第24話 イザーク、我慢する

「ここが予約していた席のようだな」


 カップルシートのある特別席など初めて来たが、半個室のような状態になっていて、恋人と過ごすにはとても良さそうな席だ。


(いや待て、俺とラウラはまだ恋人ではないのだから、節度ある距離を保って……)


「わあ、広い! お部屋みたいになってるんですね。あ、これがオペラグラスですか? わっ、本当に遠くまで見える……!」


 俺が邪念を追い払おうとしているそばから、ラウラが俺の努力を無に帰そうとしてくる。


 初めての観劇に舞い上がっている姿が可愛すぎて、抱きしめたくて仕方ない。


「ソファも大きくて立派ですね! あれ、でも二人なのに1つしかないですけど……?」


 ラウラがソファの端に腰掛けながら、きょろきょろと辺りを見回す。


「……このソファに並んで座って鑑賞するんだ」


 そう言って、ラウラの隣に腰掛けると、ラウラは驚いたように目を見開いた。


「なっ、並んで!? ち、近すぎませんか? 仕切りもないのに……。私、立って観ます……!」


 なぜか、いきなりソファから立とうとするので、俺は咄嗟にラウラの腕を掴んでしまった。


「あ、すまない……。でも、そんな長時間立つなんて無理だ」

「でも……」


 妙に頑ななラウラに、内心で首を傾げる。

 俺に遠慮しているのかもしれないが、ここは納得してもらわなければ。


「大丈夫だ。たしかに二人並んで座ると、少し近すぎるかもしれないが、ここではこれが普通だ。みんなこうやって座っている。これが伝統的なマナーなんだ」

「これが普通……伝統的なマナー……。わ、分かりました」


 このただのカップル向けの席が伝統的なマナーの訳がないが、ラウラは信じてくれたようで大人しく腰掛けてくれた。


 何も知らないラウラを騙すことになったのは申し訳ないと思う。でも、こうやって並んで観劇するのは俺の楽しみでもあったので許してほしい。


 隣に座るラウラをちらりと盗み見れば、彼女はどこか緊張した面持ちで真っ直ぐ舞台を見つめていた。


 きらきらと輝く丸い瞳に、小さな鼻と小さな唇。ラウラは横顔も綺麗で愛らしい。

 今にも体が触れそうなほど近くにいるからか、彼女から花のようなほのかに甘い香りを感じる。


(……まずいな)


 急に顔が熱くなってきた。

 と、まもなく開演だからか、周囲の灯りが落とされる。


 部屋が薄暗いせいで、余計に隣のラウラの存在を強く感じる。


(これは俺が立ち見すべきだったのでは──……)


 そうして俺は、これから2時間もこの生殺し状態を耐える羽目になったのだった。



◇◇◇



「す、素敵な劇でしたね! 王女様と護衛騎士が、なんかいい感じに結ばれて……!」

「そうだな、たしか大団円だったような……。ラウラはどこか印象的な場面はあったか?」

「ば、場面……? ええと、全体的に騎士様の台詞が甘いのがよかった気がします」

「甘い台詞か……なるほど、参考にする」


 劇が終幕した後、私とイザーク王子はどことなく噛み合わない、ふわっとした感想を言い合いながら劇場を出た。


(結局、ずっと緊張しっぱなしで全然劇の内容が頭に入らなかった……)


 人気の恋愛劇だということで、とても楽しみにしていたはずなのに、劇よりも隣に座るイザーク王子のことが気になって集中できなかったのだ。


 まさか仕切りのないソファで二人一緒に劇を観るだなんて思いもしなかった。

 でも、それが伝統のマナーであるのなら従わない訳にはいかない。


 舞台が目立つように観客席は薄暗くされるし、少しでも動けばイザーク王子と身体が触れてしまうんじゃないかと気が気じゃないし、本当に大変な時間だった。


(これじゃ思い出づくりどころか、ほとんど記憶がないまま終わっちゃう……。街の観光はちゃんと気を確かに持って楽しまないと!)


 新たに気合いを入れ直したところで、イザーク王子がこの後の予定について教えてくれた。


「ここからだと噴水よりも商店街のほうが近いから、先にそちらへ行こう」

「分かりました」

「何か見たい店はあるか?」

「そうですね……。行ってみて気になるお店があれば入ってみたいです。イザーク王子は行きたいお店とかないんですか」

「実は一軒ある」

「では、そこに行きましょう!」


 まずはブランカ通りの商店街へ行くことにした私たちは、石畳で舗装された道を並んで歩く。

 イザーク王子が歩幅を小さくして、私の歩く速度に合わせてくれるのが嬉しい。


 しばらく歩いたところで、私たちはブランカ通りの商店街に到着した。


「わあ、いろんなお店があって楽しそうですね!」

「そうだな。ちなみに、すぐそこの店が俺の行きたいところなんだが……」

「『アダルベルト魔道具店』……?」

「ああ、この店は質のいい魔石を揃えていて、職人の腕もいいんだ。今、俺が身につけているこのブローチも、ここの職人に作らせた防御魔法の魔道具だ」


 お洒落なアメジストのブローチだと思っていたものは、どうやら魔道具だったらしい。

 魔女の弟子なら魔道具に気がついて当然のはずなので、私はとりあえず知った風を装っておく。


「……どうりで、なかなか質のいい魔力がこもっていると感じました」

「そうか。魔女の弟子のお墨付きをもらえたなら安心だな」


 どうやら、イザーク王子は疑うことなく信じてくれたようだ。


 そうして私たちは店の中に入ったのだけれど……中は薄暗く、どこからか金属音や何かを削るような音が聞こえてくるものの人の姿は見当たらない。


「誰もいないですね」

「工房のほうに行っているのかもしれない」

「なるほど……」


 辺りを見回した私は、近くの棚に置かれていた水晶玉のようなものに興味を引かれた。

 

 球体の中で虹色の光がゆらゆらと揺れているのが綺麗で思わず手を触れてみる。

 するとその瞬間、パァッと光を放って水晶玉の色が無色透明へと変わってしまった。

 きっとこれも魔石なのだろう。


 さっき、イザーク王子のブローチの話題で魔女の弟子っぽく振る舞うことに自信を覚えていた私は、また知ったかぶりで魔力持ちアピールをする。


「この水晶玉もかなり強力なパワーを感じる魔石ですね」


 すると今度は、イザーク王子はなぜか驚いたように目を見張ったまま動かなくなってしまった。


「イザーク王子……? どうかしましたか?」


 目の前で手を振って尋ねると、イザーク王子がハッとした表情で私を見返した。


「……少し店主と話したいことがある。ラウラはここで待っていてくれるか?」

「分かりました。売り物を見ながら待っているので、ごゆっくりどうぞ」

「すまない。……ああ、そうだ、念のためこれを渡しておく」


 そう言ってイザーク王子は、さっき見せてくれたブローチ型の防御用魔道具を私のドレスに付けた。


「イザーク王子、私は魔女の弟子ですから、魔道具なんて必要ありませんよ」


 ここでもダメ押しのアピールをすると、イザーク王子は困ったようにまなじりを下げた。


「……そうだな。でも、今日はこのまま付けていてくれるか? お前にもよく似合っているし」

「そ、そうですか……? ではせっかくなので、このまま……」

「ああ、ありがとう」


 それからイザーク王子は「すぐに戻る」と言って、工房らしき部屋のほうへ行ってしまった。

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