第1話 悪魔
バキバキッガサガサッ
音を立てて、木の群れに影が突っ込んで行く。
いくつもの木々をへし折りながら減速し、やがて地面に滑るように着地した。
土煙の中で影が立ち上がる。
「上手く着地出来たか...ここは何処だ?」
「───」
パッパっと服に着いた土を払い落とし、赤い髪の女悪魔を抱えた男が周りを見る。
「おい、起きろ...はぁ...」
女悪魔に声をかけるが、目を回しているようで返事は無い。
男は─ルクスは仕方なく、女悪魔─デビリアの目が覚めるまでゆっくりできる場所を探すことにした。
「本当に魔王軍幹部なのかコイツ?」
目を回したデビリアを再びチラリと見て嘆息し、森を進む。
山篭りでこういった道には慣れている。ズンズンと進むルクスの足取りに迷いは無い。
〜〜〜〜〜
「道には迷ったがな」
「よく偉そうにできるわね...」
現在地は不明、目的地も不明。それで進めというのが土台無理な話である。
倒木に座り、気絶から目覚めたデビリアに全く悪びれずにそう告げたクルス。
ひとしきりデビリアが喚いた後、落ち着いた様子を見てクルスはまた口を開いた。
「それで、ここは何処か分かるか?」
クルスの言葉に、デビリアは周りを見回す。
「はぁ...もういいわ、ちょっと確認してくる」
そう言うと翼を広げ飛翔するデビリア。
木の間をするりと抜け、あっという間に上空へとたどり着く。
キョロキョロと周りを見回すと、ある一点で目が止まる。
(あそこは..)
再び木々の間を抜け、降り立ち。クルスの方へとスタスタと歩いてくる。
「高い所から見回す考えは無かったな─どうだった?」
「魔王城の近くじゃない事は分かったわ。東に街があったからそっちに抜けましょ♪」
肩を竦めながら答えるデビリア。
するとクルスはじっとデビリアの顔を見つめる。
「どうしたの私の顔じっと見て─ハッ!」
少し考える素振りを見せて何かを思いついたデビリア。
「フフ〜ン?年相応に性欲でも湧いたのかしら?食べてあげるわよ♪」
私の魅力って罪だわ〜。
と体をくねらせるデビリアを無視して、口を開くクルス。
「かなり速いと思ってな」
「無視しないでくれる?それに当たり前じゃない!私を誰だと思ってるの!魔王軍幹部にして大悪魔!デビリア様よ!」
芝居がかった口調とジェスチャーを交えながら饒舌に語り、敬えオーラを全開にするデビリア。
クルスは既に森の奥に歩き始めていた。
「─待ちなさいよ!」
デビリアは顔を真っ赤にして、追いかけるのだった。
〜〜〜〜〜
「どうして歩いているの?」
後ろをふよふよと飛びながら着いてくるデビリアにクルスは軽く目線をやる。
「さっきのような博打が出来ないなら、移動する方法はこれしか知らないからな」
「私が運んであげましょうか♪」
ニヤリと笑う悪魔。
「断る」
「どうして?親切心から出た施しというものは素直に受け取るべきよ♪おばあちゃんに教えられなかった?」
「俺の祖母は、無償の親切ほど怖いものは無いと教えてくれた。怖い悪魔に食べられてしまうそうだ」
「あら怖い。でも、悪魔の前で楽をしようなんて考える方が悪いのよ。悪い子には躾が必要じゃない?それもまた親切心よ♪」
「それは親切心ではなく加虐心だ。悪い子代表」
「フフフッ。そうよ私は悪い子、悪魔の子♪」
キヒヒと笑い、唄うように喋るデビリアに、ルクスは嘆息する。
姿相応に感情を見せたかと思えば、悪魔らしいじっとりとした嫌らしさを見せる。
それに先程の事だが、速さ程度でルクスが驚くはずもない。
(空から戻ってくる直前、明らかに空気が張り詰めるのを感じた)
出会った時よりも遥かに重いエネルギーの圧。
直ぐに霧散したが、あれが大悪魔としての姿なのか。
どれがデビリアの本性か、改めて油断は出来ない。と気を引き締める。
欲すれば奪われる。
交わす言葉は最小限。勝負の決着は短時間。
悪魔と関わる時の基本である。
(倒すだけなら楽なんだが...本当に面倒くさい)
無言で振り返り、また歩き始めるクルス。その後ろをまたデビリアが着いて行く。
「随分ゆっくり移動するのね」
「目を離したらどうなるか分からないからな。変な事はするなよ」
鋭い目でデビリアを睨むクルス。
「はいはい、ところで私と戦った時のアレなんだけど」
「教えるわけにはいかないな」
「もうっ!ケチね!」
〜〜〜〜〜
その後、必殺技について聞き出そうとするデビリアとクルスの攻防が続きながら。二名は森を進んでいた。
ザワッ
「むっ」
「あら?」
─森がざわめく
─狂気が振りまかれる
クスクス
ケラケラ
森の中に笑い声が響き渡る。
「これは...分かるか?」
「"
「モンスターか、じゃあ殺しても構わないな?」
「ええ、魔物とは別だもの」
興味無さげにデビリアがつぶやく。
魔物と
それは知能であったり、死体が残るかどうかであったりするが。
大きな違いは─
等しく生者の敵であるという事。
「じゃあ、片付けてくる」
「アレは使わないの?」
「ここら一体を更地にして欲しいのか?」
呆れるようにそう言って声の元へ行くクルスをデビリアも同じく呆れて見ていた。
(アイツそんなもの私に使おうとしてたの?...)
奥に進むほど声は大きくなっていく。
「これが幻覚か...」
声に比例し、目の前が狂気の森に染まる。
一歩踏み出せば、沼に足が沈んだ。
慌てて戻れば、血溜まりに足を救われる。
鼻をつく酷い腐臭に目を向ければ、人間の生首が並んでこちらを見ている。
ウゾウゾと足元を虫たちが這いずり回る。
空からは黒い雨が降る。
ケラケラと笑う生首。
クスクスと笑う虫達。
沼から手が伸びる
血溜まりから足が広がる
やがて首元に蔦が絡まってくる。
「だが、それがどうした」
クルスの全身が輝き出す。
所詮は幻覚。
いや、幻覚でなくともこの程度障害になりはしない。
「『Kill木切る』」
クルスが合わせた手の平から高出力のエネルギーが放出される。
手を広げるとその間には糸状の細さながらも、高速で前後に動くエネルギーが何本も見える。
肩ごとグルグルと回していく度に、どんどん広がっていく糸状のエネルギー。
ある程度の長さになると、クルスはそれを放り投げた。
「フンッ!!」
そして地面に着きそうな位置ですぐさま広げたエネルギーを収縮させる。
ギャリギャリギャリッ
音を立てながら木々を切断して、クルスの元に収縮していくエネルギー。
これに慌てたのは狂木達。
しかし360度囲まれており、上下に移動のできない彼らの逃げ場は無い。
笑い声は悲鳴に代わり
後には倒れた木だけが残った。
〜〜〜〜〜
狂木達を倒し、ついに森を抜けたクルス達。
その目の前には大きな都市が現れた。
「街じゃなかったのか?」
「あら、そう言ったかしら♪」
二名の目の前には衛兵の集団。
そして、明らかに纏うオーラの違う男が一人。
「こんな所になんの用ですか─大悪魔デビリア」
白銀の鎧を身に着け。腰には黄金の意匠が施された剣を身につけている。
クルスより一回り大きいその偉丈夫は、軽い口調ながらも警戒心を最大にしてこちらを睨んでいる。
傍から見れば二対多
しかし、対峙する二名に恐れの色は全くない。
衛兵が吐き気を覚えるほどの濃密なエネルギーを全開にして、近づいてくる化け物。
「勿論、魔王様を取り戻しに来たわ─剣神"フラム"」
その顔に一切の笑みはなく。
人を惑わすような嫌らしさもなく。
ただ純粋な怒りと殺意に顔を歪ませる"悪魔"がそこにいた。
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