3.「ロリ女王の二つの願い」
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
オペラを連想させるような見事なバリトンボイス。
陽気に歌う、ラフな格好をした筋肉ムキムキの中年男性。
鼻の穴にはドクダミ。両手にはトマトとメロン。
いや、どんなシチュエーションだよこれ。
「って、あれ?」
よく見ると、そんな怪しさ満点の男のすぐ傍に、もう一人おり――
「〝頼もう〟ガ!」
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
あら可愛い。
――それは、赤髪短髪、二本の角と牙を持つ、赤い肌をした〝鬼〟のようなモンスターである〝オーガ〟の幼女だった。
一目で上物だと分かる深紅のドレスに身を包み、
「女王さま、どうしたんですか?」
両翼で器用に持っていた雑巾を、驚いて落とすレン。
どうやら、幼女は、この国の女王らしい。
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
そう言えば、この一年の間に、レンから聞いたことがあった。
何故か二年前に、突如、前国王から王位を継承したのが、まだ幼い一人娘だったと。
へぇ~、こんな小さな子がねぇ。
レンの問いに、幼女は不敵な笑みを浮かべ、腰に手を当て、薄い胸を張る。
「お前が眼鏡屋ガ! リムガは、二つ頼みがあるガ!」
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
指を二本立てたリムガは、まるでピースしているようで、微笑ましい。
「いや、俺が店主だ、リムガ。ちなみに、女王と呼んだ方が良いか?」
「お前ガ! 別にどっちでも良いガ!」
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
「………………取り敢えず、まずはその男の歌を止めて貰って良いか?」
「無理ガ!」
「………………」
マジか。
目の前で〝意味分からん歌詞のオペラ〟を歌われながら接客て。
難易度エグいんだが。
「あ、じゃあ、あたしが!」
と、そこに、レンが助け船を出してくれた。
きっと男を外に連れ出してくれるんだろう。
助かった。レン、ありが――
「そちらの〝個性的な鼻ピアス〟をしているお客さん。宜しければ、店の外で歌われてはいかがでしょうか? 是非とも、緑豊かな森の中で存分に美声を響かせて下さい」
いや、〝鼻にぶっ刺さったドクダミ〟を〝個性的な鼻ピアス〟て。
すごいなお前の接客術。
※―※―※
レンが〝ドクダミ・オペラ男〟を店外に連れ出してくれたおかげで、大分静かになった。
「それで、二つの頼みって言うのは?」
テーブルの向かいに座るリムガを、俺は見やる。
「うむ!」と、頷いた
「一つ目だガ! 〝呪いを解く眼鏡〟が欲しいガ!」
「呪い……?」
訝し気に眉を
「北方から聞こえる奇妙な歌の事を、聞いた事はあるガ?」
「ああ、何かレンが言ってたな。時々集落で〝変な歌〟が聞こえる事があったって」
「さっきのハーピーの娘ガ! ハーピーの集落は、王都の北側にあるガ! そして、王都でも、ここ二年ほど、その歌が聞こえるガ!」
リムガは、「その歌を聞いた者は」と言った後。
真剣な表情になって、言葉を継いだ。
「ある一定の確率で呪いに掛かり、さっきの男みたいになってしまうガ」
「!」
呪い
リムガによると、呪いを受けた者たちは、正気を失ってしまうらしい。
そして、ドクダミを鼻に突き刺し、トマトとメロンを持ち、ひたすら歌い続けるとの事だった。
あの、訳の分からない歌を。
もし自分が呪われたら……と、想像するだけで嫌過ぎる……
「王都で、既に何人も呪いに掛かってるガ! 家族があんな風になって、嘆き悲しむ者たちが後を絶たないガ! 頼むガ! この通りだガ!
リムガが、頭を下げる。
王族がそんな事するなんて、
出来れば、力になってやりたいが――
「悪いが、俺の創る眼鏡は万能じゃないんだ。〝解呪〟する眼鏡は、創れないんだよ」
店の壁に貼ってある〝※当店で作れない眼鏡〟と書かれた紙とそこに記された文章を指し示しながら、俺はそう告げた。
「そうだったガ……」
肩を落とし、目に見えて落ち込むリムガ。
小柄な身体が、更に小さくなっており、何だか申し訳ない気持ちになる。
――が。
「まぁ、しょうがないガ! そういう事もあるガ!」
「立ち直り早いなおい」
次の瞬間には、リムガは再び小さな胸を張り、笑みを浮かべていた。
「じゃあ、もう一つの頼みだガ! 〝筋肉ムキムキになる眼鏡〟が欲しいガ!」
「ベクトルの向きが一気に変わったな」
リムガによると、オーガは、〝肉体の強さ〟を重視する種族らしい。
彼女の部下には、もちろん他種族もいる。
しかし、王族にオーガが何人もいて、筋トレをしまくっているのを見た他種族たちもまた、〝筋肉崇拝〟に染まってしまったようだ。
「リムガも、筋肉ムキムキになりたいガ! こんな貧弱な身体じゃなくてガ! 自分で鍛えても、全然筋肉がつかないガ!」
最初は冗談かとも思ったが、彼女は本気だった。
彼女の筋肉に。
そうか。
やはり、筋肉は全てを解決するのか。
まぁ、それがこの国のためになるならば。
そう思考し、俺は頷いた。
「分かった」
「感謝するガ!」
思わず立ち上がったリムガが、明るい声を上げる。
そんな彼女を、「まぁ、待て」と、手で制する。
「だが、単純に身体強化する眼鏡は創れない。だから、〝筋トレ・コーチング眼鏡〟で筋トレして、自分自身の力で、筋肉をつけてもらう」
再び〝※当店で作れない眼鏡〟と記された紙を指差して説明する俺に、リムガは力強く拳を突き上げた。
「分かったガ! どんな訓練でも、乗り越えてみせるガ! 女王の、そしてオーガの誇りに懸けて!」
※―※―※
「わぁ~! なんかすごいガ! 色んな絵と文字が見えるガ!」
「そうだろう、そうだろう。〝眼鏡〟はすごいからな」
早速俺が生み出した〝筋トレ・コーチング眼鏡〟を掛けたリムガが、歓声を上げる。
活発な眼鏡幼女……良い。
「その眼鏡は、声でも反応するが、頭の中で思考するだけでも大丈夫だ」
「そうガ! 賢い眼鏡ガ! じゃあ、早速――」
「いや、ちょっと待て」
バッとしゃがんで、ドレスが汚れるのも構わず、床にて、親指で腕立て伏せを始めようとする彼女を止める。
ていうか、最初にやろうとするのが〝親指立て伏せ〟て。
オーガのトレーニング、
「折角だし、大自然の中で筋トレしないか?」
「なるほどガ! それは名案だガ!」
「じゃあ、決まりだな。俺もついていく。ちゃんと眼鏡を使いこなせるか見届けるために」
「分かったガ!」
店の扉を開けると――
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
「よっ! 見事なメロン!」
――未だに歌い続ける〝ドクダミ・オペラ男〟に対して、レンが掛け声を掛けていた。
「それは〝メロン肩〟という筋肉を褒めてるのか、メロンそのものを褒めてるのか、どっちなんだ?」
っていうか、そもそも、歌声に対する称賛じゃないんだな。
こんなに歌ってるのに。
「あ、ラルド。もう終わったの?」
「ああ。だが、今から眼鏡を試しに、森の中の広場に行こうと思う」
「分かったわ! じゃあ、飛べば良いのね!」
「ああ、頼む」
振り返った俺が、「リムガ、お前はどうやって移動を――」と訊ねようとすると――
「ガアアアアアアアアアアアア!」
「「!?」」
――すぐ近くから、咆哮が上がった。
ビックリしたー。
見ると、〝小型竜のワイバーン(コウモリのように前足が翼となっている)〟が翼を広げて、
「リムガの顔を見て、喜んでるガ!」
「あれ、喜びの鳴き声だったのか」
どうやら、リムガの移動手段は、彼のようだ。
もしかしたら、護衛も兼ねているのかもしれない。
「っていうか、こんな至近距離にいたのに、気付かなかったなんてな……〝ドクダミ・オペラ男〟の存在感、ヤバいな……」
そして、俺たちは、少し離れた所にある森の中の広場へと、空から向かう事にした。
先行する俺は、いつものように、レンの足によって運ばれている。
後ろからは、ワイバーンに乗ったリムガと〝ドクダミ・オペラ男〟が、追い掛けて来た。
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
高空だろうと、彼は容赦なく〝意味不明オペラ〟を大声で歌い続ける。
「へぇ~、そうだったのね」
俺は、〝解呪眼鏡〟を所望されたが断った事など、経緯をかいつまんでレンに伝える。
話し終わった後。
ふと、
「そう言えば、一つ分かった事がある」
と、俺が、両翼で飛翔するレンに向かって、声を掛けると――
「〝ドクダミ・オペラ男〟は、前国王だ」
「え!?」
――レンは、驚いて声を上げた。
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