第32話 ラウラ、確かめ合う
「小さい小屋だが、雨宿りするには十分だな」
「はい、中もそんなに汚れてないですし、ここでしばらく様子を見ましょうか」
外観と同じように小屋の中も簡素で、椅子とテーブルと棚くらいしか置かれていない。最近掃除でもしたのか、埃っぽさは感じられなかった。
一時、雨をしのぐには十分すぎる場所だ。
早く止むといいけれどと思いながら、窓辺に近づいて外を眺めてみる。
森の中なので空模様はよく分からないが、明るさ的にまだまだ雨は止まなそうだ。
(イザーク王子はきっと疲れているだろうし、今のうちに少しでも休めたほうがいいわよね。私は……何か暇つぶしに読める本でもあればいいんだけど)
小屋に本が置いてないか探そうと振り返ったとき、ちょうど傍にいたイザーク王子が私に問いかけた。
「ラウラは、いつから俺を好きになったんだ?」
「えっ……?」
突然の質問に、思わず固まってしまう。
「ずっと気になってたんだ。お前はいつ俺のことを好きになってくれたんだろうと……」
「それは……」
尋ねられて初めて考える。
私はいつからイザーク王子のことを好きになったんだろう。
コンラートさんから告白されたとき、返事を考えるより先にイザーク王子のことが頭をよぎった。
人攫いから助けてもらって、彼に抱きしめられたときにはもう、私は彼のことが好きなのだと理解した。
──でも、本当はもっと前から好きになってた気がする。
「……たぶん、孤児院に行った日から、かもしれません……」
頬が赤く染まるのを感じながら、そう答えれば、イザーク王子は意外そうに目を見開いた。
「まさか、そんなに前からだとは思わなかった。嬉しい」
しみじみと呟くイザーク王子に思わずキュンとしてしまう。
それから、私も彼に同じ質問をしてみたくなった。
「……イザーク王子は、いつから私のこと、魅了魔法とか思い込みのせいじゃなくて、本当に好きになったんだと思いますか……?」
やっぱり、私が魔力ゼロだということがバレた辺りだろうか。
そう思っていたのに、イザーク王子が返したのは予想外の答えだった。
「最初からだ」
「……え?」
「俺は、最初から……ラウラに初めて会ったときから、本当に好きになったんだと思っている」
「う、うそ……」
「嘘じゃない。……いや、初めは俺も自分が誰かを好きになるなんて信じられなかった。だから、これはまやかしだと思おうとしていたが、今思えば、俺はラウラのウインクひとつで恋に落ちていたんだ」
「イザーク王子……」
私も、最初は厄介なことになったと思っていたのに、今となれば嬉しさしかない。
幸せな気持ちでイザーク王子に微笑みかけると、彼はわずかに熱を帯びたような眼差しで私を見つめた。
「ラウラ、『王子』と呼ぶのは止めにしないか? 他人行儀な感じがして寂しい」
「いえ、でも、不敬では……」
「俺がいいと言っている。誰にも不敬だなんて言わせない。頼む、ラウラ……」
「で、ではせめて『様』付けではどうでしょうか…………イザーク様……」
孤児院に行ったときなんて「様」すら付けずに呼んでいたのに、なぜか今のほうがもっと恥ずかしい。
なんとか頑張って「イザーク様」と声に出し、これで満足だろうかとイザーク……様を見上げてみれば、彼は感極まった表情でそっと私の頬に手を伸ばした。
「……可愛い」
イザーク様が独り言のように呟き、長い指で私の頬をすりすりと撫でる。
「あ、あの、くすぐったいです……」
頬がどんどん赤くなっていくのを感じながらそう言うと、頬に触れていたイザーク様の手が一瞬止まり、そのまま顎へとすべり落ちてきた。
そうして、彼の親指が私の唇の縁をそっとなぞる。
「イザーク様……?」
ドキドキと心臓の鼓動が速くなっていく。
恐る恐るイザーク様の顔を見上げれば、先ほどよりも強い熱の宿った瞳がこちらを見つめていた。
「──ラウラ、キスがしたい」
「……!?」
「……いいか?」
熱くて切実な赤い瞳が私を捕らえて離さない。
その美しい瞳に吸い込まれるように、私は視線を逸らせないまま、気づけば小さくうなずいていた。
「……ラウラ、本当に好きだ。愛している」
イザーク様が私の顎をそっと上向かせ、掠れたような低い声とともに、彼の整った顔が近づいてくる。
羞恥心に耐えられずに目をつむってしまったのと同時に、唇に柔らかな感触を覚えた。
優しくて温かなキス。初めての口づけ。
その数秒間の触れ合いは、一瞬にも、ずっと長くにも感じられた。
「……離れがたいな」
「はい……」
イザーク様が私の身体を抱き寄せる。
私も彼と離れたくなくて、大きな背中に腕を回した。
イザーク様のあたたかな体温と少し早い鼓動の音が心地よくて、彼の胸に顔を埋めれば、私を抱きしめる腕の力がさらに強まった。
「ラウラ、寒くないか?」
「イザーク様のおかげで温かいです」
「雨が上がらなかったら、ここでずっとこうしてるのもいいな」
「そうですね」
やがて雨音が聞こえなくなるまで、私たちは互いの存在を確かめ合うかのように、ずっと抱き合っていた。
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