第6話 イザーク、重症化する
1日経ってようやく情緒が落ち着いた俺は、ラウラが朝食を終えた頃を見計らって部屋まで会いに行くことにした。
昨日は動揺が激しかったために一旦退却せざるを得なかったが、冷静さを取り戻した今、早めに対面して魅了を解かせたい。
俺は庭師に命じて用意させたスミレの花束を手土産に、ラウラの部屋の扉をノックする。
イザークだと名乗れば、鈴を転がすような可愛らしい声が俺の名前を復唱するのが聞こえた。
俺を出迎えようと慌ててこちらへ駆け寄ってくるのが分かり、思わず口元がゆるむ。
(くそっ、何をにやけているんだ……)
俺は慌てて口元を引き締め、厳めしい表情を作る。
チョロい王子だと思われるわけにはいかないし、なるべく凛々しい顔を見せておきたい。
(これは眉間に皺を寄せすぎか? 顎を上げるのは感じが悪そうだから、もう少し引くべきだろうか? ああ、髪型ももっとよく鏡を見てくればよかった。寝癖はついてないよな……)
そうこうしているうちに目の前の扉が開き、ラウラが姿を現した。
三度の食事とデザートを食べ、温かい風呂とベッドでゆっくり休んだためか、昨日よりも血色がよくて愛らしさが増している。
(ああ、やはり可憐なラウラにはスミレの花がよく似合うな)
スミレの花束を土産に持ってきた自分を褒めてやりたい。
(それにしても、この部屋は殺風景すぎるな……)
部屋の中を覗いてみたが、いかにも普通の貴賓室といった内装で、特別感が足りない。
急いで用意させたせいで、その辺がおざなりになってしまったのかもしれない。
ここはラウラの部屋なのだ。もっと部屋中を花で飾らせて、調度品もラウラが好みそうなものに変えさせなくては。流行りのデザイナーや一流の家具職人を呼んでラウラをイメージした家具を新たに作らせるのもいいかもしれない。デザインも使い勝手もラウラにぴったりのものを用意して、いつまでもここにいたくなるような居心地のいい部屋にしてやらないとな──……。
(……って違う! 俺はまた何を馬鹿なことを……)
さっさと魅了を解かせなければならないのに、長居させてどうする。
……どうやらまだ魅了魔法の威力は健在のようだ。一刻も早く解除させなくては。
ラウラも俺の訪問の目的を察していたようで、さっそく魔法を解くと申し出てきた。
やはり俺が疑っていたとおり、ウインクで魔法が発動してしまったらしく、もう一度同じようにラウラのウインクを見れば、魅了は解除されるはずだと言う。
俺は言われたとおり、ラウラの綺麗な瞳を正面から見つめ、彼女のウインクをしっかりと目に焼きつけた。
「イザーク王子、ご気分はいかがですか?」
ラウラの期待に満ちた声が聞こえる。
(気分か……気分はいいな)
何やら秘密めいた表情でウインクしたラウラは、驚くほど可愛かった。
こんなに愛らしいウインクは目の毒だ。心臓にも深刻なダメージを及ぼすのは必至だから、他の者に見させてはいけない。彼女には俺以外ウインク禁止令を出さなければ。
ぼうっとした頭でそんなことを考えていると、ラウラがわっと喜ぶ声が聞こえた。
「では、無事に魔法が解けたということですね?」
(そうなのか? 無事に魅了魔法が解けたのか……?)
未だぼんやりしながら、ラウラのほうを向く。
嬉しそうに笑顔を浮かべているラウラは、周りで星が瞬いているかのように輝いて見える。さらには色とりどりの花も咲き始め、蝶が舞い、小鳥が歌い出す──。
……ダメだ。こんな状態で、魔法が解けているわけがない。
おそらく、さらに魅了の効果が強まった気がする。
そうラウラに伝えると、彼女はとても驚いたようだった。
魔法を解けなかったことを謝罪されたが、俺はそれを責める気にはなれなかった。
それどころか、失敗して、どこか安堵している自分がいる。
(早く魅了を解かなければまずいのに、何をほっとしているんだ俺は……)
まさか、本心ではずっと魅了されたままでいたいのだろうか。
なんて厄介な魔法にかかってしまったのかと嘆いていると、ラウラがキラキラとした眼差しを俺に向けているのに気がついた。そして、とんでもない質問を投げかける。
「あの、イザーク王子の好きな女性のタイプを教えてください」
俺の好きな女性のタイプ!?
(そんなのを聞いてどうするつもりだ……?)
そう疑いつつも、なぜか口が勝手に動いてしまう。
「そ、素朴で、飾り気がなくて……化粧っけがないのもいいな。地味な服装をしているのがまた本人の魅力を引き立てていて良いと思う……」
──俺は何を言っているんだ。
なぜ目の前の彼女の印象を語っているんだ。しかも好ましげに。
魅了魔法の威力が止まるところを知らず、恐ろしすぎる……。
一方のラウラはといえば、いいことが聞けたとでもいうように満面の笑顔を浮かべて、俺に礼を言った。
「ありがとうございます! とても参考になりました!」
──ああ、可愛い。可愛すぎる。
もう可愛いという言葉しか出てこない。
なんて使いものにならない頭だ。これではまた退散するしかない。
「そ、そうか。ではまた」
そう言い残して、俺はラウラの部屋を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます