第25話 ラウラ、巻き込まれる
イザーク王子が行ってしまった後、私は店の中をぶらぶらと歩き回って、売り物の魔石や魔道具を眺める。
魔力ゼロの私には、全く凄さが分からないけれど、値札を見るとどれもとんでもない金額になっているので、きっととても貴重なものなのだろう。
うっかりぶつかって壊したりしないようにしなくちゃ、なんて思っていると、ふいに外から子供の悲鳴のような声が聞こえた気がした。
友達同士でふざけて遊んでいるのかもしれない。
そうも思ったけれど、妙な胸騒ぎがする。
私は声の聞こえた裏通りのほうを店の窓から覗き込み、そして目に入った光景に息を呑んだ。
「やだっ! 離して!」
「うるせぇ! 静かにしろ!」
まだ幼い男の子が、ガラの悪そうな男に無理やり連れられている。
男の子が必死に抵抗して男の腕に噛み付くと、すかさず、パンッと頬を張る乾いた音が響いた。
「浮浪児のくせにふざけやがって!」
(これって……)
私の脳裏に、あの日の嫌な記憶がよみがえる。
両親を亡くし、ひとりぼっちになった私が、見知らぬ男に攫われてしまったあの日の記憶が……。
(こいつ、人攫いだわ……! 路上生活の子供を狙って、奴隷商に売りつけるつもりなのね……)
こんな商店街の裏通りで、騒ぐ子供を無理やり連れ去ろうとするなど、あまり手慣れているように思えない。
しかし、だからこそ加減を知らないで子供に酷い乱暴を働きそうな雰囲気があった。
(どうしよう、イザーク王子を呼んだほうが……。いえ、その間に見失ってしまうわ。そんなの絶対ダメ! あの子を助けないと……!)
私は裏口から飛び出して人攫いの男を追いかける。
女一人で無謀だとは分かっていたけれど、男の子を見捨てるような真似はしたくなかった。
(大丈夫、私には
慣れないヒールを脱ぎ捨て、ドレスの裾をたくし上げて懸命に走る。
そして人攫いがさらに細い路地に入ったところで、私はやっと追いついた。
「待ちなさい! この人攫い!」
大声で怒鳴りつけると、人攫いはこちらを振り返って、チッと舌打ちした。
「くそっ、お前が騒ぐから見つかっちまったじゃねぇか!」
人攫いが苛立ちまぎれに男の子の耳をつねり上げる。
たまらず悲鳴をあげる男の子の痛ましい姿に、じわりと涙が浮かんでくる。
「その子を離しなさい! お金がいるなら、私のアクセサリーをあげるわ。だから、その子は連れて行かないで!」
私の提案に、人攫いはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「そうだなぁ、それもいいな。……でも、お前も攫っちまうのが一番いいと思わねぇか? そのアクセサリーもドレスも身につけている高価な物はすべて手に入るし、お前も可愛い顔をしてるから高く売れそうだ。おまけに、目撃者もいなくなるってわけだ」
人攫いは欲深そうな目を細めてそう言うと、ポケットからナイフを取り出した。
「なっ……」
刃物を出されて一瞬怯んでしまった隙に、人攫いが男の子を抱えたまま私に駆け寄る。
「きゃっ!」
身を庇うために咄嗟に手を伸ばし、そこにナイフの切っ先が触れそうになった瞬間。
強い光とともにナイフが弾き返された。そして私の周囲を紫色のオーラのようなものが囲う。
「なっ、なんだこの光は……! クソッ、子供だけ連れて行くしかねぇか……!」
人攫いがそう言って私に背を向け、路地の奥へと走り去ろうとしたとき。
ヒュッと風を切るような速度で誰かが私の横を駆け抜け、次の瞬間にはその人物──イザーク王子が人攫いを足蹴にしていた。
「……貴様、ラウラに何をしようとした?」
「ぐっ……さ、騒がしいのを黙らせようとしただけで、何もしちゃいねぇ……」
「嘘をつくな。何もしていないなら魔道具が反応する訳がない。言え、殺すぞ」
イザーク王子が人攫いの頭を踏む足に力を込める。
「がはっ……! す、すいません! ついでにその女も攫おうと思って、ナイフで脅しました……!」
「そうか、殺す」
「ぐわあぁっ……!」
イザーク王子が容赦なく人攫いの手を踏み潰したところで、巡回の騎士たちがやって来た。
「人攫いの現行犯だ。捕縛して尋問しろ。それからその被害者の少年を保護しろ」
「はっ、かしこまりました!」
イザーク王子がてきぱきと指示を出す。
騎士たちは手際よく人攫いを縛り上げ、男の子のほうは優しく抱きかかえて、どこかへと連れていった。
後に残された私は、安心したせいか急に脱力してしまい、へなへなとその場に座り込む。
そして、そんな私の横にイザーク王子がひざまずき、そっと私の手を取った。
「──ラウラ、大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です、イザーク王子」
「店に戻ったらラウラの姿がないから肝が冷えた……。まさか一人で人攫いに立ち向かうなんて……。無事で本当によかった」
イザーク王子が、その形の良い額に私の手を押し当て、心底安堵したように溜め息をつく。
「ご心配をおかけして申し訳ありません……。でも、本当に助けを呼んでいる暇がなかったんです。イザーク王子から防御の魔道具を頂いていましたし、万が一襲われても大丈夫だと思って追いかけてしまいました」
「俺はそんな無茶をさせるために渡したのではなかったのだが……」
「ごめんなさい……。でも、イザーク王子なら、きっと気がついて助けに来てくださるって信じていたので、勇気が出せました」
「ラウラ……」
「あっ、それに私は魔女の弟子で魔法が使えるので……! さっきはちょっと油断しましたけど、本当は魔法でやっつけようと思ってましたから……!」
魔法が使える設定だったのをうっかり忘れそうになり、慌てて言い訳を始める。
すると、イザーク王子は私の手をぎゅっと握りしめ、真剣な眼差しで私に語りかけた。
「ラウラ、お前に話がある」
「は、はい。何でしょうか……?」
いつになく緊張感漂うイザーク王子の表情に、私は思わず固唾を呑む。
(なんだか、嫌な予感がする。何かが終わってしまうような……)
どうか、私の思い違いであってほしい。
そう願う私に、イザーク王子は死刑宣告にも等しい言葉を突きつけた。
「──ラウラ、お前が魔女の弟子というのは嘘だな。なぜなら、お前には魔力がない」
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