11.「呪いに掛かっていた間の話」

 口許のレインボーを拭いながら、朗らかな笑みを浮かべるアミルに――


「え!? 勇者がずっとゲロ吐いてたの!? なんで!?」


 ――レンが素っ頓狂とんきょうな声を上げる。

 

 勇者が、「まさか、幽霊の正体が勇者だとは思わないよね」と苦笑すると、


「実はね」


 と、説明を始めようとした。

 ――直後。


「オエエエエエエエエ!」

「きゃあああああああ!」


 まだ少し胃に残っていたらしく、アミルは勢い良くレインボーを吐いた。

 ――レンに向けて。


 襲い来るレインボー。

 悲鳴を上げるレン。


 だが――


「おや、残念」


 ――重ね掛けした防御眼鏡の効果で、レインボーは弾かれた。


 っていうか、本人の姿が見えて、目の前でその行為をされて、尚且つ声もつくと……

 生々しい事この上ないな、レインボー。


「良かったな、レン。排泄物じゃない事が確認出来て」

「良くないわよ! なんであたしに向かって吐くのよこのゲロ勇者! っていうか、あんた、さっきもあたしに集中攻撃したわよね! なんか恨みでもあるわけ!?」


 翼を広げて、鋭い鉤爪が光る脚を持ち上げて、威嚇のポーズを取るレンに対して、勇者は爽やかな笑みを浮かべながら、謝罪する。


「ごめんね。あまりにも君が、吐き心地が良かったから」

「〝穿き心地が良かったから〟みたいに言うんじゃないわよ! 服屋の試着か!」


 どうやら勇者は、なかなか〝いい性格〟をしているようだ。


※―※―※


 テーブルに着いた俺たちは、尋常ならざる勇者の二百年の軌跡を聞く事となった。


「知ってると思うけど、僕は、毒を撒き散らす魔王の討伐に向かったんだ。魔王が現れたのは、モンスター王国内の話だったけど、もしモンスター王国全土が毒に汚染されたら、次は地続きの人間の国だ。だから、モンスター王国のみならず、二つの人間国も、僕に魔王討伐を依頼して来たのさ」


 「でも」と、話を区切った勇者は、


「魔王に返り討ちにされちゃったんだよ。情けないことにさ。あの強力な毒を無効化する事が出来ず、完全にやられる前に結界を張るだけで精一杯だった」


 と、苦笑した。


「ふん。いい気味よ」


 と、先程散々な目に遭わされたレンが、両翼を器用に使って、コップを持ち上げて茶を飲む。

 ちなみに、先刻の恨みがある勇者に対しては、レンは茶を出していない。


 なお、ついさっきまでレインボー塗れだったテーブルだが、「僕が出したものだからね。責任は取るよ」と言って、勇者が指を鳴らして、部屋中を汚しまくっていた他のレインボーと共に一瞬で消した。


「魔王か……。毒に苦しめられ、最終的に呪いを掛けられたのか」

「そういう事」

 

 俺の言葉に、勇者が首肯する。


 勇者曰く、それは、



 だったらしい。こわっ。


 〝永遠〟であるため、レインボーを吐き続けている間は、不老不死となる。

 そのため、死ぬ事は無かったが、〝レインボーを吐き続ける事〟と、〝誰にも知覚されない孤独〟が、最初はかなり辛かったとの事だ。


「〝〟は、〝〟だったんだ」


 勇者は、さらっと言ってのけたが、かなり無茶苦茶な話だ。

 〝誰にも知覚されない存在〟にされたのに、〝知覚して貰う事〟が解呪条件なのだから。


「俺の店の壁にメッセージを書いたみたいに、〝呪いを解く条件〟を書いて誰かに知らせる事は出来なかったのか?」


 俺の問いに、勇者は悲しそうに首を振る。


「僕もそれは考えたさ。でも、〝呪い〟がそれを許してくれなかった」


 行動を制限されていたらしい。

 どこまでも嫌な呪いだな。


 ちなみに、俺が勇者に掛けさせた眼鏡は、〝掛けた者の存在を周囲に強く認知させる眼鏡〟だった。


 もしかしたら、「お前がそこに存在している事を、確信している」と言いながら、手に持った眼鏡を相手に嵌めさせる、という行為だけでも、呪いが解けた可能性もゼロではないが、それだけに賭けるのはリスクがあり過ぎる、と判断しての事だ。


「それにしても、勇者って言っても、大した事ないのね。魔王に負けちゃうんだもの」


 まだ先程の仕打ちを根に持っているらしいレン。

 だが、差別するのは少し可哀想だと思ったのか、勇者にも茶を淹れてあげた。


 「ありがとう」と、礼を言ってコップを受け取り、一口飲んだ勇者は、「本当に面目無い」と苦笑したが、しかし、ポツリと付け加える。


「でも、よ。まぁ、呪いの方は、まだ難しそうなんだけどね」

「「!」」

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