2.「見えなくなる眼鏡(後)」
「え!? お願いって!? 投げ!? ええ!?」
美しい放物線を描きながら飛んで来た俺を、戸惑いながらも、ジーンは受け止めた。
ナイスキャッチ。
と同時に――
「はああああああああああああああ!」
「!」
――
あまりの速さに、衝撃波が生まれ――
――気が付くと――
「待ちなさい!」
「なっ!?」
――ヴァラギスの前に回り込んでいた。
慌てたヴァラギスが、左を向くが――
「!?」
――そこには、空中に静止する巨大な眼鏡が立ちはだかる。
バッと右を見ると――
「何だと!?」
――同じく、巨大眼鏡が行く手を遮る。
上を見ても――「くっ!」――巨大眼鏡。
下を見ても――「くそ!」――巨大眼鏡。
「『
無造作に手を翳す俺――
――を抱えながら、何とかジーンが追い付いた。
かと思うと――
「ヴァラギス!!!」
「!」
――俺をポイッと捨てて、ヴァラギスに抱き着いた。
うわー。
思い切り良すぎだろ、この子。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい! お、俺様に近付くな!」
振り返りざま抱き着かれたヴァラギスが、ジーンの身体を引き離そうとする。
が、彼女はひっついたまま、離れない。
「何なんですの! 最初のデートで、『俺様にとって、てめぇは天使だぜ。まぁ、
感情をぶつけるジーンに対して、ヴァラギスは、
「でもその眼鏡が外れたら、心の声が聞こえちゃうんだろうが!」
と、まだ抗おうとする。
落下途中でレンによって救出された俺は、また足でベルトを捕まれながら、ジーンに対して手を向けた。
わざわざ〝今後、眼鏡に対して、俺が好き勝手する事を了承する〟という契約書までサインさせたんだ。やらせて貰うぞ。
二人とも、心の準備は良いか?
「『
既にジーンの物となった、彼女が掛けている〝心の声聞こえない眼鏡〟が、俺の操作により外れて、頭上に舞い上がっていく。
それに気付いたヴァラギスが、「なっ! め、眼鏡が!」と、焦って手を伸ばす。
――だが、届かず。
ジーンの特殊能力が発動。
「や、やめろ!!」
――心の声が聞こえて来た――
「き、聞くな!!!」
――彼女は――
「! これは! この声は!」
――ヴァラギスの〝心の声〟を、大声で復唱した。
「『ジーンたんジーンたん、大ちゅき大ちゅきちゅきちゅきちゅちゅきいいい! ジーンたんたんジーンたん、きゃわわきゃわたんぐうかわかわちいラブラブちゅっちゅっラブちゅっちゅだにょおおおおおん!!!!!』」
「「「…………………………………………………………………」」」
全員が、黙り込む。
ジーンが、無言で、ヴァラギスからスーッと、身体を離した。
三人が
ジーンが口を開いて、一言。
「キモッ」
「!!! うわあああああああああああああ!!!! だから嫌だったのにいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
頭を抱えて、ヴァラギスが泣き叫ぶ。
涙と鼻水と汗と
「どうすんのよ、ラルド。仲を取り持つどころか、引き裂いちゃったじゃない!」
確かに、客観的にみると、絶望的な状況だが――
俺は、黙って二人を見守り続ける。
すると――
「うわあああああああああ…………へ!?」
――ジーンが再び、ヴァラギスに抱き着いた。
そして、耳元で――
「
「追い打ちいいいいいいいい!!! 死体蹴りいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
小さな声で最大限のダメージ。致死性のASMR。
泣き喚くヴァラギス。両の瞳から、飛び散る涙。
ジーンの言葉責め、半端じゃねぇな。
あれやられたら、俺も泣いちゃうかも。
そろそろ涙・鼻水・汗・
自然とそんな心配をしてしまう程に、悲しみを叫び続けるヴァラギスだったが――
「でも……こんなにも情熱的に愛情をぶつけられて、ちょっぴり嬉しかったのも事実ですわ」
「!!!」
ジーンが、ほんのりを頬を赤らめつつ、そう呟き――
「何だか可哀想だから、
「ジーンたあああああああああああああああああああああん!!!!!」
――すっかり口調が心の声と
※―※―※
翌日。
「本当に感謝いたしますわ」
ヴァラギスと共に眼鏡屋へとやって来たジーンは、優雅に一礼した。
「本当、良かったわね! ジーンさん!」
「ええ。レンさんも、色々とありがとうございました」
ジーンが、肘でヴァラギスの脇をつつく。
「ほら、貴方も」
彼は、気まずそうにしつつ、渋々口を開いた。
「まぁ、その、なんだ……手間掛けさせちまって悪かったな」
「それだけですの?」
「いや、あとは、その……ありがとよ」
眼鏡が生んだ微笑ましい光景に、俺は頷いだ。
「そうだろう、そうだろう。〝眼鏡〟はすごいからな」
「いや、別に眼鏡に対して言った訳じゃねぇんだが……」
やはり、眼鏡は偉大だ。
これからも広めていこう。
「では、
「あばよ」
手を繋いで空へ飛び立っていく二人。彼女らの左手薬指には、指輪が光る。
ヴァラギスが金を貯めて王都内に買った家で、これから二人で暮らすのだと言う。
仲睦まじい様子に、レンが両翼を胸の前で合わせて、うっとりと見惚れる。
「良いな~。ああいうのって、憧れるわよね? ね? ラルド?」
チラリと俺を一瞥するレン。
「まぁ、女はそうかもな。俺は別にどうとも思わんが」
「何それ!? 男だって少しは憧れなさいよね!」
何故かレンが怒り出し、足を使って玄関の扉を荒々しく開くと、中に戻っていった。
「ふむ。相変わらず謎だな」
何で怒ったのか、さっぱり分からん。
本当、女心とは難しいもんだ。
※―※―※
その次の日。
午前の客が全て帰り、レンと交代で昼食を食べた。
最近では、少しずつだが、レンが、足ではなく翼を使って食事を取れるようになってきた。
まぁ、二人きりの時は、
「最初の時、あんたがあたしに食べさせたでしょ? あれが一番しっくり来てんのよ! だから、今日も!」
と、何故か俺に食べさせて欲しいと頼むのだが。
何はともあれ、午後になって最初の客がやって来た。
「おう、邪魔する――」
「視力低下に悩んでるんだな。そうか、悩んでるか。じゃあ、眼鏡を掛けたいよな。そうか、掛けたいか。じゃあ、掛けよう。今掛けよう。すぐ掛けよう。眼鏡を掛ければ、世界が変わ――ぐえっ」
「もう! 接客が〝早い〟し〝一方的〟だし〝しつこい〟って言ってるでしょ!」
相も変わらず、入店直後の客に接客を始めた俺の襟元を、レンが足で捕まえて止める。
あちゃー。また止められたかー。
「って、ヴァラギスさん!」
「おう、鳥の嬢ちゃん。邪魔するぜ」
テーブルの椅子に、ヴァラギスが勝手にドカッと座る。
その対面に、俺も座った。
「なぁ、眼鏡屋さんよ~? てめぇのお陰で、ジーンた――ジーンにはからかわれっぱなしだぜ。この俺様が、だ。本当、やってくれたもんだぜ」
「そうだろう、そうだろう。〝眼鏡〟はすごいからな」
「褒めてねぇよ!」
ヴァラギスによると、ジーンは、例の〝心の声聞こえない眼鏡〟を掛けたり外したりして、彼をからかってはケラケラと笑い、楽しんでいるらしい。
「で、昨日の今日でどうしたんだ? まさか
「
「コホン」と咳払いしたヴァラギスが、真剣な表情で、声を潜めて告げた。
「出たんだよ。〝
「〝
「ああ。夜な夜な民家に現れては、〝レインボー〟を吐いて、家中を七色に染めていくという、恐ろしいゴーストだ」
「吐く? 〝レインボー〟を? 〝ゲロ〟じゃなくて?」
「馬鹿野郎! そんなもん吐いたら、汚ねぇだろうが!」
どうやら、〝コンプライアンス的な問題〟で〝ゲロ〟を〝レインボー〟として表現しているのではなく、本当に〝レインボー〟を吐いているらしい。
いや、〝レインボー〟を吐くゴーストって何だよ。
「あたしもその幽霊、聞いたことありますよ! ハーピーの集落でも、出たことがありましたから!」
俺の隣に座るレンが、横から口を挟んだ。
レン
〝レインボー〟を吐くゴーストが。
……モンスター王国、大丈夫か?
「お前の家に出たのか、その〝
「いや、今俺様が住んでる家じゃなくて、俺様の実家で、だ」
「それで、夜中に目撃した、と」
「いや、母ちゃ――お袋が言うには、真昼間だったらしい」
「〝夜な夜な〟じゃないのかよ」
話を聞くと、吐かれた〝レインボー〟は、無臭だが、ネッチョリとしていて、掃除が結構大変らしい。
うわー。地味に嫌なやつだー。
「ゴーストの見た目はどんななんだ? やっぱり、七色なのか?」
「いや、分からねぇ」
「は? モンスター王国のあちこちで目撃情報があるのに、か?」
「ああ。無色透明だからな。吐いている間は、〝レインボー〟によってそこにいると知覚出来るが、それがなきゃ、全く存在に気付けない」
〝吐いている間しか知覚されない〟ねぇ。
これもある種の〝チート能力〟と言えるんだろうか?
「ま、一応世話になったからよ。気を付けろって言いに来てやった訳だ。この俺様が、わざわざな」
恩着せがましいヴァラギスに対しても、レンは、「ありがとうございます!」と、ぴょこりと御辞儀して礼を言う。
顎を触りつつ思考した俺は、ポツリと質問した。
「お前、そんなに幽霊が怖いのか?」
「ば、馬鹿言うな! お、俺様がそんな、ゆ、幽霊ごときを、こ、怖がる訳ねぇだろうが!」
どうやら、怖いらしい。
フフフ。可愛いところもあるじゃないか。
「ジーンた――ジーンには、絶対に言うなよ! 俺様が幽霊を怖がってるとか、そういう嘘はよ!」
バレたくなくて、今日は一人で来たのか。
ジーンが〝例の眼鏡を掛けていない瞬間〟が何度もあるらしいから、その内バレると思うのだが。
「くれぐれも、アイツには変な事言うなよ! 絶対に言うなよ!」
念を押すヴァラギス。
ふむ。
今度ジーンに会う事があれば、即座にバラしてやろう。
ここまで丁寧に〝フリ〟をされたんだから、な。
「じゃあ、俺様は帰るぜ」
ヴァラギスが立ち上がる。
「そういや」と、ふと気になって、俺は訊ねてみた。
「お前の〝特殊能力〟は何なんだ?」
すると、彼は、振り返って――
「俺様は俺様である事に誇りを持ってる。って事で、この能力を使う事は滅多にねぇよ。まぁ、ちょいと特別な力だってのもあるしな。だから、気にすんな」
――不敵に口角を上げた。
そこまで言われては、〝ステータス眼鏡〟で覗き見るのも悪い気がする。
仕方が無い。止めておこう。
その代わり――
「『ジーンたんジーンたん、大ちゅき大ちゅき――』」
「うわああああああああああ! てめぇふざけんなよおおおおおおおおおお!」
――教えて貰えなかった
まぁ、それだけ愛情が深く大きいというのは、すごい事だ。胸を張ると良い。
※―※―※
更にまたその翌日。
ジーンが一人で来たので――
「ヴァラギスは、幽霊が怖いらしいぞ」
――早速、バラしておいた。
悪いな、ヴァラギス。
お前がいじり甲斐があるのが悪いんだ。許せ。
その後も、ジーンはちょくちょく遊びに来るようになった。
どうやら、レンとかなり仲良くなったらしい。
何でも、二人には特別な共通点があるようだ。
が、それが何なのか、俺には教えてくれなかった。
※―※―※
一週間後。
「いらっしゃいま――え!? 何で〝女王さま〟がここに!?」
驚いて上げた彼女の声に、振り向いた俺が目にしたのは――
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
「!?」
――ドクダミ草を両方の鼻の穴に突き刺し、両手にトマトとメロンを持った、筋骨隆々の人物だった。
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