第7話 ラウラ、作戦変更する

 監禁生活3日目。

 昨日、イザーク王子の好みのタイプを聞いて気づいたことがある。

 それは、私の格好が図らずもイザーク王子の好みドンピシャになってしまっていたということだ。


 そのこともあって、余計に魅了されたという思い込みが強くなってしまったのだろう。


 つまり、イザーク王子がときめかないようにするには、まず見た目を正反対に変える必要があるということ。


 だから、今日は今までとは違って思い切り着飾った姿をイザーク王子に見せつけるのだ。

 きっと好みのタイプとはかけ離れた私を見て目が覚めるはずだ。


(それにしても、とことん地味なタイプが好みだなんて意外すぎる)


 もっとゴージャス美女が好みなのかと思ったのに。

 でも、自分があれだけ人目を引く美形だから、相手には逆に落ち着いたタイプを求めたくなるのかもしれない。


「よし、さっそく侍女さんにお願いしなくちゃ」


 監禁初日に私のお世話役としてつけてもらった侍女のタマラさんに、メイクアップとドレスアップをやってもらうことにした。


「ラウラ様はお顔立ちがとっても整っていらっしゃるので、お化粧が映えると思いますよ」

「そ、そうですか? お洒落なんてしたことがなくてよく分からないので、全部タマラさんにお任せします。ものすごく可愛い感じにしてほしいです!」

「かしこまりました。素材がいいので腕が鳴ります。出来上がりを楽しみになさってください」

「はい、よろしくお願いします!」


 二時間後。鏡の前には、今までの小間使いラウラの姿とはかけ離れた、生粋の貴族令嬢としか思えない新ラウラが誕生していた。


「わあ! タマラさん、すごい!」

「ふふ、気に入っていただけましたか?」

「はい、もう完璧です!」

「きっとラウラ様の変身ぶりにイザーク殿下も驚かれると思いますよ」

「そうですか? それなら嬉しいです!」


 タマラさんのお墨付きをもらえて、私は内心でガッツポーズをした。

 これでイザーク王子が好む『素朴で、飾り気がなくて、化粧っけがない、地味な服装の女』要素はすべてなくなった。

 きっと失望するに違いない。


「タマラさん、せっかくなのでこの姿をイザーク王子にお見せしたいんですけど……」

「はい、ご都合を伺ってみますね」


 タマラさんがなぜか妙ににこにこして出掛けてから5分後。イザーク王子が部屋へとやって来た。

 思っていたよりだいぶ早い訪れに少し驚いたものの、さっそく盛り盛りに着飾った姿を見せつける。


「どうですか?」


 くるりと一回転してそう尋ねれば、イザーク王子は無言のまま私を凝視し続けた。


(ふふ、あまりのショックに絶句してるわ。これで魅了魔法は解けたと思うはず……)


 本人も驚きの大変身なのだ。

 私の元の姿を気に入っていただろうイザーク王子は、さぞやガッカリしたに違いない。


 イザーク王子は何かに耐えるかのように額を押さえたまま、しばらく固まっていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……これは、侍女にやってもらったのか?」

「はい、タマラさんがやってくれました」

「そうか……特別手当ボーナスを出そう」


 ん? 特別手当ボーナス


「……それと、お前は毎日こういう格好をしたほうがいいな」

「! 分かりました、そうします!」


 いきなり何の特別手当ボーナスかと思ったけど、きっと私の着飾った姿を見て魅了魔法が解けそうな気配を感じたのかもしれない。

 それで、功労者のタマラさんを労おうと思ったのだろう。


(どうやらこの作戦は上手くいったみたいね。よかったよかった!)


「……すぐに他のドレスも用意しよう」

「ありがとうございます! 私、毎日こうやってお洒落した姿をイザーク王子にお見せしますね!」

「ああ、楽しみにしている……」



◇◇◇



(……可愛すぎる。天使かと思った)


 ラウラの部屋から執務室へと戻りながら、俺は先ほどのラウラの姿を何度も思い返しては反すうしていた。


 急に侍女が執務室へやって来たときは何事かと思った。

 まさかラウラが逃げ出したのかと焦ったが、侍女が「ラウラ様がお洒落した姿をイザーク殿下にお見せしたいと仰っています」などと言い出すものだから、本当に驚いた。


 俺のために着飾っただと?


 そんなことを言われては、仕事などしている場合ではない。

 すべてを後回しにして、ラウラの部屋へと駆けつけた。


 そうして目にしたラウラの姿を、俺は一生忘れることはないだろう。

 彼女の背中に羽が生えていないのが不思議なくらいだった。

 心臓が一瞬にして高鳴るのを感じた。


 今までの着飾っていないラウラも素朴で可愛らしいが、お洒落をしたラウラは可憐さと美しさが同居していて、圧倒的な魅力を放っていた。


(……まずいな。ますます魅了魔法に嵌っているのを感じる……)


 もはや泥沼にハマっている気分だ。

 しかも、抵抗する気力がどんどん失われているのが一番恐ろしい。


 いや、でもこの魅力魔法を兄にかけることができれば、あっという間に身を持ち崩すことは確実だ。

 俺だからこの程度で済んでいるのであって、兄ならばすぐさま何もかもを差し出す羽目になるだろう。

 そうなれば玉座は俺のもの。


 ……だが、兄を魅了するのはまだ後回しにしてもいいだろう。


 なぜなら、今は俺にかかっている魅了を解かなくてはならない。

 ラウラは俺のことだけに集中すべきなのだから。

 

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