第30話 ラウラ、注意される

 宝石店での買い物を済ませた私たちは、高台にある公園に来ていた。

 ここも私が観光したかった場所のひとつだ。


 壮麗な装飾がほどこされた巨大噴水をイザーク王子と二人並んで眺める。


 天に向かって噴き上がる水がきらきらと陽光を反射して、とても綺麗だ。水の音や飛沫で清涼感もあって、いつまでも見ていられそうな気がする。


「本当に立派な噴水ですね。自分で見たいと言っておきながら、水が噴き出すのなんて見て本当に楽しいのかなって思ったりもしたんですけど、やっぱり楽しかったです」

「ははっ、なんだそれは」


 イザーク王子がおかしそうに笑う。こんな風に笑うと、どことなく、あどけなさのようなものを感じて愛おしい気持ちになる。


「今日はデートしてくださってありがとうございました。とても楽しかったです」


 イザーク王子を見上げてお礼を言えば、彼は少しだけ目を逸らして呟いた。


「……兄上との街歩きよりも?」


 イザーク王子は冗談めかしているものの、実はだいぶ根に持ってるのかもしれない。

 微笑ましいけれど、私はアロイス王子のことは何とも思っていないので、やきもちなんて焼かなくていいのに。


「もちろん、今日のほうがずっと楽しかったです。アロイス王子と来たときは、買い物なんてしないで早く帰りたいとばかり考えてましたけど、イザーク王子とのお買い物は本当に楽しかったです。私のためにいろいろ選んでくださったのも嬉しくて……。すごく素敵なデートになりました」

「そ、そうか。ならよかった。……兄上には土産に菓子でも買って、借りを返すとしよう」


 イザーク王子の耳が赤い。ちょっとは安心してもらえたみたいでよかった。


 それから私たちは二人で公園の中を散策した。

 王宮の庭園とは違って、なかなか来る機会がないからと欲張ってしまったせいで、だいぶ日も傾いてしまった。


「もうこんな時間か。そろそろ帰ろう。ラウラも歩き疲れただろう」


 時計を見たイザーク王子がそんなことを言い出すものだから、私はつい彼の袖口をきゅっと掴んでしまった。

 イザーク王子が驚いたように私を見つめる。


「あっ……! す、すみません……」

「……いや、どうした?」


 戸惑った様子で尋ねるイザーク王子に、私はしどろもどろになって答える。


「あの、どうしたということもないんですけど、もう帰る時間かと思ったら残念だなって……まだ帰りたくないなって思ってしまって……」


 気がついたら、イザーク王子の袖を掴んでしまっていた。

 さっき、内面を磨こうと思ったばかりなのに、こんな甘えたがりな子供みたいなことをして、イザーク王子に呆れられてしまったかもしれない。


 そう思ってしょんぼりしていると、イザーク王子が額に手を当て、大きな溜め息をついた。


(やっぱり、がっかりされちゃった……?)

 

 こわごわとイザーク王子を見上げると、彼は「……わい……ぎる……」と何事かを呟いた後、私の肩に手を置いて真面目な表情で訴えた。


「いいか、ラウラ。今の袖を掴んでくるのは非常に危険な仕草だから、俺にはやってもいいが、絶対に他の人間にやってはいけない。俺にだけはいいがな。あと、『帰りたくない』と言うのも同じだぞ。俺にはいいが、他の者にはだめだ。分かったか?」

「わ、分かりました。すみません……」

「いや、いいんだ」


 どうやら、私はとてもまずい言動をしてしまったらしい。

 やっぱり、きちんとマナーというものを学んだほうがよさそうだ。


 反省してしゅんとしている私の頭を、イザーク王子が優しく撫でてくれる。


「……そんなに帰りたくないなら、あともう少しここにいよう。実は俺もまだ帰りたくなかったんだ」

「イザーク王子……」


 そうして私たちは、ベンチに腰を下ろして噴水を眺めた。

 あまり言葉は交わさなかったけれど、並んで座っているだけで満たされるような気持ちになった。



◇◇◇



「兄上、街に行った土産だ」


 僕が自室で珍しく仕事のようなことをしていると、これまた珍しく弟のイザークがやって来て、僕にお土産のお菓子をくれた。


「わあ、ありがとう。コチュカ焼きか、美味しそうだね」

「ああ、久々に食べたが美味かったぞ」

「それはきっとラウラちゃんと一緒に食べたからじゃないかな」

「な、なぜそれを……まだ何も言っていないのに……」


 驚いて目を見開く弟が面白くて笑ってしまう。


「だってイザークが僕にお土産を買ってくるなんて。しかもわざわざ僕に渡しに部屋まで来るなんておかしいだろう?」

「そう……かもな」

「ラウラちゃんとのデートを僕に自慢したくて来たんだろう?」

「なっ、別にそんなつもりでは……!」


 などと言いながらも、結局イザークはラウラちゃんとのデートがいかに楽しく、ラウラちゃんがいかに可愛かったのかを幸せそうに延々と語ってくれた。


「帰りたくない」のくだりは、終始にやにやした表情を抑えきれていないイザークが面白すぎて、つい噴き出してしまったら、「笑うところじゃない」と睨まれてしまった。


 そうしてひとしきり語った後、イザークは「じゃあ、ラウラが買ってもらったビスケットの借りは返したからな」と捨て台詞を残して帰っていった。




「ああ、楽しかったなぁ。イザークは本当に分かりやすいんだから」


 昔は「冷血王子」の呼び名どおり、基本的に無表情で、たまに感情を見せたとしても怒るか苛つくかくらいだったのに、ラウラちゃんが来てからものすごく表情が豊かになった。


 こうやって慌てたり、喜んだり、心配そうにしたりするイザークなんて、以前は考えられなかった。


(ラウラちゃんには感謝しないとだな)


 イザークにはあまり伝わっていないようだけど、僕は弟が可愛い。


 だから初めはラウラちゃんが弟を利用しようとするのではないかと警戒して彼女を試そうとしたけど、無用な心配だった。彼女はいい子だった。


(できれば二人にはこのまま幸せになってほしいところだけど……)


 なんとなく、嫌な風が吹きそうな気がする。


「……僕の杞憂だといいな」


 弟たちの幸せを願いながら、僕はまたペンを取って仕事に戻った。

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