外付けの記憶 ― 04

コフィン・グロリアは、再び、軌道上を速度を上げて回り始めた。


惑星の重力エフェクト圏の離脱に十分なスピードを得られるまで、落下に次ぐ落下をおこなうのだ。


コフィン・グロリアの中心部下部にあるコンテナ・ブロックでは、ソフィのインタフェースが、今回の惑星から採取した赤岩石と白結晶の標本を、帝国に搬送するためのジャンプ・コンテナに積載する作業をおこなっている。


コンテナ・ブロックに隣接した医療ブロックでは、ゼロが、右片足をうしなった状態で、コットに横になって、ソフィの作業を目で追っている。


格子場医療機器の麻酔エフェクト・フィールドに右脚を突っ込んでいるあいだは、痛みは遮断され、脳まで届かないはずだ。


「あの激痛の挙句のお宝が、そんなちっぽけな標本コンテナだとはな」


「論理的に意味のない損傷でしたよ、ゼロ」


「意味はあったさ。人間の誇りを守ったんだ」


「それが、狂気ですね。わたしの期待に応えていません、ゼロ」


ソフィが、医療ブロックに入ってくると、部屋の中央に球形のフィールドが展開される。


天井の四隅と床の四隅に設置された格子場機器が、人体の組成と形態のデータをなぞり、直径2メールほどの球形に再生エフェクト場を展開させていく。


ゼロを乗せたコットはゆっくりと移動して、足首の失われた右脚を球形のエフェクト場に差し込んでいく。


無事なほうの左足は、コットからだらりとぶら下がっている。


ゼロが腹の上で両手を組んで、眉間にしわを深く刻んで、再生のかゆみとも痛みともつかぬ感覚に耐える姿は、痛みに耐えているようでもあり、快感にもだえているようでもある。


ゼロの右足首の骨細胞が再生し、神経細胞が再生し、筋肉の筋がもりあがり、脂肪が、皮膚が、爪が、再生されていく。


「ふぅ、こたえるね」


「顔のキズも修復しますよ、ゼロ」


「これは、今回の勲章だ。このままにしておくさ」


「やはり、非論理的です」


「このキズがある内は、憶えておきたいのさ」


「しかし、提督への報告は、これでよいのですか? 非論理的です。真理をあらわしていませんよ、ゼロ」


「いいや、これが、真理で真実さ」


「あなたの記憶にある少女を見たのは、やはり、あなただけです、ゼロ」


「そうだ。オレの記憶なんだからな」


「しかし、あなたと惑星の岩石は、直接、つながってはいませんでした」


「そう、しかし、なんらかの方法で、オレの脳と、あの惑星の地表がつながっていたんだ」


「非論理的です」


「でなければ、あの惑星の大地がオレの記憶を、保存して、拡散して、再生産して、そして、オレにフィードバックしてくることはできなかったろう」


「あの惑星が人間の脳と同じように、記憶して、考えたというのですか?」


「そうさ、再ジェネレイトされた連中もそうだ。脳の機能が拡張されたんだ。惑星規模でな」


「やはり、非論理的です」


「いつも言っているだろう、ソフィ。この宇宙には、まだ帝国が解き明かしていない謎があるんだ。そう言うことさ」


「非論理的です」


ゼロの右脚が完全に再生されたので、コットが、また、ゆっくりと、再生スフィアから離れていく。


ゼロは、両足で床に降り立つと、右脚でトントンと床を踏み、背伸びをした。


コットには、あの少女から購入した民族柄の布切れが、丸めて枕のようにしてある。


ゼロが、しばらく、布切れに目を向けていると、ソフィが、服を脱ぎ、生まれたままの姿になると、再生スフィアに歩み寄っていく。


「どうした?」


再生スフィアに完全に浸かったソフィの身体は、もう、声が出ない。


代わりに、本来のソフィが室内ボイス越しに、ゼロに語りかける。


[どうも、このインターフェイスだと、あなたの感覚センサーに乱れがでるようです。別のインターフェイスを構築しますよ、ゼロ]


「ふぅん」


再生スフィアの中の少女は、どろどろに溶けていく、黒い髪はほどけ、皮膚に穴があき、筋肉繊維は破れ、内臓器官がばらけてしぼんでいく。


ゼロは、目をすがめて、少女を見つめる。


[このインターフェイスがよいですか、ゼロ?]


「いいや……、お前の思う通りにしろ」


[では、今までのあなたの異性への視線データをもとに、容姿の加重平均データを使用したデザインにしましょう]


「加重平均?」


[感情や情動に乱れは出ませんよ]


「そうなのか?」


[そうです]


骨細胞が再生し、内臓が膨らみ、血管と筋肉が張り巡らされ、脂肪が身体のあちこちにふくらみをつくり、皮膚が表面をおおっていく、頭からは茶色の髪が海藻のように揺らめく。


再生スフィアが解除されると、部屋の中央には、新しいソフィのインターフェイスが、一糸まとわぬ姿で、床に伏している。


ゼロは、ソフィに近づき、屈みこんで話しかける。


「それが感情が乱れない体か?」


「まだ、乱れますか、ゼロ?」


「さあ、どうだかな。まずは、仕事の汚れを落とそう」


「ふふふ」


ゼロは、ソフィを両手で抱きかかえると、シャワーを浴びに次の部屋の入り口をくぐっていった。



【第1話 おしまい】


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