第3話 ラウラ、ありえない事態になる

 王子が現れた途端、デニスさんは入れ替わりに部屋を出て行ってしまった。


(ちょ、ちょっと……! この冷血王子と二人きりなんて怖すぎるんですけど!)


 仔羊と狼を一緒の場所に閉じ込めたらどうなるかなんて、子供でも知ってる常識だ。


 無情にも閉められてしまった扉を呆然と見つめた後、恐る恐る王子のほうに顔を向ければ、こちらを恨めしそうに睨む王子と目が合った。


「……お前、やってくれたな」


 底冷えするような恐ろしい声音が二人きりの部屋に響く。

 やっぱり私が魔女の弟子を騙ったと気づいているのだ。


 私は少しでも死の危険から逃れるため、故意に嘘をついたわけではなかったことを強調する。


「す、すみません……! あれはついうっかり、アクシデントと言いますか……」

「……アクシデントだと?」

「は、はい! 決して悪意など──」


 情状酌量を目指し、両手をぎゅっと握りしめ、頑張って瞬きをせずに浮かべた涙を一筋流してみたとき。

 なぜか冷血王子は顔を真っ赤にして、私をキッと睨みつけた。


「お前はまたそうやって……!」

「……っ!」


 嘘泣きだとバレてしまったのだろうかとびくりと肩を震わせる私に、王子が叫ぶ。


「お前が俺に魅了魔法をかけたのは、ただのアクシデントだったと言うのか!?」


 一瞬、時が止まったかと思った。

 それくらい、王子の言葉は衝撃的だった。

 

(ええっ!? 私が王子に魅了魔法を!? どうしてそんなことに……!)


 私が王子に魅了魔法をかけただなんて、絶対にありえない。

 だって私はただの小間使いで、魔力なんて全く持ち合わせていないのだから。


 魔力がないのに魔法を使えるわけがない。

 百パーセント、ありえない。


 ……それなのに、なぜか自分が魅了魔法にかかったと思い込んでいるらしい冷血王子は、私に次から次へと質問を浴びせてくる。


「お前は俺にウインクをしただろう。あれが魅了の魔法だな?」

「まさか、違います」

「俺を魅了で操って利益を得ようとしたのではないか?」

「誓ってそんなことはありません」

「お前の名前と年齢を教えろ」

「ラウラ・カシュナー、18歳です」

「好きな食べ物と好きな色と好きな花は?」

「ハムのステーキと黄色とスミレの花が好きです」


 なんだか最後の質問だけおかしかった気がするけど、ひとまず置いておこう。

 そんなことより、まず私が魅了魔法を使ったという誤解を解かなくては。


「あの、王子……」

「イザークだ」

「? えと、イザーク王子、誤解なんです」

「誤解?」

「はい、私はイザーク王子に魅了魔法なんてかけていないんです」


 王子の言っていることは事実無根の冤罪、濡れ衣であると、きっぱりはっきり主張する。

 ……でも、魔力がないから魔法が使えないということは、怖くて言い出せない。


 だって魔法が使えないのに、それを偽って王子からの仕事を受けただなんて、確実に詐欺罪にあたる。

 貰った前金もなくなっているし、許してもらえるわけがない。

 魔法が使えないことは絶対に隠さなければ──。


「……イザーク王子は、なぜ私が魅了魔法をかけたと思われているのですか?」


 私はそもそもの疑問をぶつけてみた。

 魅了魔法なんて絶対にかけていないし、かけられるわけがないのに、どうして王子は自分に魅了魔法がかけられただなんて思ったのだろう。


 訳が分からず首を傾げていると、王子が何かを呟く声が聞こえた。


「…………からだ」

「えっ、今何て?」


 聞き直す私を、イザーク王子がキッと睨みつける。

 そして、なぜか頬を染めながらやけくそ気味に叫んだ。



「お前を見ると、ときめいてしまうからだっ!」



「へっ……? ときめき……?」



 思わずぽかんとしたままイザーク王子を見つめれば、王子はさっと目を逸らして早口でまくしたてた。


「……っ! お、お前がうっかり魔法をかけてしまったことは許してやろう。だが、必ず魅了を解け。絶対だぞ、分かったな……!」


 そうして、そのまま扉を乱暴に開けて部屋を出て行ってしまった。



「い、今の何……??」



 開け放たれた扉を見つめながら、ぽつりと呟く。


(……王子が私に、ときめき? そんなこと、ある?)


 いろいろと衝撃的すぎて体が固まって動かない。

 魔法を解けと言いながら去ってしまうのも意味不明だ。


(あれ、私って、もしかして本当に魅了魔法が使えるのかな?)


 イザーク王子はウインクが魅了の魔法だろうと言っていた。


 もしかすると、今まで気づかなかっただけで、いつのまにか私にも魔力が備わって魔法が使えるようになったとか……?


 ちょっとだけワクワクしながら、試しに部屋の扉の脇にいた騎士の人にウインクをしてみたけれど、戸惑ったように会釈を返されるだけだった。


(そうだよね、分かってた。私に魅了魔法なんて使えるわけないよね……)


 余計な期待をして、無駄に落ち込んでしまった。

 ……けれど、やっぱり私には魔法なんて使えないことが分かった。


 つまり、イザーク王子は思い込みによる暗示にかかってしまったのではないだろうか。


 彼は私が魔女の弟子で、魅了の魔法が使えるのだと信じたはずだ。

 だから、私がうっかりウインクなんてしてしまったせいで、「魔法を発動したのでは?」と疑い、自分が魅了の魔法にかけられたと思い込んでしまった。

 そして、私を見るとまるで恋するようにときめいてしまうようになった……。


 うん、我ながら、いい線行ってるのではないだろうか。


 要は "魔法を解く" のではなく、"思い込みをなくす"、または逆に "魔法は解けたと思い込ませれば" いいのだ。


 どちらかと言ったら、魔法が解けたと思い込ませるほうが簡単そうだ。


(よし、さっそく次に会ったらやってみよう!)

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