第2話 ラウラ、牢屋に入れられる
「つ、捕まってしまった……」
ひんやりとした鉄格子を掴みながら、固い地面の上にへたり込む。
そう、私は地下牢に閉じ込められしまったのだった。
見るからに頑丈そうな鉄格子で、私の貧弱な細腕でこじ開けられるわけもない。
どんな鍵でも開けてしまえるような技を会得しているわけもなく、ここに収容されてしまった以上、もう逃げられない。詰み確定だ。
(もしかして、私が魔女の弟子だって嘘ついたのがバレちゃったのかな……?)
こんな風に牢屋に閉じ込められる理由なんて、それ以外には考えられない。
(うう……やっぱり王宮になんて来なければよかった……)
馬鹿正直に謝罪しようとなんてしなければよかったのだ。
元はと言えば、悪いのは前金を持ち逃げしたヴァネサだけで、私が代わりに謝る必要なんてなかった。私も気にせず逃げればよかったのだ。
冷血王子だって、まさか小間使いの私のことまで把握なんてしていなかっただろうから、もし指名手配されるとしても、ヴァネサだけだったはず。
それなのに、愚か者の私はこんなところまでのこのこやって来て、見事に捕まってしまった。
正直者が馬鹿を見るとは、まさにこのことだ。
──でも、ヴァネサには大きな恩があるから、彼女が捕まってしまうかもしれないと思ったら、いても立ってもいられなかったのだ。
……まあ、3日間悩みはしたけれど。
「はあ……牢屋になんて入れられちゃって、どうすればいいんだろう……。ヴァネサが助けに来てくれたりなんてしないよね……」
これから自分はどうなってしまうのかと暗澹たる気持ちでいると、鉄格子の向こうからコツコツと誰かの足音が聞こえた。
足音の主は私がいる牢屋の前でピタリと止まり、鉄格子ごしに侮蔑の言葉を投げかける。
「……ふん、大人しそうな顔をしながら恐ろしい女だ」
見上げれば、冷血王子が憎々しげに私を見下ろしていた。
その刺すような鋭い眼差しに、私は蛇に睨まれた蛙のように縮み上がってしまう。
「絶体絶命」の文字が頭をよぎった。
……ああ、神様。私はどうなってしまうのでしょうか。
この恐ろしい王子に拷問されてしまうのでしょうか?
それともギロチン行きですか……?
悲惨な行く末しか想像できず、恐ろしくてたまらなくなる。
安易にここまでやって来てしまったことを、本当に心の底から後悔した。
(ああ……短い一生だったな……)
もっと美味しいものもたくさん食べたかったし、街でお買い物をしたり、お洒落を楽しんだり、話題の劇を観たりもしたかった。
そこで素敵な人と出会ったりなんかして、お互いに惹かれあって恋をして、素敵なプロポーズをされて結婚して……。
こんなことにならなければ、明るく幸せな未来が待っていたかもしれないのに……。
じわりと滲んだ涙を手で拭えば、王子は忌々しそうに「……チッ」と舌打ちした。
そのまま王子は小さく頭を振って、私に背中を向ける。
「……お前の監禁場所を移す。あとで迎えが来るから待っていろ」
冷血王子はそう言い残して、地下牢を去っていってしまった。
(監禁場所を移す……?)
王子の言葉を反すうし、私は恐怖に震える。
まさか、ここ以上に酷い場所へ移されてしまうのだろうか。
もっとジメジメしていて、かび臭くて、
そしてよく分からない巨大装置を朝から晩まで延々と回転させられるような強制労働につかされるのかもしれない。
そんなの最悪だ。
食事はカビたパンと水だけでもいいから、謎の仕事と百足は勘弁してほしい。
半泣きになって祈っていると、鉄格子の前に、今度は眼鏡をかけた真面目そうな男の人が現れた。
兵士の人が「デニス様!」と言って敬礼してたので、どうやら彼はデニスさんという名前で、そこそこ偉い人物らしい。
デニスさんは、ポケットから鍵束を取り出すと、私が入っている牢屋の鍵をガチャリと開けた。
「さあ、これから新しい場所に移動するのでいらしてください」
罪人への態度にしては、穏やかで丁寧な物腰だ。
でも、私は騙されない。
これは油断を誘うための罠だ。
(……きっとこれから、さらに地下深くに作られた死刑囚用の牢屋に連れていかれるんだ……)
そうして、最低最悪の牢屋を覚悟しながら連れていかれた先は──……なぜか、とんでもなく広くて豪華で日当たりも良い素敵な部屋だった。
「あの……場所、間違ってません?」
「いいえ、たしかにここに連れてくるよう仰せつかりました」
恐る恐る尋ねる私に、デニスさんが眼鏡をクイっと上げて自信満々に答える。
えっ、間違ってないの……?
だって私は《監禁場所》に連れていかれるんじゃなかったの?
ここは謎の装置もないし、どう見ても愛らしい貴族令嬢やお姫様が住むようなお部屋なのですが……??
訳の分からない展開に盛大に混乱していると、背後からわざとらしい咳払いの音が聞こえてきた。
振り返って見てみると、そこにはさっき地下牢で別れたばかりの冷血王子その人がいた。
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