外付けの記憶 ― 02
ゼロは、コフィン・グロリアの左翼側ハッチを開けて、惑星を見下ろす。
白い雲と赤い大地。岩くれだけが、えんえんと続く大地。
よく見かける普通の惑星だ。
大昔の酸化鉄の堆積岩か、アルカリ性の花こう岩か、赤い岩くれの殺風景が、恒星の光にてらされ、球形の緩やかなカーブで夜の闇に消えていく。
夜の部分では、ときおり、稲妻が走るのを目にしたが、ゼロの真下は晴れ渡り、ちぎれた雲が、真綿のように浮かんでいるのが見える。
赤い岩石の上を、ただ風だけが吹きぬけていく、それだけの惑星だ。
[ハビタブルゾーンの最外縁の典型的な惑星ですね。降下ポイントの大気は安定していますよ、ゼロ]
「生物は?」
[反応はありません]
「見渡す限りの荒野か……」
ゼロは、肩にのせたトリガー・ロッドを担ぎなおすと、そのまま、惑星にダイブした。
コフィン・グロリア内の大気組成を、グリッド・チェイサーで、自身の周りに2メールだけ固定する。
大気層に入ると、コフィン・グロリアを出てくるときに引っかけてきたポンチョが、バタバタとはためく。
コルニーザの市場で手に入れたものだが、コルニーザ種族の伝統柄であろうか、格子が細かく組み上げられた模様が布の周囲に織り込まれている。
大気層突入の熱を、ゼロのベルトに差し込んだグリッド・チェイサーが、格子場を転換させて、ゼロの体温マイナス15度の温度に変換する。
気温21度の快適な球形空間だ。
格子場デバイスの半径2メールの周囲が、赤みを帯びて、時折、チリや水蒸気が熱で焼けるにおいを、ゼロに運んでくる。
ゼロが、灼熱のスフィアに包まれて、もの凄い落下速度で雲の層を突破すると、赤い荒野が一気に視界に飛び込んでくる。
水だろうか? 大昔に何かの流体物で削られたのか、そこかしこにうがたれた渓谷が、並行に、また、枝分かれして、赤い大地いっぱいに広がっている。しわのような大地。絶景だ。
ゼロは、目をすがめる。
風の音がうるさいので、グリッド・チェイサーを調整する。耳をふさぐ風の轟音は、単なる風切り音に転換された。
「本当に、なにもないな」
[地表まで2000]
ゼロは、両手でトリガー・ロッドをつかみ、頭の上に掲げるようなしぐさをする。
とたんに、ゼロの落下するスピードは減じ、トリガー・ロッドにぶら下がるような格好で、コツリ、とブーツの底が惑星セレブルームの赤い大地を軽くたたいた。
「さて……、ソフィ、どうだ?」
[なにもありません]
「ふーん、その狂気病のウィルスとかは?」
[生命の反応はないですよ、ゼロ。原生生物なし。ウィルスなし。周囲の隕石が運んでくる細かいアミノ酸レベルの反応しかありません。大気の成分中に、それと思われる反応はありません]
「じゃあ、なにが原因だ。波動関係はどうだ?」
[低周波から、音波、赤外線、光、紫外線、X線、ガンマ線……、格子場の放射線関係の波長におかしなところはありませんよ、ゼロ]
「ふーん……、そもそも、狂気ってのはどうなっちまうんだ?」
[大勢の人と違った行動をとるそうですよ、ゼロ。なら、あなたも、すでに狂っているのでは]
「冗談。そんな耐性はゾッとしないな」
[ふふふ]
ゼロは、降下ポイントから、周囲を見回しながら、方向も決めずに歩き出す。
赤い岩石の上を、風だけが吹き抜けていく。
コルニーザ産のポンチョが、はたはたとはためく。
手に持ったトリガー・ロッドを、周囲に向けてスキャンしても、見た通りの反応しかない。
ソフィの報告通りの星だ。
不意に、ゼロの視界の片隅に、動くものがチラと映る。
反射的に、トリガー・ロッドを構え、岩陰に標準を合わせる。
「ソフィ、あの岩陰だ」
[何もありません]
「今、なにか動いた」
[ありません]
「な、はずはない」
[スキャン済みです。地表に生体反応はありません]
ゼロは、ゆっくりと岩に近づいていき、突然、すばやい動きで、岩陰にトリガー・ロッドを向ける。
人の背の高さほどの大岩の裏には、赤い小石やガレキが転がっているだけだ。
ゼロは、遙か上空の軌道上のコフィン・グロリアで、探索をモニターしているソフィにたずねる。
「オレの周囲100メール」
[何もありません]
「1000メール」
[誰もいません]
「1万」
[地表の生体反応はあなただけですよ、ゼロ]
不意に、後ろで砂利を踏む音が聞こえたゼロは、飛びすさり、トリガー・ロッドを向ける。
何もない空っぽの赤い大地に、風だけが吹いている。
ゼロは、周囲に何者かの気配を感じる。
眉間にしわを寄せ、ソフィにたずねる。
「光学メソッドを使ってるヤツがいるはずだ」
[周囲1000キロメール、ありません]
「そんなはずはない」
右側にある岩陰に飛び込んでいく人影を、ゼロは、こんどはハッキリと目で捉える。
女の後ろ姿。
体にピッタリとした黒いガムレオタード。
この前のコルニーザでよく見かけた民族衣装のような柄の巻き布。
「動くな!」
風が岩の間を抜けていく甲高い音。
ポンチョのはためく音。
右の大岩にトリガー・ロッドを向けて、ピクリとも身動きしない長い長い瞬間がすぎる。
[なにもありませんよ、ゼロ]
「ちゃんと見えた……、どういうことだ?」
[それが、狂気なのですか、ゼロ?]
「オレは狂っちゃあいない」
じゃりじゃりと音を立てて、ゼロは女が身を隠しているであろう大岩に近づいていく。
予想通り、岩陰には誰もいない。
ゼロは、トリガー・ロッドを上に向けて構え、ソフィにたずねる。
「ジャンプゲートの反応は?」
[ありません]
「じゃあ、スワップ反応?」
[それも、ありません]
だれかが周囲にいるという感覚は、さらに強くゼロを捉え、しめつけていく。
圧倒的な臨在感。
そこかしこに、人の気配がする。
[各感覚センサーがフロー状態を示し始めていますよ、ゼロ]
「ああ、それは自覚してる。今なら、1ミクロンのマトでも撃ち抜けそうだ。完全臨戦態勢だ」
[周囲には、誰もいません]
「どういうことだ」
「これを買ってください……」
ふいに、ゼロは、背後から声をかけられる。瞬時に飛びすさって、トリガー・ロッドを向ける。
ゼロは、目を大きく見張る。
「――くっ! ソフィ! 今、どこにいる!?」
[コフィン・グロリア、コンソールパネル前です。大まかな位置は、軌道上静止ポイントから動いていません]
「違う! 今のお前の位置だ!」
[軌道上静止ポイン……]
「違う! 俺の前方、15メール!」
[なにもありませんよ、ゼロ]
ゼロには、大きくくびれた崖のふちに、少女が立っているのが見える。
黒く長い髪。あどけなくも美しい顔立ち。細くスレンダーな身体。ピッタリとした黒いガムレオタードが、周囲の赤い岩石から、幼さを残したオリジンの身体の曲線を浮かび上がらせる。腰に巻いた、格子柄が織り込まれた民族衣装が、はたはた、はためく。
「もう一度、聞く……、俺の前方、15メール。崖のふちあたりだ」
[反応ありません]
「じゃあ、オレの見ているのはなんだ……?」
[視覚センサーには、反応はありませんよ、ゼロ]
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