第2話 剣神


 エネルギー全開のデビリアと対峙するフラム。


 黄金の鞘からわずかに剣を抜くと、刀身から光が漏れ出し、周囲を照らす。照らされた衛兵達はあれほどに恐ろしかったデビリアのプレッシャーを感じ無くなった。

 勇気が、力が湧いてくる。


 相対する大悪魔と軍勢。きっかけさえあれば何時でも破裂するような緊張感の中。


 男は動いた。


「おい、待て」


 デビリアの肩に手が置かれる。手の持ち主は当然、クルスだ。


「はぁ...何よ?」


 水を刺され、気の抜けた顔でクルスを睨むデビリア。


「何?じゃない。状況が飲み込めん、説明しろ」


 クルスからすれば、街に訪れた理由はこの場所が何処か聞くためである。ところが、何故か衛兵の集団との戦闘が始まろうとしている。


「さっき言ったでしょ。魔王様を取り戻しに来たの。正確には封印の鍵がこの街にあるわ」


「それなら最初からそう言えばいいだろう?

 なぜ騙すような真似を─いや、そういう事か。」


「説明してしい?」


「遠慮させてもらおう。いい加減欲を狙うのはやめろ」


「悪魔にそれは無理よ」


 カラカラと楽しそうな笑い声が響く。


「それじゃあ仕方ないな、向こうの奴と一緒にお前を殺す事にしよう」


「すみません。もう二度としません」


 五体投地、美しい所作で土下座が敢行された。

 クルスはため息を吐く。


(コイツと会ってからため息の回数が増えたな...)


 その様子を見ていたフラムが問いかける。


「...仲間ではないのですか?」


 男の方は気配からして人間だ。しかし、大悪魔に土下座をさせる程の存在となると、魔王ぐらいしか思いつかない。


(まさか、いつの間にか復活を...しかし、魔王を取り戻すと言っていましたね。肉体は復活していないと言うことでしょうか)


 嫌な予感から、剣を持つ手からじっとりと汗が出てくる。

 しかし、それを振り払うように強く握りなおした。


「知りたいの?」


「えぇ、その男が哀れな一般人ならば助けないといけません」


 知りたいの?という言葉に警戒する衛兵達だが、デビリアは欲を食べる事は出来ない。

 これはひとえにフラムの持つ剣の力である。


 "宝剣フラム"


 所有者本人の名を持つ宝剣。

 勇者と共に歩んだ旅において、伝説の金属を名工が鍛えて作り上げた逸品。

 剣としての比類なき優秀さは勿論、その刀身から溢れる光は、精神攻撃を無効化する力を持つ。

 先程衛兵の恐怖を落ち着かせたのもこの力である。


 剣神と呼ばれるだけあって、剣の腕は勇者以上の神業。その上、掠め手による封殺も不可能。

 明確な相性の悪さ。


 デビリアは魔王存命中、何度もこの男に辛酸を舐めさせられている。


「この男は...共に魔王様復活を目指す同士よ。この男がいれば、あなた達勇者の一行にも負けない」


(勇者の一行...強いのか?)


 魔王では無いようだ、とホッとしているフラムに気付かず。二名は話を続けている。


「とにかく、魔王様の封印を解く鍵の一つがこの都市にあるわ」


「そうか、歓迎されてないようだが」


 チラリと都市を守るように立つ衛兵達を見るクルス。


「片付けてやろうか?」


 提案するクルスだったが、デビリアは首を振る。


「この男だけは私に相手させてちょうだい」


 そう言って再びエネルギーを全開にし、殺気を向けるデビリア。


「──分かった」


 少し残念そうに呟くクルスはトボトボと離れて行き、座り込んだ。

 剣神という言葉にワクワクしてた事は誰にも気づかれなかったようだ。


「いいのですか。彼と協力しないで」


「邪魔されたくないからよ。私の復讐を」


 フラムは好機を得たと内心笑みを浮かべる。

 対等以上に話している様子から男も実力者なのだろう。

 しかし、デビリアだけならば魔王討伐の旅の最中、1対1でも何度も退けた事がある。


(魔王復活を目的として活動しだした以上、ここで倒しておかなければ)


 デビリアを倒してしまえば、相手は人間1人。

 説得は出来るはずだ。


 相性が良い自身だけでなく複数の兵がいる今なら、出来るという確信がフラムにはあった。


 そんな内心を知らず、気炎万丈にデビリアは吠える。


「魔王様復活の狼煙よ!派手に燃えなさい!」


「きますよ!総員構え!」


 攻撃に備え、衛兵達が武器を構える。



 先に動いたのはデビリア


 手を前に出すと、炎がハート型に形成され大きくなっていく。

 やがて、デビリアの三倍程の高さまで大きくなると、弾けた。


 小さいハートの炎が集団に襲いかかる。

 高速で飛んでくるソレらを避けるのは常人には手間だろう。


 が、その集団には剣神がいる。



「なんの!」


 フラムは剣から出した衝撃波で、炎のほとんどをかき消す。漏れたいくつかは盾を持った兵が対処。

 集団にダメージは無い。


 しかし、所詮は牽制。炎に対処する一瞬の隙をつくように、デビリアが集団に突撃する。


 ガキィン!!


 硬質な音が響き、フラムの剣とデビリアの爪がぶつかる。


「アンタだけは必ず私が殺す!ハァッ!」


 両手で剣を持つフラムと違い、デビリアの片手は塞がっていない。空いた手で顔を潰しにかかる。


 ─させねぇっ!


 二名のいる場所が爆発する。兵による支援攻撃の炸裂。


 爆発によって発生した煙から、少し服が焦げ付いたデビリアが飛び出す。


「チッ!」


 飛び出した所をすかさず衛兵達が集中砲火。


 ─そこだ!


 ─狙え!


 光線、火柱、爆発、雷撃。


 自慢の翼による機動力を活かし、縦横無尽に避けるデビリアに、今度はフラムが突撃した。

 爆発の中心にいたはずの男に傷はひとつもない。


「むんっ!せいやぁああ!」

「ぐっ...」


 繰り出される斬撃をなんとか凌ぐデビリア。


(離れる隙がない...!)


 だが、そこに再び支援攻撃が襲いかかる。


「撃て!」


 大筒を抱えた衛兵が発射したのは網状の物体。


 フラムの攻撃を避けるのに必死なデビリアは広がる網を避けきる事は出来なかった。


「ハッ!?ぐぅううううっ!」


 網に込められた力は魔を払う聖なる力。

 デビリアの体からシュウシュウと煙があがり、痛みに悲鳴をあげる。


 網状が故に捕まったらお終い。


 やった!


 衛兵がそう考えた時。


「伏せろ!」


「あ"あ"ぁぁア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」


 デビリアを中心に大きなエネルギーの衝撃波が広がる。

 近くに居たフラムはすぐさま距離を取るが、反応が遅れた衛兵の何人かが吹き飛ばされ、気絶してしまう。


「ウザったいわね!邪魔するんじゃない!」


 影に溶けるように消えるデビリア。


「まずい!私の近くに固まりなさい!」


 影からの奇襲はデビリアの最も得意とする戦法。

 何度も戦いそれを知るフラムは死角を無くすために衛兵を集める。


「警戒を怠らないでください、どこから来るか分かりませんよ...」


「そうね」


『!?』


 下からっ!!


 デビリアの作り出した影に十数人の衛兵が飲み込まれた。


「ふんっ!」


 フラムは咄嗟に地面を足で踏み砕き、地面を隆起させて衛兵を空中へ打ち上げた勢いのまま自身も範囲外へ跳躍する。


 クルクルと回転した後着地したフラムが残った衛兵を集めて周りを警戒する。



「ずいぶん減ったわねぇ」


 スっと影からデビリアが出てくる。

 欲を食べたのか、先程ついた傷は塞がってしまったようだ。


「全く、彼らは入りたての新兵だと言うのに。遠慮なく攻撃してくれますね」


 欲を食べて機嫌が良くなったのか、先程までの刺すような圧が少し軽くなったため、フラムは体力回復の時間稼ぎを狙い、話しかける。


「殺してないんだから、感謝して欲しいぐらいだわ」


 そんな事より、とデビリアは言葉を続ける。


「新兵達は可愛そうね。こんな早くに、上司を失うんだから!」


 ダンっ!と先程のフラムを真似するかのように足を叩きつけ、地面を砕くデビリア。フラムより遥かに大きな衝撃波をもって地面を砕いた後、手のひらを振って挑発をする。


 これにフラムは思う事があったのか首を振る。


「もう一人の彼のため、力を温存していましたが....ここまで挑発されて本気で相手しないのは剣神の名が泣きます」


 いいでしょうと、エネルギーを全開にするフラム。

 そう来なくっちゃと、デビリアが笑みを鋭くする。


 二人の姿が掻き消え、目にも止まらなぬ速度で何度もぶつかる影と光。


 二名から漏れ出したエネルギーが、僅かながら火花を発している。





 決着は近い。



 ただの傍観者となったクルスはそう考えた。







 〜〜〜〜〜




 さて、どうしようか。


 実の所、私にそんな余裕は無い。


 気絶した兵たちは選りすぐりの部下で、辛うじて残っているが戦意を失っているのは、その中でも精鋭に入る者たち。


 力の温存などありえない。


 最初から全力全開でこの"大悪魔"を殺しにいった。


 何度目かも分からないぶつかり合い。

 僅かに押され、僅かに押し返し。


 魔王討伐後、潜伏している間にこれ程までに力を付けているとは。


(フルーシェ。他の方達と一緒に気絶した兵を救護し、アゼルに救援を求めてください)


(で、ですがフラム様お独りで大丈夫なのですか!?)


(なるべく食い止めます。出来るだけ早くお願いしますね)



 一瞬の膠着の間に、アイコンタクトで兵達を下がらせる。


 ふう...


 魔王軍と戦っていた時でさえ、ここまでの緊張感は無かっただろう。

 自身を超える敵との全力の死闘、相手には後ろの味方がいる。そして私に頼りになる仲間はいない。


 だが、


「これを超えずして何が剣神─」


「かかってらっしゃい!」



 長期戦では間違いなくあちらに分があるだろう。


 悪魔の気まぐれによってなんとか戦いが成立している戦場。いつ男の気が変わって一対二になるかも分からない。


 機動力もあちらが上、逃げることは出来ない。何より守るべきものが後ろにある。

 目の前の悪魔を打ち倒さなければ、民の、地上の安寧は有り得ない。

 私と勇者以外ではこの悪魔の相手をするのは無理だ。



 ─やるしかない。


 自身の全てをかけた一撃での短期決戦。

 そこに活路はある。


 行くぞ、大悪魔デビリア。




「受けてみなさい。我が必殺・・の奥義!─」



【ひっさつ...?】



 っ!これは...っ!






 〜〜〜〜〜




(ひっさつ───必殺と言ったのかあの男は)







 強いなと素直に関心した。


 デビリアは間違いなく大悪魔たる力を見せつけている。


 そして、それでも崩れぬあの男。


 剣神、勇者一行の一員。

 まさしく、俺が憧れたおとぎ話の英雄そのもの。


(8回...いや、9回か)


 一呼吸の間に九つの斬撃を放つフラム。流れるような剣さばきだ。

 剣の使い方などまるきり知らないが、それでも美しいと思える。

 ひとつひとつが相手を殺傷せしめる斬撃の軌跡、それがなぜこうも美しい。



 涙


 俺は泣いていた。


 涙が止まらない。


 どこか諦めのような感情が入っていたここ数年の修行。


 俺の中で大きく膨れ上がった魔王という存在は、必殺技の完成をむしろ遅くさせた。


 だが無駄では無かった。


 あの時間は無駄ではなかった。


 それを教えてくれた剣神に感謝を伝えよう。


 決着が着く前に。




 と、思っていたのだが






 その言葉だけは






 譲れない。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る