第31話 ラウラ、ショックを受ける
「おはようございます」
「デニス、これはすべて破棄しておいてくれ。ああ、ラウラ、おはよう」
朝、いつもより早めに出勤すると、ちょうどイザーク王子が何かを捨てようとしているところだった。
「あ、デニスさん、私が代わりに捨てておきますよ」
これも侍女の仕事と思って、廃棄用の書類受けに置かれていた書類を手に取ったのだけれど、なぜかイザーク王子とデニスさんまでもが焦って書類を奪おうとする。
どうしたのだろうと思って書類をよく見てみると……。
「これは、釣書……?」
どうやら、イザーク王子宛のお見合い資料だったらしい。
無言で固まる私に、イザーク王子が慌て出す。
「違うんだ、ラウラ、すまない。いつもはお前がいないうちに捨てておくんだが、今日はお前の出勤が早かったから……。不愉快なものを見せてしまって悪かった。この書類もすぐに破棄──」
「イザーク王子にはいつもこんなにお見合いの申し込みがあるんですね……」
ぽつりと呟くと、イザーク王子はひどく痛ましいものを見るような表情で私の頬をそっと撫でた。
私はそんなに酷い顔をしていたのだろうか。
「前は俺に釣書が送られてくることなど、ほとんどなかった。最近、俺の性格が少し柔らかくなったらしいと噂が立って、それからだ。たぶん、お前と出会ったからだと思う」
「え……?」
イザーク王子が私と出会ってから柔らかくなった……?
きょとんとする私の頬に手を触れたままイザーク王子が続ける。
「今まで俺のことなんて避けていたような奴らが、噂を信じてこんなものを送ってくるようになった。でも、すべて処分している。俺にはお前がいるから。だから、こんなもの気にしなくていい」
イザーク王子の低くて穏やかな声、そして愛おしげに向けられる眼差しが、私を安心させてくれる。
私は無意識のうちに詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
「……ありがとうございます。もう大丈夫です」
けれど、落ち着いたのはいいが、そういえばここは職場だったということに気がついて、私は焦った。
(今のやり取り、デニスさんに見られてたかな? 恥ずかしい……)
そう思って辺りを見回したものの、デニスさんの姿はない。どうやらすぐに雰囲気を察知して席を外してくれたみたいだ。
さすが王子の最側近。仕事もできるし空気も読めるし、有能だ。
心の中でデニスさんを褒め称えていると、イザーク王子がふと思いついたように言った。
「ラウラ、馬に乗ったことはあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか、馬に乗って風を切って駆けると気持ちがいいんだ。嫌な気分も吹き飛ぶ。……だから、明日二人で馬に乗って出かけないか? ちょうど休みだろう?」
イザーク王子の提案に最初は少し驚いたけれど、二人で馬に乗って走るなんて、たしかにすごく気持ちがよさそうだ。
それに、私の気を晴らそうと思って言ってくれたのが分かるから、なおさら嬉しい。
「はい、ぜひご一緒させてください。なんだか気持ちがスカッとしそうです」
「ああ、きっと気持ちいいぞ。実は俺も、この無駄な釣書にいい加減うんざりしてたんだ。明日は二人で嫌なことを忘れて楽しもう」
そうして、私たちは明日の乗馬デートの約束をして、仕事に戻ったのだった。
◇◇◇
翌日。
私は乗馬服に身を包み、イザーク王子と一緒に馬に乗って、草原を駆けていた。
「わあ! 風が気持ちいい! これは本当に気分爽快ですね!」
「だろう? むしゃくしゃしたときは、いつもこうして馬を走らせてたんだ。今日はラウラと一緒に走れて楽しい」
イザーク王子は馬の扱いがとても上手で、おかげで馬に乗るのが初めての私でも、こうして満喫できている。
(とはいえ、最初は緊張しちゃったけど……)
そう、馬に乗ること自体も緊張したけれど、それより何より、乗るときの体勢に私は大緊張してしまったのだ。
(だって、イザーク王子から後ろから私を抱いてくるから……)
少し語弊のありそうな表現だけど、間違ったことは言っていない。
一頭の馬に二人で乗るとき、当然ながら前後に並んで乗るしかない。
私とイザーク王子の場合は、私も前の景色が見られるように、そして落馬防止のためにという理由で、私が前、イザーク王子は後ろという並びにした。
つまり、イザーク王子が後ろから私を抱きかかえる形になるのだ。
背後に感じる彼の温もりや声の響き、腕の中に閉じ込められるような感覚にドキドキしてしまって、最初は本当に緊張しすぎて気絶してしまうんじゃないかと思った。
それを何とか耐えて、やっと乗馬を楽しめるようになったのだった。
馬に乗るのは本当に気持ちがいい。
いつもより高い目線や、流れていく景色の美しさ、風を切る解放感。クセになりそうだ。
昨日から心の中でくすぶっていたモヤモヤも、綺麗さっぱり消えていくのを感じる。
そうしてどこまでも続く草原を走り、途中で小川に寄って馬に水を飲ませ、私たちも景色のいい場所でピクニックを楽しんで、そろそろ王宮に戻ろうかというとき。
「あら、雨……?」
顔にぽつりと雨粒が落ちてきた。
イザーク王子が小さく舌打ちをしつつ、私が雨に濡れないよう自分の上着をかけてくれる。
「さっきまで晴れていたのに、にわか雨か……。王宮までだいぶ距離があるのに参ったな」
「どこかに雨宿りできる場所はあるでしょうか?」
「雨宿りか……ああ、そういえば、すぐ近くの森に休憩用の小屋があって、たしかこの辺りだった気がする。とりあえず、そこに行ってみるか」
イザーク王子が、森の小屋を目指して馬を走らせる。
5分ほど走り、雨の勢いがさらに強まってきた頃、私たちは小屋を見つけた。
「よかった、ドアは開いたままだから中に入れる」
「では、雨が止むまで、ここで雨宿りさせてもらいましょう」
私たちは外の馬小屋のような場所に馬をつなぎ、さっそく小屋にお邪魔させてもらった。
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