必殺技を開発したが、ぶつける相手がいない

ミトコンドリア大王

プロローグ


 とある山中にて


 まるで巨大な隕石が衝突したかのようなクレーターの中心にその男はいた。

 歳は20代後半、薄汚れた服から覗く体はがっしりと引き締まっており、その者が持つ力強さを隆起した筋肉が現している。

 腰に握り拳を作るガッツポーズ姿勢で、直立不動のまま男は滝のような涙を流していた。


「ついに...」


 男から低い声が漏れる。


「ついに完成したぞ───必殺技が」


 少年の頃より憧れた。必殺技で敵を倒す英雄の物語。

 血のにじむような鍛錬、理論の構築を繰り返す事、苦節二十年。

 必ず殺す技・・・・・、その名に恥じぬものを作り出せたと実感した男の心は、今まさに天にも登ろうかというほど心地のよい達成感に溢れていた。


 再度拳をグッと強く握り込む。

 肉体が発する熱量が、涙を蒸発させた。


「行くべきは1つ。待っていろ、魔王」


 数年前、山篭りの修行中に襲ってきた異形達が口にした主の名。これを撃退し、日用品を揃えるために街へ降りた時に人々の話に耳を傾けてみると、どうやら人類は魔王と呼ばれる外敵に侵略行為を受けているようだ。

 ならば、急ぎ己の必殺技を完成させ、これを討ち滅ぼす。まさに御伽噺の英雄。

 己が必殺技を磨いているのはこの時のためだったのだと男は確信する。急いで物品の購入を済ませると、できるだけ早く必殺技を作り出すため、以降街へ降りることを止めて山に籠った。


 そして長年の修行を終え、男は魔王の元へと向かうべく山を降り始める。


(家を飛び出し、この山にたどり着いて。何度となく生死をさまよったな)


 初めはどこに行っても何も変わらない景色に見えた山の中も、今では目を瞑っていても歩ける程に慣れ親しんだ道だ。


(イチコロダケを食べた時は本当に死ぬかと思った)


 そんな苦い思い出も今は昔。とうとう麓が見えてくる。


「さようなら我が第2のふるさと。少し、世界を救ってくる」


(目指すは魔王。まずは街で情報収集だ。)



 さて、そんな男を遙か上空から見下ろす影がひとつ


「大きな欲望の匂い...」


 大きな黒い翼をひるがえし、影は空気に解けるように消える。

 男は気付かずにのんびりと山を降りていく。




 〜〜〜〜〜



 街へたどり着いた男を待っていたのは絶望だった。


 最初に会った街の人間に魔王の所在を問うと、その人間はギョッとした顔をしながら答える。


「魔王は2年前に勇者に倒されたんじゃ─まさか、復活したんですか!?」


「い、いや。復活はしてない...」


「そうですか...ようやく復興も進んできましたからね」


 魔王がいない。それすなわち、必殺技をぶつけるに相応しい相手がいないということ。


「俺の...個人的な因縁があったんだが、まさかもう倒されていたとは」


 魔王軍の残党が未だ残っているようだが、その辺りの異形相手に放つには破壊力が高すぎる。

 毎日地図が書き換わってしまうような自体になれば、魔王に次ぐ第二の脅威とも捉えられかねない。人間相手など以ての外だ。


 そもそも、必殺技はここぞという時に放つから格好いいのだ。男はそういう感性の持ち主だった。

 少年の心のまま大人になった弊害である。

 平和になった世界に喜ぶよりも先に、残念だという思いが頭を占める。


 何よりも二十年の研鑽が無になるという事実に、男の心にはヒビが入ってしまった。

 教えてくれた人物にお礼を述べ、とぼとぼと街を歩く。


(必殺技が完成した以上、山に戻る理由は無い。家に戻るか?いやさすがに...。

 自給自足だったり、獣の狩猟により生計は立てられるが)


 魔王を倒した英雄として世界中を凱旋する予定が、まさか堅実な生活の予定を立てなければならない事態になるとは。


「はぁ─こんな事なら修行なんて「どうもお兄さん」─さっきから見ていたのは君か」


 男が振り替えると、そこには女がいた。ただの女ではない。

 血のように赤い髪、羽ではなく皮膜の付いた大きな黒い翼、起伏に富み、透き通るような肌の体を強調するかのように、漆黒の衣装に身を包んでいる。


「悪魔が何の用だ?」


 人の欲を操り糧とする異形。人の欲が集まり自然発生する厄介な性質を持つ故に数が多く。男が好む英雄譚でも、力を蓄えた悪魔が敵として現れることが多い程には力をつけ易い種族。


 何度も襲われては撃退してきた種族に対し、警戒心を顕にする男に、悪魔は牙をむき出しにして笑う。


「そんなに警戒しなくてもいいじゃない。勇者がいる内はみんな大人しくしているわ」


「悪魔の言葉を鵜呑みにする理由はないな」


 以前、悪魔に唆されて自爆技を習得した事がある男は学んでいた。


(コイツらは言葉巧みに誘導して人間の欲を引き出す。前は自爆した後の生存欲を喰われて死ぬところだった)


 悪魔曰く、使った側が死ぬから必殺技だと。


 そのような事情で悪魔に対していいイメージを持っていない男は警戒をしていたのだが、ここであることに気づく。


(街に悪魔が現れるなんて、普通はありえない。大騒ぎで討伐隊が駆けつけるだろう)


 ところが、街行く人は男と悪魔がまるで居ないかのように素通りして行く。

 先程までは男だけでも視線を集めてたのに、だ。


(人の意識を逸らすなんて易々とできない芸当。恐らく力のある悪魔だ。ならばこいつなら必殺技を─)


「話を聞いてやってもいいが、目立つと不味い。場所を変えよう」


 一転、素直に話を聞く男に悪魔は笑みを鋭くする。


「嬉しいわ!行きましょう!」


 内心、悪魔は気づいていた。あまりにも下手くそな誘導である。先ほど警戒していた男が急に素直に話を聞くなどありえない。

 自分を倒す自信でもあるのか、周りの被害を避けるために場所を移すのだろう。鍛えた肉体と僅かに感じる殺気から、その狙いを弾き出した悪魔は思案する。


(いつもなら、誘いにノらずに街で暴れてぐちゃぐちゃに混ざった欲を食べるんだけど...)


 場所を移すために歩き始めた男を見る。


(さっきまで消えそうな程小さかった欲が、またこれだけ大きくなっている)


 悪魔には人間の欲の大きさがオーラのようなものになって目に見える。

 山で見つけた時はかつてない程の大きさだった。

 これは逃がせないと追いかけて見たものの、街の人間と話した途端に小さくなって行くではないか。慌てて先程の欲を引き出そうと接触して見れば、接触した途端に再び大きくなる。


(ここで断ってまた小さくなられちゃ面倒だわ)


 悪魔は欲を食べるだけあって、欲に忠実だ。これほどの獲物を逃しては悪魔がすたるというもの。


 第一魔王軍幹部・・・・・の自身を倒せる相手など、こんな辺境にいる訳もない。


(今日はお腹いっぱい食べられそう♪)


 嬉しそうに羽をピョコピョコと動かす悪魔は男の後ろをついて行く。





 〜〜〜〜〜



「ここならいいだろう」


 しばらく移動し、着いたのはだだっ広い平原のど真ん中。


「フフッ、楽しいデートだったわ」


「それで、話だが」


「言わなくてもいいわ。あなたの欲が表しているもの」


 人気の無いところに近づく度に大きくなる殺気と欲。悪魔は余裕を持って笑い、手を広げる。


「いただきます♪」


 エネルギーの奔流が悪魔からほとばしる。

 まずは、様子見程度にエネルギーを抑え、後から相手のレベルに合わせて互角の勝負をする事で、勝利への欲をより大きく熟成させる。美味しい欲の調理法である。






 さあ、悪魔の食事が始まる







 ─受けよ、我が全て



 瞬間、光の塊が男が掲げた手の平を中心に出現した。



「──っ!?」



 ─これは神の御業ではない


 ─これは魔の所業ではない


 ─これは人の偉業である


 言葉を紡いでいく男、目に見える程に濃縮されたエネルギーが男の手元に集中していくのを悪魔は呆然と見ている。


(何、この光!?エネルギーを可視化されるレベルに濃縮してるって事!?)


 ─祖は光、原初の光


 ─育まれしは

 ─火

 ─水

 ─木

 ─土

 ─雷

 ─闇


 ─七の源を我が元に


 巨大な光球の中で虹色の光が幾何学模様を映し出す。

 乱反射する虹は光球の縁で空気と触れる度にスパークを起こしている。


(─体が動かない!影に入ることも出来ない、こんな事)


 どういう原理か、悪魔の身動きは完全に封じられる。

 身体のエネルギー操作すらままならない。


 ─必ず放つ

 ─必ず届く

 ─必ずあた


 ─繰り返すこと幾多の"必"


 ─終に必殺に至る


 光球が縮む、更に縮む。

 剣、槍、斧、様々な武器へと形を変えながら縮み続けると


 男は光を握りつぶした。


 瞬間、男の拳が極彩色に光り輝く

 男の立っている場所を中心に地面が揺れ、浮き上がる。

 足元の地面が無くなり、バランスを崩した悪魔は重力に引っ張られ、倒れ込む。

 そうして倒れ込む悪魔の前にゆっくり近づいて来る男。




 死



 悪魔の頭にその文字が過ぎる。

 アレを喰らえば死ぬ。文字通り消し飛ぶ。


(まさか、こんな所で...)


 最後の抵抗と言わんばかりに悪魔は自身のエネルギーを動かそうと気力を尽くす。


「ぐ、ぎぎっ─」


「感心だな、この状態で動ける奴がいるとは」


 喜色半分、驚き半分を込めた男の言葉。


「ふ、ざけないで...」

「私はこんな所で死ね...ない」


 芋虫のようにもがきながら言葉を繋ぐ悪魔。身体の酷使の影響か、血涙が流れている。



「まお、うさまが、復活するまでは...」




「なに?」





 フッ、と今まで感じていた圧力の全てが無くなり、エネルギーが自在に操れるようになる。



「な、くっ!?...」


 それを理解した悪魔は弾けるようにその場から距離を取り、体勢を整える。


「今の言葉─魔王が復活するのか?」


(不味い─知られた!)


 生への執着からつい出てしまった言葉。

 それをこんな危険な存在に知られてしまったと、悪魔は己の失敗を悔いる。


(こんな奴が邪魔してきたら、魔王様の復活なんて...)


 悔しそうに顔を歪める悪魔に対して、男は瞬間的に近づく。


「おい、聞いているのか?」

「うっ!?」


(速い!)


「え、ええそうよ!今はまだ無理だけど方法があるの!」


 男のスピードに面食らいながらも、男の欲が更に大きくなったのを確認した悪魔は言葉を繋ぐ。


(魔王様に固執している?だったらこれはチャンス)


「何があったかは分からないけど、魔王様に何かあるのね。だったら耳を貸しなさい!」


 男は悪魔の言葉に少し悩む。悪魔の言葉は嘘だらけ。

 しかし、命乞いにしては内容が拙い。普通の人間なら魔王の復活など絶対に止めるだろう。


「話してみろ」



 そこから悪魔は語り始める。



 曰く、魔王様は勇者に敗れたものの、自らを封印するという形でトドメを免れた。

 曰く、封印を解くための鍵は世界中に散らばった。

 曰く、勇者は次も勝てるか分からないと、力を蓄える間、世界中の実力者達にその封印を守るように通達した。

 曰く、鍵を全て集め、魔王城の封印を解けば再び魔王様は復活する。


 あまりにも、余計なエピソードが多いため。要点を整理するならこんな所だろう。


「それで魔王様は─「もう十分だ」なによ、もうちょっと聞きなさいよ!」


 先程まで殺されかけたとは思えない程コロコロ表情が変わる様子に男は辟易する。

 欲に忠実な悪魔らしいとも言えるがそれにしても自由すぎる。


「それで、これを俺に聞かせてどうする気だ?」


「フフッ、表情は隠せても欲は隠せないわ」


 ニヤニヤしながら男を見る悪魔。


「どうしても魔王様に用があるようねあなた。だったら手伝いなさい!」


「俺に魔王復活の片棒を担げと?」


「断るなら鍵の使い方は教えないわ、私を殺して魔王様はずっと封印されたままよ」


「...」


 しばしの沈黙。



「分かった。俺もどうしても魔王に会わないといけないんだ。協力してやる」


(釣れた!)


「契約成立ね。私は"デビリア"魔王軍幹部にして大悪魔よ。あなたの名前は?」


(魔王軍幹部だったのか...じゃあやっぱりコイツでも)


『さすがの勇者もトドメをさせなかったわ!凄いでしょ!』


 先程のデビリアの言葉を思い出す。

 やはり、魔王にぶつけたいという思いがまた蘇る。


「..."クルス"だ」


 デビリアの手をとる。

 これはまさしく、悪魔の契約。


(魔王に会って、必殺技を...)

(この男の力で鍵を集めつつ、悪魔達を集めて欲を食べ尽くす。そうすれば魔王様が復活する頃には廃人よ。それに、一緒にいれば食事には困らないわ♪)



 欲に忠実な人間と欲に忠実な悪魔の旅が始まる。





 〜〜〜〜〜



「クルス。まずは魔王城に向かうわよ」


「どうしてだ?」


「生き残った魔王軍が集まっているわ。あなたを紹介する。道中で殺されたらたまったもんじゃないでしょ?」


「俺はお前だけでも生きていればそれでいいんだが?」


「あら、情熱的なセリフね。でも仲間を殺したら契約は破棄よ」


(面倒臭いなこいつ)


 他の魔王軍がいるならボコボコにして封印の解き方を吐かせた方が楽ではないのだろうか。そう考えるクルス。


(まあ、とりあえず行ってから考えるか。危険そうだったら全員吹き飛ばそう)


 魔王城に単身乗り込み、魔王復活を目論む残党を殲滅。

 それでも十分な成果だ。


「場所はどの辺りだ?」


「ここからずっと北の方よ」


「ずっとか...おい、俺に捕まれ」


「何よ、って──」



 男の身体に捕まった途端、足元の地面がググッと沈む。


「運が良かったら着くだろう」


「なによこれ!?」


「不採用になった技、没殺技ぼっさつわざの一つ【弾々地バンバンジー】だ。土を起源に持つ物質に弾性をつけて弾き飛ばすことが出来る。

 俺自身のスピードが足りないころ、敵に追いつくために作った技だ。

 弾む方向や威力が不規則で没になったが」


 地面がまるでバネのように跳ね上がり、とてつもないスピードで北に向けて彼らは射出・・された。



「ひぃあああぁぁーっ!」



 デビリアの声が遠くなり、平原には静寂が訪れた。

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