第8話 ラウラ、第一王子と出会う
監禁生活4日目。
今日も朝からめいっぱい着飾ってイザーク王子に披露した。
昨日、イザーク王子が帰った後すぐに新しいドレスが大量に届けられ、その中から気に入ったものを着てみたのだけれど。
王子はまた無言で口元を押さえていた。
不快すぎて吐き気を催したのかもしれない。やった!
「イザーク王子、桶が必要ですか?」
「桶……? いや不要だ」
気を利かせて桶の差し入れを申し出たけれど断られてしまった。
王子たるもの、人前で吐くのは憚られるのかもしれない。
今後は嫌悪を感じるものの、吐き気がするほどではない程度に微調整したほうがいいだろうかと考えていると、イザーク王子が何か言いたげにこちらを見ているのに気づいた。
どうしたのだろう。やっぱり桶が必要なのだろうか?
「イザーク王子、桶ですか?」
「なぜそんなに桶を勧める。……それよりラウラ、よければ今日は庭を散歩しないか?」
「庭を……? 外に出てもいいんですか?」
私は監禁されている身だ。
……まあ、こんな豪華な部屋で快適な暮らしをさせてもらって何を言っているのかという感じだけれど、一応部屋の外に出ることはしていなかった。
監禁からまだ一週間も経っていないのに、散歩なんてさせてもらっていいのだろうか。
「……俺が見張っていればいいことにする。健康のためにも、たまには外に出たほうがいいだろう」
「ありがとうございます!」
冷血王子と言われる人が罪人の健康を気にしてくれるなんて意外だが、ここは素直に提案を受け入れることにする。
監禁生活はとても快適ではあるけれど、こんなに何日も部屋に閉じこもっていると、さすがに外が恋しくてうずうずしていたのだ。
さっそく見張り役のイザーク王子と一緒に、王宮の庭へ散歩に繰り出す。
「わあ、さすが王宮の庭園ですね。とっても綺麗です」
「ああ、今はちょうど薔薇が見頃なんだ」
「薔薇にこんなに種類があるなんて知りませんでした!」
赤、白、黄、ピンクと色とりどりの薔薇が咲き乱れる庭園をイザーク王子と二人で歩く。
森に咲く野生の花々も綺麗だけれど、こうやって人の手で丹精込めて手入れされた花もまた別の美しさがある。
「……気に入った花があれば部屋に飾らせよう」
「えっ、こんな綺麗なお花、いいんですか?」
「ふん、そのくらい何てことない」
意外にも会話が弾み、外に出られた解放感もあって楽しく散歩していると、前方から誰かが歩いてくるのが見えた。
身なりの良い男性のようだけど、第二王子であるイザーク王子がいるのに立ち止まらないということは、まさか……。
「あれ、イザークが女の子を連れているなんて珍しいね。しかもすごく可愛いじゃないか」
「……兄上」
やっぱり、イザーク王子の兄である第一王子殿下だったようだ。
太陽の光を集めたような金髪と、アメジストのような紫色の瞳が印象的だ。
少し野性味のあるイザーク王子とは対照的に、王族らしい気品を感じる。
でも、女好きと聞いていたとおり、女性への態度は気安いみたいだ。
「こんにちは。僕は第一王子のアロイス。君はどちらのお嬢さんかな?」
「ええと……ラウラ・カシュナーと申します」
「ラウラちゃんか。カシュナーという家門は聞いた覚えがないけど……」
「……兄上、こいつに構わないでいただけますか」
私に興味を示したアロイス王子をイザーク王子が牽制する。
「どうして? 彼女はイザークの恋人だったりするの?」
「そうではありませんが……」
「なら、少し話したって何も問題ないだろう?」
「……っ」
まずい、イザーク王子がイライラしているようだ。
ピリピリとした雰囲気を感じ取った私は、すかさずフォローを入れる。
「あ、あの、私もお話したいのは山々なのですが、これから用事がありまして……」
「そっか、それなら仕方ないね。じゃあ、また今度お喋りしよう」
「ええ、また今度お会いできたら」
「分かった。じゃあまたね、ラウラちゃん」
アロイス王子は優しそうな笑顔を浮かべ、私たちに手を振りながら去っていった。
ここで兄弟喧嘩が始まらなくてよかった……。
私はほっと胸を撫で下ろして、イザーク王子に話しかける。
「ふう、偶然出会うなんてびっくりしましたね。それにしても、たしかに女性にモテそうなお顔でした」
まるでおとぎ話の王子様を具現化したようなきらきらしい容姿。あの見た目で女性にモテないわけがない。
「……お前もああいう顔が好みなのか」
「まあ、女性なら誰でも好きな顔だと思いますけど……」
イザーク王子とアロイス王子の見た目は正反対で、どちらも美しいことに変わりはないが、『王子様』という呼称が似合うのはアロイス王子のほうかもしれない。
イザーク王子は『王子様』というより『魔王』とか『覇王』みたいなイメージなのだ。
と言いつつ、私はアロイス王子よりもイザーク王子の見た目のほうが好みだけれど。
なんて不敬にも二人の王子の容姿について、あれこれ考えていたところで、ふとイザーク王子がずっと黙ったままなことに気がついた。
「イザーク王子、どうかしましたか? 急に黙り込んじゃいましたけど……」
「──いや、やっぱり庭を散歩なんてするんじゃなかった」
イザーク王子が不機嫌そうに顔をしかめる。
ああ、きっと嫌いなお兄さんに会ったせいだななんて思いかけて、私はハッとした。
(……もしかして、アロイス王子に私の顔が割れてしまったから……?)
よく考えたら、これから魅了を仕掛けようという私がイザーク王子と一緒にいるところを見られたのはまずかったのではないだろうか。
それに、名前も本名を名乗ったのは迂闊だった。
そのせいで、貴族じゃなさそうだと疑われていたようだったし、今後の作戦に支障が出る可能性がある。完全に思慮が足りていなかった。
「あの、さっきはうっかりアロイス王子と話してしまってすみませんでした」
「……あいつの名前を呼ぶな」
「すっ、すみません」
兄の名前すら聞きたくないなんて、お兄さんのことが相当嫌いなようだ。
「……もう帰るぞ」
結局、イザーク王子のその一言で、束の間の自由は終わりになったのだった。
◇◇◇
……兄にラウラを見られてしまった。
俺が散歩になんて誘ったせいだ。
今日のラウラの装いが思わず言葉を失うほど、あまりにも可愛らしかったから、つい外に連れ出したくなってしまったのだ。
薔薇の花咲く庭園で、花の妖精のようなラウラの姿を目に焼きつけたかった。
……あんなに愛らしいラウラを、女好きの兄上が放っておくはずがない。
決して手出しされないよう守らなくては。
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