5.「vs状態異常を引き起こした犯人」

「きゃああああああああ!」


 辛うじて胸が水色の髪の毛で隠されているだけという格好のセイレーン。

 岩礁がんしょう上の彼女によって下から放たれた幾多いくたの水槍に、レンが悲鳴を上げる。


 〝獰猛どうもうなサメ〟や〝海のギャングと呼ばれるシャチ〟すらも一発で仕留めて捕食する〝海の女王〟の必殺技に、俺たちは、為す術なくやられ――


「『防御プロテクト眼鏡グラッシーズ』」

「ン!?」


 ――はしなかった。


 俺が展開した防御魔法の光が、空中にいる俺とレンを包み込み、致死の水槍を全て弾く。


小癪こしゃくーン! それなら、「『水弾ウォーターバレット』ーン!」、

「きゃああああ!」


 今度は、セイレーンの声に呼応して、数多あまたの水の弾丸が発射される。

 その一発一発が巨大な岩をも粉砕する破壊力を持つ、〝水弾の雨〟が降り注ぐが――


「『防御プロテクト眼鏡グラッシーズ』」

「ンン!?」


 ――防御魔法により阻まれ、俺とレンにはかすりもしない。


「なかなかやるーン! でも、これならどうだーン! 『超巨大ギガント水玉ウォーターボール』ーン!」

「きゃあ……!」


 巨躯きょくと高硬度を誇るゴーレムすらも押し潰す事が可能な、圧倒的なサイズと質量の水玉。

 

 まるで、海洋を削り取って圧縮したかのような、途方もない重量が、頭上から襲い掛かるが――


「『防御プロテクト眼鏡グラッシーズ』」

「ンンンン!!??」


 ――防御魔法に触れた瞬間に、「パーン!」と、風船のごとく弾け飛んでしまった。


「ま、まだだーン! 『水竜巻ウォータートルネード』ーン! 『ウォーターソード』ーン! 『水嵐ウォーターストーム』ーン!」


 その後も、何度もセイレーンが必殺の最上級水魔法を発動するも――


「『防御プロテクト眼鏡グラッシーズ』」

「ンンンンンンンン!!!???」


 ――その全てが俺の防御魔法によって阻止されて――


「………………」


 ――〝絶対に攻撃が当たらない〟事に気付いたレンは、いつしか、悲鳴を上げなくなってしまい――


 ――セイレーンは、プルプルと小刻みに震え出して――


「レーンは、ま、まだ負けてないーン……まだ戦えるーン……ま、まだ……まだ……」


 ――その水色の両目に大粒の涙を浮かべると――


「う……う……うわああああああああああああああーン!!!」


 ――大声を上げて泣き出してしまった。


「ちょっとラルドー!」

「〝ちょっと男子ー!〟みたいに言うな」


 俺が悪いのか?

 でも、防がなきゃ俺たち二人とも死んでたんだが?


※―※―※


「……うっうっ……ぐすっ……えっうっ……ぐすっ……」

「おー、よしよし。本当、酷いわよね。一発くらい食らってあげても良いのにね」

「いやだから、一発でも食らったら死ぬんだって」


 岩礁がんしょう上へと舞い降りた後。

 レンは、嗚咽おえつするセイレーンの頭を翼で撫でて慰め、何故か俺は悪者にされていた。


 しばらくすると、セイレーンは泣き止み――


「〝レーン〟さんと〝レン〟! あたしたちの名前、すごく似てるわ!」

「本当、驚きーン! 身体が〝半分鳥〟なのも一緒だしーン!」

「すっごく奇遇よね!」

「「ねー!」」


「仲良しか」


 いつの間にか、先程まで命のやり取りをしていたとは思えない、ほんわかとした空気になっている。


 落ち着きを取り戻したセイレーンに、俺は、「何があったか、話を――」と、経緯いきさつを訊ねようとするが――


「ラルド! ちょっとレーンさんの〝コーデ〟がセクシーだからって、そんなにじっと見ちゃダメよ! いやらしい! これだから男は!」

「いやらしーン!」


「いや、見てないし。あと、それをコーデと言い張るか」


 〝上半身裸で胸を髪の毛で隠す〟というのも、〝ファッション〟と言えるのだろうか?

 っていうか、そうやって恥ずかしそうに両腕で胸を隠すくらいなら、最初から服を着ておいてくれ。


 「コホン」と咳払いして仕切り直した俺は、改めてセイレーンに語り掛けた。


「何があったか、聞かせてくれるか、レーン?」


 彼女は、「分かったーン」と、俺を見詰め、頷いた。

 そして、「祖母から聞いた話だけどーン」と断った上で、まずは――


に、モンスター王国北部が、毒に汚染されたーン。そこから全ては始まったーン」


 ――と言った。


※―※―※


 二百年前。

 突如、が現れて、北部三分の一を毒で汚染してしまったらしい。


「いや、ちょっと待て。レン。お前、魔王の話なんて、今まで一度もした事ないじゃないか」

「え? だって、聞かれなかったし。『北部地域って、魔王が毒で汚染したの?』とか、あたしに聞いた事ないでしょ、あんた?」

「そんなピンポイントで質問出来るかー」


 どうやら、〝見ると目が潰れる〟という噂がある為、目が良いハーピーたちも、魔王を見ようとはしないらしい。


 セイレーンは、


「元々北部地域は、過酷な環境だったーン」


 と、説明を続けた。


 〝酷暑と極寒を一週間ごとに交互に繰り返す〟という、氷属性と炎属性、そしてそれ以外の全てのモンスターにとって厳しい環境。


「うわー……嫌過ぎるな、それ……」


 そのため、北部には誰も住んでおらず、幸いにも、毒の被害を受けた者はいなかった。


 ちなみに、〝究極の寒暖差を好む、左半分が太陽で右半分が月のような見た目の、金色と銀色の花〟が咲き乱れていたため、景色だけは美しかったらしいが。


「その毒は、魔王討伐に向かっていたが張った結界によって食い止められたため、何とか北部だけの汚染で済んだーン」

「勇者は、魔王を倒せたのか?」

「いいや、残念ながら倒せなかったーン」


 そりゃそうか。

 だから、今でも毒で汚染され続けている訳だし。


「でも、結界があるおかげで、国民に毒の被害は無かったから、問題は無かったーン」


 そう言ったセイレーンは――


、だがーン」


 ――と、怒りに顔を歪めながら、付け加えた。


「その頃から、毒が海に漏れ出したーン!」


 勿論、俺が〝千里眼眼鏡〟と〝ステータス眼鏡〟で見たように、結界は、地上だけでなく、地下深くまでカバーし、毒を食い止めていた。


 が、


 二百年という長い年月の間に、毒は少し、また少しと、侵食を続けて、深層まで到達。

 結界がカバーする範囲――最下部――を超えて滲み込んだ毒は、二年程前から、海へと漏れ始めた。


「それからだーン! 喉が絶不調になったのはーン! 全部毒のせいだーン!」

「今は普通に喋れているが、〝喋る〟のと〝歌う〟のとは、違うのか?」

「全然違うーン!」


 セイレーンによると、毒に対する自身の免疫機能のお陰で、〝喋る〟くらいなら問題はないとの事。

 ただし、それが〝歌う〟となると、話は変わって来るらしい。


「セイレーンの歌は特別なんだーン! 魔力を込めて全身全霊で歌うーン! だから、ちょっとの毒でも、すごく影響を受けるーン!」


 彼女は、「今は、本来出来る事が全然出来なくなってるーン!」と、悔しそうに奥歯を噛む。


「〝船乗りたちを難破させること〟ーン! それこそがセイレーンの生き甲斐なのにーン!」

「難破は、やめて差し上げろ」


 セイレーン、ヤベーな。

 物騒過ぎる。


 毒のせいで絶不調となった今現在。

 彼女が歌で出来るのは、


「耐性の無い者に対して〝状態異常〟に陥らせて、〝ドクダミ・トマト歌〟を歌わせる事くらいーン!」


 との事らしい。


 いや、十分脅威だよ。

 あんなの、絶対イヤだー。


「まぁ、とにかく、話は分かった」


 セイレーンは、あの〝状態異常〟を通して、〝毒を止めろ〟と、ずっと訴えていたのだ。


「ラルド。レーンさんの事、助けてあげたいけど、でも……」

「ああ、俺が創る眼鏡じゃ、解毒は出来ない」


 落ち込むレンとセイレーン。


「だが、これ以上酷くならないようには出来る。俺の〝防御眼鏡〟を使――」

「こうなったら、お前も〝状態異常〟にしてやるーン! ドグダミ゛~♪ ドマ゛ド~♪ メ゛ロ゛ン゛~♪」

「人の話聞けよ」


 俺は、「『防御プロテクト眼鏡グラッシーズ』」と唱えて、眼鏡を生み出した。


「これを嵌めるんだ。そしたら、これ以上毒に冒される事は無くなる。まぁ、根本的な解決にはならんが」


 不思議そうな表情を浮かべながらも、俺に手渡された眼鏡を嵌めたセイレーンは――


「ラララ~♪ ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪ の、喉が治ったーン!!!」

「いや、はやぇよ」


 ――喉が完治したらしく、美声を披露した。

 どうやら、毒が外から入って来ないようにさえ出来れば、あとは、自身の免疫機能によって、完全に回復する事が可能だったようだ。


「ラララ~♪ ラララ~♪ ラララララ~♪」

「良かったわね! レーンさん!」

「レン、ありがとうーン! 本当、良かったーン! ラララ~♪ ラララララ~♪」


 喜びを〝歌〟という形で爆発させるセイレーン。

 その美声は、確かに、思わず聞き惚れてしまう程に魅力的だったが――


「「「「「うわあああああああああああああ!」」」」」

「さっそく難破しとるやんけ」


 近くを通り掛かった漁船が難破して、船が傾いていた。


「『防御プロテクト眼鏡グラッシーズ』」


 俺は、船の乗組員たちが溺れないようにと、全員に〝防御眼鏡〟を掛けて、守った後――


「レーン。どれだけ歌っても構わんが、船を難破させるのは無しだ。この条件をめないなら、その眼鏡は今すぐ返してもらう」


 ――そう告げた。


「そ、そんなーン! それは嫌だーン!」


 取られまいと、嵌めた眼鏡を両手で押さえつけるセイレーン。


「ラルド! きっとレーンさんによって、〝魔性の歌〟は自然なものなのよ! あたしたちが呼吸したりするのと同じように、レーンさんはきっと、気付いたら歌っちゃってるし、気付いたら船を難破させちゃうのよ! 生きてるだけで害をす、歩く暴力なのよ!」

「いやお前、フォローしたいのかディスりたいのか、どっちだ?」


 俺は、改めてセイレーンと向き合う。


「レーン。そうなのか? お前が歌うと、自然と〝魔性の歌〟になって、船を難破させちゃうのか?」

「え? そんな事はないーン。難破させようとしなければ、絶対に難破しないーン」

「じゃあ、するなよ」


 わざとだったー。


「今ここで誓え。もう二度と船を難破させないと。さもなければ――」

「わ、分かったーン! 誓うーン!」


 こうして、ドクダミ・オペラ事件は解決した。

 

※―※―※


 その三日後。


「失礼す――」

「視力低下が悩みの種か。そうか。じゃあ、眼鏡を掛けたいよな。そうか、掛けたいか。じゃあ、掛けよう。今掛けよう。すぐ掛けよう。眼鏡を掛ければ、世界が変わ――ぐえっ」

「もう! 何回も言わせないで! 接客が〝早い〟し〝一方的〟だし〝しつこい〟のよ!」


 今日も今日とて、入店直後の客に接客を始めた俺の襟元を、レンが足で捕まえて止める。

 むむぅ。今日も止められたかー。


「……失礼するよ」

「こんにちは」


 見ると、客は二人組だった。

 尖った耳と褐色の肌を持つ、ダークエルフの母娘だ。


 先導する娘は二十代くらいに見えるが、母親の方はかなりの高齢で、杖を突いている。


「あたいはルメサ。そして――」

「あたしゃ、メーテ。この子の母親だよ」


 テーブルで話を聞くと、「無理を承知で、あんたに頼みがあるんだ」と、ルメサが切り出した。


「毒汚染地域を、解毒して欲しいんだ」


 毒絡み、多いなー。


「申し訳ないが、知っての通り、解毒する眼鏡は創れないんだ」


 俺は、そう言って断りつつ、もしかしたら、と思って、一つ付け加えた。


「だが、もし〝毒が漏れ出ている地域の近くに住んでいる〟とかなら、毒から身体を守る〝防御眼鏡〟だったら、創れるんだが」

「いや、あたいが言ってるのは、そういう事じゃないんだ。を叶えてやって欲しいのさ」


 ルメサの言葉を、メーテが継ぐ。


「あたしゃ、この間、三百五十九歳になったんだけどねぇ」


 おお! 長生き!

 さすがエルフ!


「二百年以上前に見た、〝サニームーンライト〟がもう一度だけ見たくてねぇ」

「〝サニームーンライト〟?」

「ああ、そうさ。毒に汚染される前には、北部の全域に咲き乱れていたもんさぁ」


 ああ、ついこの間聞いた、アレか。

 〝左半分が太陽で右半分が月のような見た目の、金色と銀色の花〟ってやつだ。


「もう長くないからねぇ」


 そう呟いたメーテは、芝居掛かった物言いで、〝泣き落とし〟に掛かる。


「若かりし時に見たあの美しい光景を、最期にもう一度だけ見たかったんだけどねぇ。見せてくれないってのかい? こんな年寄りが、ここまで頼んでいるのにかい? 酷いねぇ。ああ、酷い」

「酷いじゃないか、眼鏡屋!」

「酷いわ、ラルド!」


「お前まで乗るなよ」


 メーテ、娘のルメサ、更にはレンも援護射撃を行い、集中砲火を浴びる俺。

 しかし、どれだけ罵詈雑言をぶつけられようが、出来ないものは出来ない。


「悪いが、無理なんだ。分かってくれ」


 再び断ると、ようやく二人は諦めたようで、帰っていった。


 みんな、毒で悩んでいるんだな。

 うーん。何とかしてやりたいが、こればっかりはなぁ。


※―※―※


 一週間後。


「グオオオオオオオ!」


 店の外から、何やら低い唸り声のようなものが聞こえた。

 物凄い迫力だ。

 

「悪いモンスターはいないとは思うけど……」


 と、流石のレンも、緊張を隠せないでいる。


 扉が開くと、そこには――


「〝頼もう〟ガ!」

「!?」


 ――はあろうか、の肉体美を持ち、その人物は――


「どうしたガ、眼鏡屋?」

「も、もしかして……お前……リムガ……か?」

「そうだガ! 見たら分かるガ!」

「分かってたまるか」


 ――リムガだった。

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