第10話 ラウラ、帰還する
街に着いて馬車を降りた後、私はアロイス王子に手を引かれ、さまざまな高級店へと連れて行かれた。
「ラウラちゃん、このドレスも可愛いよ。プレゼントしたいな」
「いえ、ドレスならたくさんありますので結構です」
「ねえラウラちゃん、このアクアマリンのネックレス、君の瞳の色と一緒だよ。プレゼントしたいな」
「いえ、ネックレスも山のようにありますので結構です」
「あ、ラウラちゃん、この口紅の色、似合うんじゃない? プレゼントしたいな」
「いえ、口紅も全色持っていますので結構です」
アロイス王子が何かにつけて高額なプレゼントを贈ろうとしてくるけど、私はすべて固くお断りする。
ミスの挽回が叶わない今、これ以上アロイス王子に弱みを握られるわけにはいかない。
「うーん、ラウラちゃんはガードが固いなぁ」
完全拒否の姿勢を貫く私に、アロイス王子が降参したように呟く。
(ふっ、勝った……!)
心の中でガッツポーズを決めていると、アロイス王子が爽やかな笑顔を浮かべて宣言した。
「よし、決めた。君に何か1つ買ってあげるまで帰らない」
(ええ……。めんどくさ……)
その後もアロイス王子はしつこく高級品をプレゼントしようとするので、埒があかないと思った私は結局、屋台で売っていたビスケットを買ってもらうことにした。
「うーん、こんなに安くて色気のないプレゼントをしたのは初めてだよ」
アロイス王子が困ったように笑う。
「まあまあ。実はものすごくお腹が空いてたんです。今の私に一番必要なものをプレゼントしてくださったと思ってください」
ビスケットの入った袋を開け、ちょうど近くにあったベンチに座って食べる。
「えっ、外で食べるの? その格好で……?」
アロイス王子が若干引き気味に眉を寄せる。
たしかにこんなに可愛いドレスを着て貴族令嬢らしい格好をしているのに、ベンチに座ってビスケットを頬張っているのは、なかなか珍妙かもしれない。
でも、立ち食いしないだけ上品だと思ってほしい。
ちらりとアロイス王子を一瞥して、またビスケットを一口頬張ると、アロイス王子が私の隣に腰掛けてきた。
「ねえ、ラウラちゃんってさ、僕を魅了するために雇われた魔女の弟子なんだろう?」
突然の核心をつく質問に、思わずむせてしまう。
「ご、ごほっ、げほっ……。な、なぜそんなことを……?」
「僕は情報を集めるのが得意でね。君みたいに可愛い子になら、魅了魔法をかけられてもいいかななんて思ったりもしたけど……」
そんなことを言いながら、アロイス王子は私の顔を覗き込んで、にっこりと笑う。
「でも、その必要はないよ。僕は玉座につきたいとは思ってないから」
「へっ……?」
予想外の言葉に、私の口から間の抜けた声が漏れる。
「で、でも、巷では第一王子と第二王子が玉座を争っていることになっていますよ。そのつもりがないなら、どうしてそう宣言しないんですか?」
私には早く公表すればいいのにとしか思えないけれど、もしや、何か深い考えがあってのことなのだろうか?
第一王子として、私たち平民にはない広い視野で、あらゆることを考慮した結果なのかもしれない。
アロイス王子が意味深に笑う。
「──だって、次期国王かもしれないと思われていたほうが、いろんなご令嬢とお近づきになれるだろう?」
「……はい?」
意味が分からない。
ご令嬢? お近づき??
本気で首を傾げる私に、アロイス王子が丁寧に説明をしてくれる。
「ほら、貴族令嬢なら王妃を目指すものだろう? つまり、次期国王
なにが『そういうことだよ』だ。
深い考えも何もなく、本当にただ女好きなだけだった。
(うーん、こんな人がうっかり国王になっちゃったら大変そう……)
対抗馬がとんでもなさすぎて、ついイザーク王子を次期国王に推したくなってしまう。
(でも、イザーク王子が国王になりたい理由もまともだとは限らないしなぁ)
なにせ同じ両親から生まれた血の繋がった兄弟なのだ。
片方がこんななのだから、もう片方もどこかおかしい可能性がある。
(今度、聞いてみようかな。教えてもらえないかもしれないけど……)
ビスケットの最後の一口をお腹に収める。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。さあ、無事にプレゼントを1つ頂きましたので、早く王宮に帰りましょう」
「あーあ、本当はもっとデートしたかったんだけどな。まあ仕方ないか」
こうして無事に帰宅を許され、まったく楽しくないデートと言う名の拉致連れ回しはやっと終わりを迎えたのだった。
◇◇◇
王宮の部屋に戻ると、タマラさんが泣きながら部屋を飛び出していき、その後すぐにイザーク王子が血相を変えてやって来た。
「ラウラ!」
大声で名前を呼ばれ、少し怯む。
(ああ、ものすごく怒られるんだろうなぁ……)
悪いのは完全にアロイス王子だけど、私も迂闊だったところはある。
ここは大人しく怒られよう。そう覚悟したのだけれど……。
次の瞬間、イザーク王子はぎゅっと私を包み込むように抱きしめた。
「……よかった、心配した……」
「す、すみません……?」
ああ、そうか。
きっと魅了魔法(にかかっているという思い込み)のおかげで、怒りではなく心配の気持ちが強く出たのだろう。
イザーク王子が、まるで私を心から案じていたような顔をしているものだから、私もつい申し訳ない気持ちになってしまう。
「……どこにいたんだ?」
抱きしめたまま尋ねるイザーク王子に、私は事の経緯を説明した。
「兄上と……?」
「私が迂闊でした。イザーク王子が私を街に連れていってくださるはずないのだから、疑うべきだったのに……」
「……いや、街に連れていかないなんてことはないぞ」
イザーク王子がなぜかどうでもいいところで、もにょもにょと反論する。
「……とにかく、俺がもっと警戒すべきだった。まさかその日のうちに手を出してくるとは思わなかったんだ。大丈夫だったか? あいつに何もされていないか?」
そう尋ねられ、馬車の中での出来事を思い出した私は、思わず顔を赤くする。
そして反対にイザーク王子の顔には暗い影がさした。
「……
や、殺る……!?
それってまさか私のことじゃないですよね!?
魅了する側が魅了されてどうするんだ。秘密を知る奴は死ね。みたいな……。
私はイザーク王子のご機嫌を取るべく、アロイス王子とのデート(?)中に得た有益情報を提供する。
「あの! 実は朗報がありまして!」
「朗報?」
「はい、どうやらアロイス王子は玉座には興味がないようです。実はかくかくしかじかで──……ですから、アロイス王子を魅了する必要はなさそうです!」
最後のところは特に強調しておく。
アロイス王子の魅了という任務がなくなれば、あとはイザーク王子の思い込みを解消できれば完全にお役御免となって帰ることができる。
(どうかイザーク王子も納得してくれますように……)
「……分かった。兄上の魅了のことは、もう考えなくていい」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、お前は……俺のことだけ考えていればいい」
「分かりました。これからはイザーク王子にかかった魔法を解くことに集中しますね!」
アロイス王子の魅了はしなくていいとの言質をもらい、安堵の笑みが漏れる。
なぜかふいと目を逸らしてしまったイザーク王子に、私は全力集中することを誓ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます