第11話 ラウラ、お金が必要になる

 今日も朝からイザーク王子が会いに来た。


 どうも王子が言うには、朝から元気に挨拶をしてくる女性が嫌いらしいので、私はとびっきりの笑顔を向けて挨拶する。


「イザーク王子! おはようございます!」

「お、おはよう、ラウラ……」


 嫌いと言いながらも、ちゃんと挨拶を返すところが意外に礼儀正しい。

 でも、また口元を押さえているので、やはり不快感があるのだろう。


 こんなことをして何になる? と思われるかもしれないが、何事も積み重ねが大事だ。


 こうやって相手の嫌がることを毎日続けていけば、コップに溜まった水が最後の一滴で溢れてしまうように、ある日嫌悪感が爆発して、私を好きだという思い込みが消えてくれるかもしれない。


 それを信じてコツコツと頑張るのだ。


「そういえば、お前に新しい付き人を用意しようと思っている」

「新しい付き人?」


 私は監禁対象のはずなのに、イザーク王子は侍女としてタマラさんをつけてくださっている。

 まあ、きっと侍女という肩書きの監視員なのだと思うけど、タマラさんは本当に私によくしてくれるので、とても感謝している。


「私はタマラさんだけで十分ですけど……」


 そう言って遠慮する私に、イザーク王子が「タマラとは別の役割だ」と説明する。


「昨日は俺がいない間に出し抜かれたからな。これからは陰からお前を見守らせようと思っている。ちょうど暗器の扱いに長けた女騎士がいるんだ」


 イザーク王子がにやりと笑う。


 暗器が得物……?

 えっと、それってもう暗殺者ですよね……。

 つまり、もし私が逃げようとしてもその暗殺者が殺すぞ、という脅しだろうか。


 絶対に勘弁してほしい。


「イザーク王子、私は本当にタマラさんだけで大丈夫です。もう絶対に昨日みたいなことはしないようにしますから」

「だが……」

「お願いします。信じてください……」

「うっ……わ、分かった。では、とりあえず付き人はタマラだけにする。……だから涙を拭け」


 命の危機を感じ、涙目で懇願する私の勢いに負けたのか、イザーク王子は暗殺者の配置を諦めてくれた。


(よ、よかった……)


 命拾いしたことに安心して、ほっと溜め息をつく。

 すると、1つ大事なことを思い出した。


「……そういえば、イザーク王子に1つ確認してもいいですか?」

「なんだ?」


 本当はあまり聞きたくはないけれど、確かめないのも不安なので、嫌々ながらも確認してみる。


「アロ……第一王子の魅了はしなくてもいいことになったわけですが……」

「それがどうした?」

「ということはですね、事前に頂いた前金はお返ししないといけないということですよね……?」

「ああ、それは別に──」


 返事をしかけたイザーク王子が、途中で何かを考えるように口をつぐむ。


「……いや、やはり返金してもらう必要があるな」

「や、やっぱり……。あの、実はですね、返せるお金がちょっとないと言いますか……」


 しどろもどろになる私に、イザーク王子がフッと笑みを漏らした。


「なるほど。ならば、働いて稼ぐのはどうだ?」

「働いて稼ぐ……。たとえば、王宮のメイドの仕事とかですか?」

「まあ、それでも問題ないが、お前は魔女の弟子なのだろう? 魔法使いの仕事でなくてもいいのか?」


 イザーク王子が至極まっとうな質問をしてくるが、私はぶんぶんと大袈裟にかぶりを振る。


「いえいえいえ! 魔女の魔法はみだりに人前で使ってはならないので! それに私、こう見えて家事全般が得意です!」


 危ない危ない。魔法なんて使えないのに、魔法使いとして働けるわけがない。

 きっとメイドよりも魔法使いの仕事のほうがお給金も高いはずだけど、ここはたとえ低賃金だろうとも、自分の得意分野でコツコツ稼ぐべきだ。


「ぜひメイドとして働かせてください。掃除洗濯料理、何でもやります!」

「……そうか。なら、ちょうど人手が足りていないところがあるんだが」

「はい! やります!」

「助かる。さっそく明日から頼めるか?」

「もちろん! どちらのお仕事ですか?」


 バリバリ働いていっぱい稼ごう! と意気込んで尋ねると、イザーク王子はなぜか少し顔を赤らめて、ゴホンと咳払いした。


「俺の執務室だ」

「イザーク王子の執務室ですか?」

「ああ、そこで侍女として働いてくれ。……俺専属として」

「……はい?」



◇◇◇



(……これは俺の我儘ではなく正当な理由による職の紹介で不埒な思惑もなく様々な事情を考慮した結果の最善の選択なのであって云々──)


 俺は誰に言うでもない台詞を内心で一息に唱え、驚いた顔で固まったままのラウラをちらりと見る。

 俺がさっき、ラウラを俺専属の侍女にすると言ったら、こんな顔になってしまったのだ。


 そもそも、なぜそんな話になったかと言えば、ラウラの質問があったからだ。


 アロイス兄上の魅了は不要になったが、事前に受け取った前金は返さなければならないのか、と尋ねられた。

 初めは、返金のことなど気にしなくてよいと言おうと思ったが、途中で考えを改めた。


 やはり返金はしてもらわねばならない。

 それが世の常識であり、不要になった仕事の前金を返すのは人として当然の義務だからだ。

 決して、「何かしがらみを残しておいたほうが、ラウラとの繋がりを維持できるのでは?」と思ったからではない。


 さらに、ラウラが返せるお金がないと言ったときに、「働いて稼ぐのはどうだ?」と聞いてみたのも、それが合理的だと考えたからだ。

 決して、「王宮の仕事を紹介すれば、ラウラと長く一緒にいられるのでは?」と思ったからではない。


 最後に、俺の専属侍女に任命したのも、俺の目が届く場所で働くほうが、兄上などの下心を持った連中の接触も防げて安全だと思ったからだ。これは本当に本当だ。

 決して、「俺専属の侍女」というシチュエーションにときめいたからではない。そんな変態ではない。絶対違う。


(……ああ、明日からの仕事が楽しみだ)


 俺は、相変わらず目を白黒させているラウラを見つめながら、こっそり微笑んだ。

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