、叶わなかったら――


 もう、二度と、立ち上がる事が出来ない――

 そんな風に、心が揺れ動いているのかもしれない――


 もし、そんな風に、〝恐れている〟のだとしたら――

 そう考えた俺は――


「大丈夫だ。俺を信じろ」


 ――力強く、声を掛けた。

 既に、〝ステータス眼鏡〟で見ている。

 呪いの内容と、それをも、全て分かっている。


 これで解呪出来ない訳が無い。

 だから、大丈夫だ。

 

 俺の言葉と、自信が溢れる態度に。

 右へ左へと彷徨さまようように吐かれていたレインボーが、ピタッと止まり、方向が定まる。


 そして、真っ直ぐに俺の方へと向かって来た。


 相変わらず本体は見えない。

 だが、レインボーの動きからすると、虹幽霊レインボーゴーストは間違いなく、俺が差し出す眼鏡に自分の顔を近付けてきている。


 当然、そうなると――


「ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ」

「きゃああああ! ゲロに溺れながらめるって! どんなプレイよそれ!?」


 ――虹幽霊レインボーゴーストが勢い良く吐き出すレインボーが、俺の顔に当たる事になるのだが。

 〝顔面で味わうマーライオン〟等という、意味の分からない単語が頭に浮かぶ。


 多少息苦しいが、むをん。


ゴボさぁゴボボンゴ嵌めるんだ

「もう何言ってるか分からないわよ!」


 ゲロまみれ――もとい、レインボーまみれの俺が、促すと――


「!」


 ――確かに、俺が持っている眼鏡を、が伝わって来て――


「「!」」


 ――突如、部屋中に、眩い光が満ち溢れて――


 ――思わず目を閉じた俺が、再び目を開けると、そこには――


「やぁ。僕はアミル。だよ。助けてくれてありがとう」

「「!」」


 銀の鎧に身を包んだ、銀の瞳、銀色のセミロングヘアの若い女性が――

 ――が、穏やかな微笑を浮かべながら立っていた。

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