第26話 ラウラ、嘘がバレる
「──ラウラ、お前が魔女の弟子というのは嘘だな。なぜなら、お前には魔力がない」
イザーク王子の口からその言葉を聞いたとき、世界がガラガラと音を立てて崩れていくような心地がした。
どうして分かってしまったの……?
私、何かバレるようなことをしてしまった……?
そんな疑問と焦りで頭がいっぱいになる。
イザーク王子の顔が怖くて見られない。
うつむき、震えながら黙り込む私に、イザーク王子が語りかける。
「……さっきの魔道具店で、お前は丸い石の魔道具を触っただろう? あの魔道具には見覚えがあってな。たしか魔力を識別し、その結果に応じて色が変わる。魔力が強ければ赤、弱ければ青というように」
魔道具の機能を聞いて、私はどきりとする。まさか……。
「お前が触ったとき、石の色は透明に変わった。透明というのはつまり、
イザーク王子の言葉が、私の胸に鋭く突き刺さる。
どうしよう、バレてしまった。
イザーク王子に、本当は私に魔力なんて無いんだと知られてしまった──。
「最初は信じられなかった。もしかすると、俺の勘違いかもしれないと思い、店主に確認した。だが、店主は俺の理解に間違いはないと答えた。……なあ、ラウラ。お前は本当は魔法なんて使えないんだろう?」
……どうしよう、イザーク王子の問いに私は何て返せばいいの?
嘘をついて王族を騙したのだから、きっと私は罪人として裁かれることになる。
鞭打ちならまだいい、最悪、斬首になってもおかしくはない。
死の恐怖がよぎり、さあっと全身から血の気が引いていくのを感じた。
(でも、それより何より……)
イザーク王子に失望されるのが怖い。
最初から俺を騙していたのかと、軽蔑されて嫌われるのが怖い。
目にじわりと涙が浮かび、呼吸が浅くなる。
(イザーク王子に嫌われるくらいなら、今すぐ消えて無くなりたい……)
きっと彼は私に怒り、さっき人攫いを見ていたような冷え切った目を私に向けているのだろう。そう思ったのに……。
「……やはり、そうなんだな。よかった──……」
イザーク王子はそう言って、大きな手で優しく私の頬に触れ、目の縁に溜まった涙をそっと拭った。
「……よかった……?」
嘘をついていたことが知られたのに、それを咎められるどころか、安心されるなんて。
思いもしなかった展開に、頭がついていかない。
混乱して固まる私をイザーク王子が穏やかな声でなだめる。
「ラウラ、お前を嘘つきだなんて責めはしないから、怯えなくていい」
「……どうしてですか?」
私が自己保身のために嘘をつかなければ、イザーク王子はもっと早く魅了の思い込みが解けたかもしれない。
これまで私に王宮の部屋や侍女が与えられ、仕事を融通してもらえたのも、イザーク王子の思い込みがあったおかげだ。
つまり、嘘によって平民には考えられない優遇を得ていたのだから、私は咎められて当然なのだ。
(それなのにイザーク王子は、卑怯で嘘つきな私を責めないと言うの……?)
呆然と見つめる私の頭を、イザーク王子が優しく撫でる。
「お前を責めないのは、俺に怒りはないからだ。お前に魔力がなかったと知れて、俺はむしろ嬉しいと思っている。……お前への気持ちが、魅了魔法のせいじゃないと分かったから」
愛おしげな眼差しが、私に注がれる。
「ラウラ、俺はお前が好きだ」
真っ直ぐな愛の告白に、私は今度こそ本当に息が止まるかと思った。
イザーク王子が私を好きだなんて、信じられないくらい嬉しい。でも……。
「イザーク王子……それはきっと、魅了魔法にかかってしまったという……思い込みのせいです……」
なんとか声を絞り出して、そう伝える。けれど、イザーク王子は取り合わなかった。
「もし思い込みだったら、ラウラに魔力がないと分かった時点で正気に戻って、お前を捕縛していたはずだ。俺はそういう男だ。……だが、お前に魔力がないと分かっても、俺の気持ちは変わらなかった。むしろ、俺が嘘を知ったせいで、お前が俺の元から逃げてしまうのではないかと怖かった。思い込みでも何でもない。俺は本当にラウラのことが好きなんだ」
イザーク王子の言葉が、私の胸の奥深くに染み込んでくる。
本当に、本当に信じていいの……?
イザーク王子が私のことを好きだって。
思い込みじゃなくて、本心から好きになってくれたんだって、思ってもいいの?
「ラウラは……俺では嫌か? お前はきっと兄上のことが好きなんだろうが、俺のほうがずっとお前のことを──」
(ん? 今、なんて……?)
さらりと聞き捨てならない言葉が聞こえてきたような気がしたのだけれど……。
「……あの、イザーク王子。私がアロイス王子を何ですって?」
「あ、いや、お前はアロイス兄上のことが気になっていたんだと思ったんだが……」
「ないです絶対ありませんとんでもない勘違いです」
「そうなのか? よかった……。いや、だが、そうすると他の男が? 誰だ、やはりデニスか……?」
ぶつぶつと迷推理を繰り広げているイザーク王子に、私は正解を答える。
「……あなたですよ」
「え? 今、何か言ったか?」
肝心なときになぜか難聴気味のイザーク王子に、今度は絶対聞き逃さないよう、ゆっくりはっきり、目を見て教えてあげる。
「ですから、私が好きなのはイザーク王子、あなたです」
私の言葉の意味を理解して、イザーク王子が大きく目を見開く。
それから噛み締めるような表情で口を引き結び、私を力強く抱き寄せた。
「嬉しすぎる……夢みたいだ。本当に、俺のことが好きなのか?」
「……はい、本当に好きです。イザーク王子も、本当に私のことが好きですか?」
「もちろん。俺が好きだと思えるのは、世界中でお前だけだ」
「嬉しいです……」
想いが通じ合うということが、こんなに幸せなことだとは思わなかった。
いつまでも、ずっとこの幸せに浸っていたい──。
……でも、身分差のある私たちの幸せは、脆い薄氷の上にあるようなものだということも、なんとなく分かっている。
イザーク王子も、それを理解しているのだろう。
私を抱く腕に力を込めながら、真剣な声で囁く。
「──これから何があろうと、俺はお前を絶対に手放さないし、必ず守り抜く。だからお前もずっと俺のそばにいてくれ」
「……はい、私もずっと一緒にいたいです」
ひんやりとした石畳の上で、イザーク王子の力強い抱擁が何よりも温かかった。
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