1.「見えなくなる眼鏡(前)」

「〝見えるようにする〟ために眼鏡を売っている俺に〝見えなくなる眼鏡〟をくれとはな。一体どういう了見――ぐえっ」

「落ち着きなさい、ラルド。お客さんよ。それに、話は最後まで聞かなくちゃ」


 女性客に詰め寄ろうとする俺だったが、またしても襟元をレンに足で捕まれて、呻き声を上げる。


「これは失礼。言葉足らずでしたわ。最初から説明させて下さいまし」


 女性客は、自己紹介した。


「申し遅れましたわ。わたくし、ジーン・デビルデーモンと申しますわ」


 黒ドレスのふわりと広がったスカートの裾を指先で摘まんで御辞儀カーテシーを行うジーン。


 これやる人、初めて見た。

 本当にいるんだな。


 病的なまでに白い肌に、血のように赤い瞳、一対の黒翼、細長く黒い尻尾を持つ彼女は、どこか気品を感じさせる。


「デビルデーモン家!? 悪魔デーモン族の超有名な名家じゃない!」

「御存知でしたか。光栄ですわ」


 驚きの声を上げるレンに、ジーンは柔らかく微笑み掛ける。


「で、どうして〝見えなくなる眼鏡〟なんて探しているんだ?」


 俺の問いに、ジーンは「語弊がありましたわ」と、応じる。


「正確に言うと、〝心が見えなくなる眼鏡〟、更に言えば、〝〟ですわ」


 その言葉に、ピクッとレンの翼が反応する。


「それって、〝心の声〟が聞こえるっていう事かしら?」

「はい、仰る通りですわ。ただ、至近距離にいる相手に限られますけれど」


 話を聞くと、悪魔デーモン族は、一人一人違う〝特殊能力〟を持っているようだ。

 そして、〝その力に目覚めるタイミング〟は〝人それぞれ〟らしい。


 彼女の場合は、特殊能力が覚醒したのはつい最近。

 しかも〝相手の心が読めてしまう〟というものだった。

 更に言うと〝自動発動型能力〟で、意識して止める事が出来ないとの事だった。


 ジーンの説明を聞いたレンは、何やら戦慄しているみたいだ。


「え!? じゃあ、まさか――」

「ええ。しっかり聞こえていますわ。に対するおも――」

「わーわーわー!」

「何の話だ?」

「あんたは気にしなくて良いの!」


 折角せっかく話を聞こうとしたのに、耳まで赤くなったレンに突き放された。

 一年間も一緒に暮らしてるのに、レンの行動には未だに謎が多いんだよな。 


「とにかく、〝心の声が聞こえなくなる眼鏡〟が欲しいんだな?」

「ええ、そうですわ」


 俺の眼鏡屋には、棚の上に置いてある通常の〝視力矯正眼鏡〟以外にも、〝裏メニュー〟が存在する。

 〝特殊眼鏡〟の噂を聞き付けたモンスターが、たまに注文する特別なメニューだ。


 まぁ、【視力矯正以外の裏メニューあり】と書いた紙を壁に貼ってあるため、


「アレ、もはや裏じゃなくて表よね……」


 と、レンに突っ込まれたりもするが。


 ちなみに、その紙に〝※当店で作れない眼鏡〟とあり、以下の文言が載っている。


1.他者を傷付ける事を目的とする眼鏡(剣技・魔法の習得と行使のみならず、単純な身体強化も含む)

2.他者の精神操作マインドコントロールをする眼鏡

3.病気・怪我を治す、或いは、解毒・解呪する眼鏡など


 〝建築眼鏡〟は一時的に身体強化され、手刀で木や岩を斬れるようになるが、あの能力は、人やモンスターに対して使用する事は出来ない。

 他者に使用しようとすると、能力が強制的に解除されるのだ。


 俺は、レンにテーブルへと案内されて椅子に座ったジーンに対して、対面の椅子に座りながら、真っ直ぐ見据えた。


「既に聞いているかもしれないが、〝特殊眼鏡〟を創る際は、それが必要な〝理由〟を聞くようにしている。悪用されないようにするためだ」

「勿論、存じ上げておりますわ」

「じゃあ、聞かせてくれるか?」


 ジーンは、優雅に目を閉じて、ゆっくりと開けると――


「すっとこどっこいの許嫁いいなずけを取っ捕まえて、結婚するためですわ!!!」

「「!?」」


 ――椅子を吹っ飛ばしつつ勢い良く立ち上がり、目を血走らせ、叫んだ。


※―※―※


 ジーンには、許嫁である悪魔デーモン族の男性がいる。

 彼の名は、ヴァラギス・ウィキッドデーモン。由緒あるウィキッドデーモン家の子息だ。

 ジーンいわく、


「『俺様は』が口癖の彼は、整った顔立ちをしておりまして、サバサバして、なおつ男気溢れる男ですわ!」


 との事だ。

 はいはい、ご馳走さま。


 幼馴染でもある彼女たちは、思春期を迎えて、互いに惹かれ合った。

 許嫁である事など関係無く、二人とも自然と恋に落ちたのだ。

 ジーンはヴァラギスと付き合い、毎日がとても充実していた。


 彼女たちは、来月、結婚式を挙げる予定だった。

 ジーンは、幸せの絶頂にいた。


 ――だが。


「……何ですの……これ……?」


 彼女は、特殊能力が覚醒してしまった。

 〝至近距離にいる相手の心が読めてしまう〟という能力が。


 実家暮らしだった彼女が、最初に心を読んだのは母親だった。

 母親は、驚きはしたものの、そんな彼女を受け入れた。


 が、その事を、母親がヴァラギスに伝えると――

 ――彼は、豹変した。


 事情を説明する為に会いに行ったジーンを、家の中から視認したヴァラギスは――


「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!」

「!!」


 ――まるで化け物を見たかのように蒼褪あおざめ、窓から出て大空へ舞い上がり、一目散に逃げた。


※―※―※


 話し終わったジーンの瞳は、怒りに燃えていた。

 レンも、同じく憤っているようだ。


「酷い! 大切な人をそんな風に扱うなんて!」 


 しかし、言われた本人――ジーンの憤怒は軽くそれを凌駕しているらしく、蟀谷こめかみには、血管が浮き出ている。


「心の声が聞こえるわたくしを怖がっているのですわ! 情けない! 〝サバサバ系〟の〝男気溢れる男〟が聞いて呆れますわ!」


 怒りを隠そうとしないジーンは、上等なドレスで腕まくりをする。


「特殊能力を抑えて心の声を聞こえなくすれば、文句は無いはずですわ! 性懲りもなくまた逃げるでしょうけど、取っ捕まえて、事情を話し、理解させてやりますわ!」


 拳をグルングルンと回すジーン。

 ほんの五分前に見たあの上品な佇まいは、一体どこへ行ったのか。


「お願いですわ! この能力を抑える眼鏡を下さいまし!」


 と、殺気――ではなく、一応懇願なのであろうか、血走った目を俺に向ける。


 猛獣ににらまれるというのは、こういう気分なんだろうな。

 俺は、かつてない重圧プレッシャーさらされる。


 いや、本人にそういうつもりが無いのは分かる。

 分かるんだが、普通にこえぇよ。


「ラルド! あたしたちも協力するわよ! ジーンさんたちの仲を取り持つために!」


 いやまぁ、仲を取り持つというか、ジーンは〝取っ捕まえて無理矢理結婚させる気〟満々みたいなんだが。


 とにかく、俺は冷静に思考し、その上で首肯しゅこうした。


「分かった」


 ジーンの顔が、パァッと明るくなる。


「感謝致しますわ!」


 俺は、「ただし。一つ条件がある」と、指を立てた。


「お前が許嫁に会いに行く際、俺たちも一緒について行く。それが条件だ」

「分かりましたわ!」


 二つ返事でジーンが頷く。


 俺は早速、特殊眼鏡を創造した。


「この眼鏡、すごいですわ! 本当に能力が抑えられていますわ!」

「そうだろう、そうだろう。〝眼鏡〟はすごいからな」


 〝心の声聞こえない眼鏡〟を装着したジーンが、歓声を上げる。


 「良かったわ」とレンが笑みを浮かべる。


 俺は、「あ、そうだ」と、〝契約書類作成眼鏡〟で、一瞬で書類を作成した。


「忘れていた。この契約書に署名サインしてくれ」


 俺がその書類をテーブルの上に置く。

 ジーンが再び椅子に座る――と同時に、即座に羽根ペンでサインした。書類には一切目を通さずに。


「書けましたわ!」


 どう考えても、契約書に書いてある文言を読んだとは思えない。


 うん、間違いなく詐欺に引っ掛かるタイプだ。

 大丈夫か、この子?


 横で俺たちのやり取りを見ていたレンが、いぶかし気にポツリと呟く。


「ラルド。契約書なんて、今まであったっけ?」


 そう。通常は無い。が、

 まぁ、実はそんな大袈裟な事ではなく、大した理由も無い。

 が、一応客商売であり、一度渡した商品はその客の物であるから、、念のために書いて貰ったのだ。


 と、その時――


 


 〝透視眼鏡〟を掛けた俺は、店の入り口に向かって、少し大きめの声を出した。


。そんな所にいないで、お前も中に入って来たらどうだ?」

「「!?」」


 一瞬の間の後――


「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!」

「「!」」


 若い男の悲鳴が外から聞こえた。


「ヴァアアアアアアアアラアアアアアアアアギイイイイイイイイスウウウウウウウウ!!!」


 まるで親の仇でも見付けたかのような、低い唸り声を上げながら、ジーンが翼を広げ、入り口に向かって文字通り〝飛んで〟行く。こわっ。


 玄関の扉を開けると、ヴァラギスは既に空へと舞い上がっていた。

 その後をジーンが追い掛け、飛翔して行く。


「俺たちも行くぞ」


 店の外に出て、ドアノブに掛けてある〝営業中〟のプレートを引っ繰り返して〝閉店〟とした俺が、振り返り、レンを見た。


※―※―※


 少しして――


「って、こうなるのね……」

「ああ、この調子で頼む」


 俺は、にいた。


 レン、その先にいるジーン、そんな彼女を更に先行するヴァラギス。

 彼女らは皆、それぞれ快晴の空を翼で飛翔する。


 俺は、レンによって、腰のベルトを足でつかまれ、運ばれていた。

 〝服飾眼鏡〟で、ベルトを太く・分厚く・頑丈に強化した上で。


はたから見たら、きっと〝狩られた獲物〟が運ばれているように見えるんだろうな」


 俺を運んでいるにもかかわらず、レンの飛行スピードはかなり速い。

 何も荷物が無いジーンよりも、レンの方が余程余裕を感じさせる。

 どうやら、ハーピーの飛行能力は、モンスター国内においてトップクラスのようだ。


 間も無くレンは、ジーンに追い付いた。

 だが、ヴァラギスとジーンの差は縮まっていない。

 いや、それどころか、少しずつ差が広がっている。


「待ちなさいヴァラギス! わたくし、特殊能力を抑える眼鏡を掛けましたわ! これを掛けている間は、心の声が聞こえなくなりますわ! だから――」

「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 ジーンが語り掛けるも、整った顔を歪めて必死の形相のヴァラギスは、ただただ逃げ続ける。


「マズいですわ! ヴァラギスは、わたくしより飛行スピードが速いんですの! このままじゃ……」


 焦燥感に駆られるジーンが、唇を噛む。

 少し距離を置いて右側に並んで飛ぶ彼女を一瞥した俺は、レンに話し掛けた。


「レン。お前なら、ヴァラギスに追い付けるだろ?」

「もちろん出来るわ。でも、今のこの状況じゃ、ちょっと厳しいかもしれないわね……」


 眼鏡の位置を直しながら思考した俺は、上に向かって再度声を掛ける。


使。ヴァラギスを止めろ」

「! ど、どんな手段を使ってでも?」

「ああ、そうだ」

 

 数瞬の躊躇の後――

 ――レンは――


「ジーンさん! ラルドの事、お願い!」

「!?」


 まぁ、そうなりますよねー。


 ――

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