第33話 ラウラ、お祝いする

 初めてのキスから数日。

 あれからイザーク様は、ことあるごとに私にキスするようになった。


 執務室で仕事をしているときも、デニスさんの目を盗むようにして、おでこや髪に口づけてくるのだ。


「キスすると仕事をもっと頑張れる」と言うから、あまり注意もしづらい。

 ……私も嫌ではないし。


 そうして今日もお昼休み前に、デニスさんが別室に行った隙にイザーク様が頬にキスを落としてきた。


「今日はタマラと約束してるんだろう? 楽しんでくるといい」

「はい、イザーク様もあまり無理しないでくださいね」

「ああ、ではまた後で」


 イザーク様と別れた後、私はタマラさんとの待ち合わせ場所である食堂へと向かった。


 今日はなんとタマラさんのお誕生日らしい。

 今朝知ったのでプレゼントは用意できなかったけれど、せっかくなので食堂でお祝いすることにしたのだ。


「あ、タマラさん!」

「ラウラ様!」


 タマラさんとこうやって食堂でお昼を食べるのは初めてなので、なんだか新鮮だ。

 たまには、こういうのもいいかもしれない。


「タマラさん、今日は私の奢りですからね。この一番いいセットを頼んでください。あと、もちろんデザートも!」

「で、でもやっぱり申し訳ないですわ……」

「大丈夫です。いつもお世話になってますし、これくらいさせてください」

「ラウラ様……。では、お言葉に甘えて」


 そうして、タマラさんには『一日3皿限定! 幻のクラーヴァ牛の極上ステーキセット』に『口コミで大人気! 特製クリームチーズケーキのピンクベリーソース添え』を頼んでもらい、私も大好きなパンケーキセットを注文して、テーブルについた。


「タマラさん、お誕生日おめでとうございます!」

「ありがとうございます、ラウラ様」

「ふふ、いつもありがとうございます。さあ、召し上がってください」


 タマラさんがさっそくステーキを一口頬張って、目を見張る。


「お、美味しいです……! これが幻のクラーヴァ牛……」

「わあ〜、よかったです! 私もパンケーキをいただきますね」


 パンケーキもいつも通り、ふわふわでトロトロでとても美味しい。

 タマラさんも喜んでくれているみたいだし、急だったけどお祝いできてよかった。


「あ、そういえば、ラウラ様」

「はい、どうしましたか?」

「私、今話題のスキンケアとヘアメイクを覚えてきたので、今度ラウラ様にもお教えしますね」

「ええっ! 私のために覚えてくれたんですか……? ありがとうございます……!」


 たしかに、この間タマラさんに「今度、美容について教えてください」とお願いしたけど、まさかそのために新しく勉強までしてくれるとは思わなかった。


 タマラさんの親切に感動していると、タマラさんは私を見て優しく微笑んだ。


「ラウラ様も、イザーク殿下の侍女のお仕事でお忙しいのに、最近マナーの勉強など頑張っていらっしゃるでしょう? 私も何か新しいことを学んで、ラウラ様のお力になりたくて……」

「タマラさん……」

「……私、ラウラ様がイザーク殿下のそばにいてくださって、本当によかったと思っているんです。初めは殿下が貴族ではない女性を連れて来られて、私にその侍女をするよう命じられて驚きましたし、困惑もありました。でも、今では大変光栄な役目だと思っています。ラウラ様がいらっしゃって、イザーク殿下は変わられました。想い合う気持ちに、身分など関係ありません。どうぞ、これからも殿下を支えて差し上げてください」


 タマラさんが優しく、それでいて真剣な眼差しを私に向ける。


(……ああ、タマラさんは私とイザーク様の仲に気づいていて、それでも応援してくれるのね)


 それにたぶん、アロイス王子やデニスさんも私たちが想い合っていることを知っているけど、黙認してくれている。


 王子様と平民の娘が結ばれるなんておとぎ話の中だけで、現実にはあり得ないかもしれない。でも、こうやって認めてくれる人がいると思うと勇気が湧いてくる。


 この恋を叶えるために、私ももっと頑張らなくては。


「はい、私にできるすべてで、イザーク様をお支えしたいと思います」


 嘘偽りない、心からの言葉を返すと、タマラさんは少しだけ潤んだような目でにっこりと笑ってくれた。



◇◇◇



 それからタマラさんが特製ケーキを食べ終え、私もパンケーキのおかわりを食べ終えて、お誕生日会はお開きになった。


 食堂でタマラさんと別れ、一人で執務室へと戻る。


(よし、午後からも頑張ろう!)


 仕事に戻る前に廊下で気合いを入れていると、すぐ先にある執務室の扉が開くのが目に入った。

 そうして、部屋の中からとても美しい女性とイザーク様が出てくる。


 美しい女性は形のいい艶めいた唇で綺麗な弧を描き、イザーク様に笑いかける。


「今日は突然の訪問にもかかわらず、おもてなしいただいてありがとうございました。3年ぶりにお会いできて嬉しかったですわ」

「いや、帰国早々の挨拶に感謝する。では──」

「イザーク殿下、わたくし決めました」

「……は? 決めたとは?」

「わたくし、アロイス殿下ではなく、貴方と婚約いたします」

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