外付けの記憶 ― 03
先ほどまで、コフィン・グロリアのパイロットシートにもたれかかってきていた、ソフィのインターフェイス――コルニーザ星の市場で出会った売り子の少女――がそこに立っている。
「わたし、外に行きたいんです。だから、買ってください」
「――っ! おいっ!」
少女のサンダルは、崖のふちを蹴って、宙に舞った。
少女の姿は、崖の向こうに消える。
ゼロは、瞬時に崖に駆け寄るが、下に落ちたであろう少女の姿を見失う。
ぎりぎりで踏みとどまったゼロのブーツのつま先から、赤い石くれが、カラリと下へと落ちていく。
[ゼロ、その先は崖です。岩盤の崩落の可能性も考えましょう]
「それより先に、オレのアタマのほうが崩れ落ちそうだぜ。だんだん、狂気ってのが、どういうもんか分かってきた」
[各感覚センサーが、極度のフロー状態を示しています。戻りますか、ゼロ?]
「ソフィ! この星の事を徹底的に調べ上げろ、なんでもいい! どんな細かいことでもいい!」
[現在、スキャン中ですよ、ゼロ]
ゼロは、崖ぎわから振り返ると、左の大岩の陰に人影を見る。アタマの上にカゴを乗せている。市場の少女だ。
「ゴーリアトさんのお店で買い物をしたんですよね? だったら、お金持ちですよね? わたしも外に行くお金が欲しいんです」
「ここら辺じゃあ、あそこしか、帝国の品物は取り扱ってないからな……」
「……この服はいりませんか? おばあちゃんが編んでるんです」
「そうかい」
「だれかが、わたしを連れ出してくれれば……」
「ここも、もうじき帝国領域になる。そうなれば、帝都へのジャンプパスも通じるだろうさ」
「それまで待っていたら、わたしがおばあちゃんになってしまいます。この星には外からくる人は滅多にいないんです」
「帝国の真理科学は、不老不死を実現している。大丈夫だろう」
赤い大岩の陰から、もうひとり、売り子の少女がゆっくりと歩き出てくる。
さらに、ゼロの右の岩陰にも、人影が見える。
人の気配。ひとりやふたりどころではない、大勢のざわめくような人の気配。
市場のような臨在感。
「オーケー……、そうだと思ったよ」
[ゼロ、先ほどから言語センサーが活動を拾っています。だれと話しているのですか?]
「ソフィ! 周囲をスキャン!」
[だれもいません]
「なんでもいい! どんな些細なことでもいい! 周辺の異常を報告しろ!」
[惑星セレブルームの真理データ領域への再帰循環マイニング、進行過程93%]
「現時点で判っていることは!?」
[典型的な荒野惑星です]
「そんなことは分かってる、それ以外のことだ! なんでもいい!」
[大気成分中の組成は、グリッド・チェイサーの変換により安全です。星の大半を占める岩石組成は、大きく分けて3種類です。1つ目は、鉄。これは、地表ではなく、中心核を構成する中核物質です。2つ目は、地表の大部分をおおっている赤い岩石。3つ目は、細かい砂のような形状の白い岩石の結晶体です]
「そんなのは、見ればわかる! もっとないのか!」
崖ぎわに立つゼロの前には、岩陰から、さらに向こうの斜面から、ぞろぞろと人影が姿をあらわす。
すべて少女。
同じ格好。同じ顔。ゼロに懇願してきた市場の少女だ。
「オーケー、オーケー……、こっちは後ろがないんだ。こっちに来てくれるなよ。いたいけなオリジンの少女をいたぶる趣味はないんでね」
「……この服を買ってくれませんか」
「……外に行きたいんです」
「……だれかが連れ出してくれれば」
ひとりの少女による、市場の雑踏のようなざわめき。
少女たちの集団が、ゆっくりとゼロのいる崖ぎわに、あらゆる方向から近づいてくる。
[感覚センサーが、非常時の警告を出しています。フロー状態が解除されていません。長時間のフロー状態は危険です。今すぐ、帰還しますか、ゼロ]
「いーや、まだだ」
[危険です]
「さてどうする?」
[そちらに行きましょうか、ゼロ?]
「ダメだ! 来るな!」
[行動のパターンに、極度の緊張と予測不可能性の兆候があらわれていますよ、ゼロ。助けが必要ではないのですか?]
「大丈夫だ、オレはまだ一度も死んだことがないんだ」
[予測不可能性の割合には、存在消滅も含まれますよ、ゼロ]
「いーや……、オレは死なない。これまでも、これからもだ」
ゼロの瞳が鈍い光をたたえる。
[惑星の全スキャン完了。真理データ領域に保存します]
「結果は!」
[典型的な荒野惑星です]
「それ以外だ! なんでもいい!」
[推測レベルまで拡張した結果も必要ですか、ゼロ]
「そうだ!」
[地表をおおう赤い岩石は、半導体と同じような性質があるようです]
「なに?」
[赤い岩石は、通常は格子場エネルギーを伝えませんが、白い粉上の結晶に触れたときに、隣り合った岩石に格子場エネルギーを伝達します]
「それで……!」
[赤い岩石は、白い結晶を通じて、つぎつぎに隣の岩石に格子場エネルギーを伝達していきます。このエネルギー伝達は、惑星規模に及んでいます]
「地震みたいなものか」
[振動ではなく、一方方向のエネルギー伝達になります。これに一番近い機能を持った構築物は、生命体の脳や神経組織です]
「脳……、惑星……」
コフィン・グロリアのハッチから見下ろした、畝のある赤い大地が、ゼロの脳裏によみがえる。売り子の少女たちが、近づいてくる中、ゼロの眼は、確信に満ちた光をたたえる。
「オーケー、それだ!」
カゴを持った少女が、ゼロの眼の前までやってくる。風の音は止み、ゼロの耳をみたすのは雑踏のようなざわめきだ。
「この服を買ってくれませんか」
「その穴の空いた布切れかい? 頭からかぶるのかい?」
先頭の少女の手を取る。暖かいぬくもり。すべらかな絹のような肌の感触。ざらついた布の感触。そして、赤い岩肌の地面。
「わたしを連れ出してくれる人を待っているんです」
「どこへ行く?」
「この星にいても、なにもないんです。本当になにも」
「もうすぐ、ここも帝国領になる。そうなれば、どこにでも行けるさ。ここだって様変わりするだろう」
「でも、わたしは、しわくちゃのおばあちゃんになってしまいます」
「そんなことはない」
「わたし、ここから抜け出したいんです」
「どこでも、同じさ」
「帝国の人に連れて行ってもらえば、ここを抜け出せると聞きました」
「わかるか? ジャンプしたら、死んじまうんだ。そいつが連れて行くのは、きみ自身じゃない、ほかの誰かだ」
「……でも、外に行きたいんです」
「死んでまで、行くところなんて、この宇宙には、ありゃあしないさ」
「……でも」
「みてな」
ゼロは、おもむろに、肩にかついでいたトリガー・ロッドを、自分の右足の甲に向ける。もう一方の手は、少女の手を握っている。ゼロは、なんのためらいもなく、トリガー・ロッドの出力を振り絞った。
白い光の球体が一瞬だけ輝いたかと思うと、爆発したような感覚がゼロの神経線維を下から上に一気に駆け上る。
「がああぁぁぁっ!!」
視界がホワイトアウトするような痛みが、ゼロの身体を赤い地面に叩きつける。
吹き飛んだゼロの足首から、地面と同じような色の液体が流れ出る。
赤い地面に顔面をこすりつけ、眉間に深いしわを刻んで、それでもゼロは、周囲を仰ぎ見る。
誰もいない。
風だけだ。
「……だろうな」
[ゼロ、狂気の治療に失敗しましたか?]
「いーや、勝利の号砲さ。ぐ……ミッション、コンプリートだ。それより、早く、メディに寝か……せて欲しいんだがな、ソフィ……、ぐぁ……」
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