冷血王子が「お前の魅了魔法にかかった」と溺愛してきます 〜でも私、魔力ゼロのはずなんですけど〜

紫陽花

第1話 ラウラ、魔女の尻拭いをする

「で? 俺が仕事を頼んだのはお前のような小娘ではなく、森の魔女ヴァネサなのだが」


 突き刺さるような鋭い眼光を感じ、私は冷や汗をダラダラと流しながら必死で言い訳を考える。


 目の前の豪奢な椅子に腰掛けて私を見下ろしているのは、この国の第二王子イザーク・マクシム・ハルヴァート殿下だ。

 漆黒の髪に、ルビーのような赤い瞳。大変見目麗しいお方だと思うが、それより何より……。


(めちゃくちゃ怖いんですけど……!)


 腕組みをしてこちらを睨みつける様は、もう地獄の悪鬼としか思えない。

 巷で冷血王子と揶揄されているのも納得の恐ろしさだ。


(話せば分かってもらえると思った私が馬鹿だった……)


 私はのこのこと王宮まで来てしまったことを心の底から後悔した。


 そもそも、なぜ私がこうして冷血王子に問い質されているのかと言えば、遡ること一週間前──私の主人である森の魔女ヴァネサが冷血王子からの依頼を引き受けたことに始まる。


『女好きの兄、第一王子アロイスを魅了魔法で虜にせよ』


 それが冷血王子の依頼だった。

 日頃、怠惰な暮らしをしているヴァネサが引き受けるかは微妙なところだと思ったけれど、彼女は珍しく前向きで二つ返事で引き受けた。

 五百万ゴールドという多額の前金を条件にして。


 少し意外に思いつつも、こんな大金があればしばらくはお腹いっぱいお肉を食べられるかなぁ、なんてワクワクしていたのだけれど。

 なんとヴァネサは前金を持ったまま逃げてしまったのだ!


 テーブルの上に残された『なるようになる。がんばれ!』の書き置きを見たときは、膝から崩れ落ちてしまった。


 王子の依頼を受けて多額の前金まで貰っておきながら、それを持ち逃げするなんて信じられない。残されたほうの身にもなってほしい。


 いつもは前金でこんな大金なんて要求しないのに、それを言い出した時点でおかしいと思うべきだった。今さらそんなことを言っても、もう遅いけれど……。


 とんでもない事態に陥って三日三晩悩んだ私は、四日目の朝に決意した。


『だめだ、直接謝りに行くしかない……!』


 さすがに五百万ゴールドなんて大金、黙って持ち逃げするわけにはいかない。

 しかも王族から頂いたお金なのだ。騎士総動員で追いかけられ、早晩捕まってしまうに決まっている。

 そうすれば詐欺犯として牢屋行きだ。


 ここは正直に白状して謝ったほうが、かえって情けをかけてもらえる気がする。


 そうだ。頂いた前金は、即返金はできないけれど、少しずつ返済すると約束して誠心誠意謝れば、きっと許してもらえるはず。

 人間、顔を合わせて目を見て話せば、きっと分かり合える──……。




(ええ、そう思っていたときが、私にもありました……)


 今ではそんな考えなんて捨てて、ひたすら逃げろとしか思わないけれど……。


 私は、まるで血に飢えた魔剣のように鋭利な視線から目を逸らしつつ、ごくりと唾を飲み込む。


(何なの、この『俺に逆らう者は全員殺す』みたいな目は……!?)


 冷血王子の名は伊達じゃない。

 本当のことを言ったら確実に、処刑台行き待ったなしだ。


(どうしよう、本当にどうしよう……!?)


 死の恐怖を間近に感じて、私の頭はおかしくなったのかもしれない。

 これまでおおむね真面目に生きてきた私の口から、とんでもない大嘘が飛び出してきた。


「ごっ、ご安心ください、実は私は魔女の弟子なんです」


《魔女の弟子》なんて、デマカセもいいところだ。

 だって私は、ヴァネサの家で小間使いとして働いているだけの、魔力なんて欠片も持ち合わせていない平々凡々な娘でしかないのだから。


 勝手に出てきた嘘に自分で驚きながらも、私の口は止まらない。


「ヴァネサは前の仕事が長引いてしまって、あと1年は帰れないため、私が代理で参りました。ヴァネサの代わりに弟子である私ラウラが任務を果たします」


 こうなったらもう、色仕掛けでもなんでもして仕事を片付けるしかない。

 そうすれば前金を返す必要はないし、報酬を貰って帰ることができる。


 そう、『なるようになる』だ。……色仕掛けなんてしたことないけど。


 おかしくなった頭のまま、おかしな決断を下した私だったが、冷血王子は一応納得したのか、「分かった」と頷いた。


 とりあえず処刑は回避できたみたいでよかった……と安心したのも束の間、王子が嫌な質問を繰り出してきた。


「ところで、魅了魔法はどうやって使うんだ?」


(そんなの知るわけないじゃない……!)


 心の中で叫びつつ、平静を装わなければならない私は、いかにも余裕のありそうな微笑みを浮かべた。


「ふふっ、それは秘密です!」


 おまけにウインクも追加して誤魔化してみる。


 すると、冷血王子は急に目を見開いてうつむいてしまった。

 よく分からないけれど、話はもう終わりということなのかもしれない。


 そう考えた私は、王子に一礼し、さっそく魅了のお仕事に出かけようと踵を返したのだけれど……。


「──待て」


 冷血王子が張りのある声で私を呼び止めた。そして──。


「おい、その者を捕まえて閉じ込めておけ」


(なっ、なんで!?)


 冷血王子の命令の下、私は捕縛されてしまったのだった。

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