第5話 ラウラ、失敗する

 監禁生活2日目。

 私は栄養たっぷりの美味しい朝食を食べ終えた後、レースのカーテンがかかった窓辺に腰掛けて、朝の読書を楽しんでいた。


「それにしても、まさか監禁生活がこんなに快適だなんて……」


 捕縛されたときは、カビたパンに具無しスープが1日一食だけ出されて、固い寝台でペラペラの寝具にくるまって寝るような生活を覚悟していたけれど、それとは真逆の極楽生活だ。


 食事は朝昼夜に毎回美味しい料理が運ばれてくるし、温かいお風呂にゆっくり浸かって汚れと疲れを落とせたし、夜はふかふかベッドのあまりの気持ちよさに秒で眠りにつけてしまった。

 正直、こんな生活ができるなら、ずっと監禁されていたい気もする。


「……って、ダメダメ! こんな贅沢な暮らしに慣れちゃったらこの先大変だもの。それに、後から滞在費を請求されるかもしれない……。やっぱり、さっさと王子を何とかするしかないわ!」


 甘い考えを振り払って、やる気を出していると、ふいにノックの音が聞こえてきた。


「俺だ。イザークだ」

「イザーク王子ですか? お、お待ちください……」


 イザーク王子と会うのは、昨日のときめき発言の後に去られてしまって以来だ。

 いろんな意味で緊張してしまうが、イザーク王子はきっと早く魅了魔法を解いてほしくて、こうして朝からやって来たのだろう。


 すぐにドアへ駆け寄って出迎えると、イザーク王子は案の定、不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。でも、なぜかその両手にスミレの花束を抱えている。


「あの、イザーク王子、そのお花は……」

「……別に、大した意味はない。この部屋の花瓶にでも飾っておけ。急ごしらえで用意したせいで内装が殺風景だからな。王宮の部屋がこの程度だと思われては困る」


 イザーク王子は私に花束を押しつけ、早口でまくし立てながら、じろじろ室内に視線を巡らす。

 もしかして、私が部屋におかしな魔法をかけていないか警戒してるのだろうか。


(なんとなく疑り深そうな顔をしてるものね)


 見られても別に困ることはないので、放っておくことにする。


「お花、ありがとうございます。お部屋に飾らせていただきますね」

「う、うむ」

「それで……朝からここまでいらっしゃったのは、私に魔法を解かせるためですよね?」

「ああ、当然その通りだ」


 イザーク王子がうなずく。


「昨日はその……所用で中座せざるを得なかったが、さっそく今日解いてもらおうか」

「分かりました」


 どうやら、昨日逃げるように去っていったのは用事があったかららしい。

 おかげで落ち着いて考える時間ができたから助かったけれど。


(それじゃあ、さっそく『魔法を解いたフリ』といきますか!)


 私は厳かな感じでイザーク王子に話しかける。


「イザーク王子にかかってしまった魅了魔法ですが、王子が仰ったように、おそらく私のウインクで魅了が発動してしまったのでしょう。なので、もう一度ウインクして、今度は魅了を解除します」


 こうやって、説明と思わせておいて事前に暗示をかけておく。

 これで次にウインクを見せれば、イザーク王子は魅了魔法が解けたと思うはずだ。


「さあ、私の目をよく見ていてください」

「ああ」

「では、いきます──」


 パチン!


 何か不思議な力が宿っていそうな、渾身のウインクをお見舞いする。

 

 イザーク王子は、どこかぼうっとした表情で私の目を見つめたままだ。


「イザーク王子、ご気分はいかがですか?」

「……気分はいいな」

「! では、無事に魔法が解けたということですね?」


 やった、作戦大成功!

 これであとは、どうにかして第一王子を虜にできれば家に帰れる……!


 と、喜んでいたのも束の間、王子がぽつりと呟いた。


「……解けてない。それどころか、さらに魅了が強まった気がする」

「ええ……?」


 ど、どういうこと?

 絶対うまくいくと思ったのに……。思い込みが激しいタイプなのだろうか。


 とりあえず、想定外の事態に私も戸惑っているような感じを装う。


「うーん……もしかすると、思ったより強力にかかってしまったのかもしれません。別の方法を考える必要がありそうです。すぐに解けなくて申し訳ありません……」

「ま、まあ、仕方ないだろう。別の方法を試すしかないな」


 困り顔で謝罪すれば、王子は思いのほか簡単に許してくれた。


(意外に気が長くて良かった……。「お前を殺せば魔法も解けるはず」とか言われたらどうしようかと思っちゃった)


 それにしても、別の方法と言ってもどうすればいいのだろう。魔法を解いた風の演出は失敗してしまったから、今度は……。


(そうだわ! 私を見ても、ときめくどころか幻滅しちゃうようにしてみるのはどうだろう?)


 とにかくイザーク王子の好みとは正反対の見た目になって、やることなすこと見てられない感じに振る舞うのだ。

 そうすれば、イザーク王子も目が覚めるのではないだろうか。


 うん、これはイケる気がする!


 私は素晴らしい思いつきに気分を良くしながら、イザーク王子に問いかけた。


「あの、イザーク王子の好きな女性のタイプを教えてください」

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