デッド・カウント・ゼロ

海月くらげ

第1話 外付けの記憶

外付けの記憶 ― 01

コフィン・グロリアのコックピットからは、暗い空間しか見えない。


なんのフィルターもかけていないビューが、近くに恒星がないことを、ゼロに知らせている。


コンソールパネルに両脚を投げ出して、うんざりしたように腹の上で両手を組んでいる姿は、眠っているようでもあり、死んでいるようでもある。


ソフィが、新しいインターフェイスを作って、パイロットシートの後ろから、ゼロにもたれかかってくる。


覚えのあるフェミニンな香りに、目を開けると、ゼロの首にまわされたソフィの腕の向こうで、見覚えのある顔が、うっすらとした笑顔で見つめているのが、ゼロの目に映る。


「はぁ……、おいおい」


「ふふふ」


「なにかの嫌がらせか?」


「ゼロが落ち込んでいるようなので、こうしてみました」


「落ち込んじゃあ……いないさ」


「ふふふ、各種センサーが、気分の落ち込みを示していますよ。ゼロ」


「じゃあ、取り替えたほうがいい、そのポンコツ」


「ついこの間、コルニーザ星系の市場で仕入れたばかりのエッジ・プロンプトです」


「あの星に降りなきゃよかったと思ってたとこさ」


「戻ってみますか?」


「いーや、もう、うんざりだな」


「あのオリジンは、まだ、いるのでは?」


「オリジンかどうかじゃなくて、意見の一致か不一致か……、だな」


「ジャンプすれば、すぐです」


パイロットシートの手もたれに、軽く腰をおき、ソフィがゼロにもたれかかる。


「わかって言ってるだろう、ソフィ」


「ふふふ」


「いいか、ジャンプってのは、死ぬってのとイコールだ」


「ふふ、レコードすれば、大丈夫ですよ」


「いーや、ないな。ジャンプの手順を、よーく、考えてみるんだ。わかるだろう」


「じゃあ、安全ですね、ふふふ」


「まず、こっち側をコピーする。次にこっち側をデリートする。そして、向こう側にコピーしたデータを送る。最後に向こう側に生成するんだ」


「安全でしょう?」


「どこが?」


「ちゃんと、向こう側に行けます」


「いーか、つまり、俺はデリートしたときに、死んじまうってことだ。死の痛みを感じても、だれも肩代わりできない。そのまま消えていくんだ」


「考えすぎですよ、ゼロ」


「いや、ないな。向こう側にジェネレイトされるのは、オレじゃない、別の誰かだ」


「ゼロです」


「連続してないってのは、死んでるってことだ」


「連続してますよ。向こうのゼロも、ゼロのように考え、ゼロのように行動します」


「そして、こっち側のオレは、もう、死んで消滅しちまってるってことさ。ジャンプってのは、そういうことだ」


「それだと、エッジを広げられませんよ」


「連続してない空間を、転々としたところで、帝国の領域を広げたことにはならんさ」


コンソールのウェーブビューが、波の形を、登録済みのパターンに変える。


「久々のお出ましだ」


「アセプト。ジェネレイトします」


ソフィが、コックピットの中央にジャンプゲートを展開させると、半分機械、半分鳥類のいびつなハイブリッドの人影がジェネレイトされる。


制服の階級は、ゼロが、この前会ったときと変わっていない。


ゼロは、パイロットシートを180度回転させて、ジャンプしてきた人物と向き合う。


ソフィは、改めてシートに緩い曲線を描く形の良い腰をもたれさせ、ゼロにうなだれかかる。


「やあ、これはこれは、提督」


「やあ、ゼロ。ソフィアもごきげんよう」


「お久しぶりです、提督」


「ていうか、なんです、その格好?」


「君は、相変わらず、オリジン原理主義かね。たまには、リフレッシュしたらどうだい。これはフリゲイティアの最新モードだよ」


「ふふふ、すばらしいです。提督」


「うむうむ、ありがとう、ソフィア。今日のインターフェイスもすばらしいね」


「ふふふ」


「やれやれ。で?」


「うむ、早速だが、どうかね?」


ゼロは、シートに座りなおして、肩をすくめる。


「うむ、良い心掛けだ。実は、近くの星系の惑星で、エッジランナーの事故が頻発しとる」


「エッジの探索中じゃあなくて?」


「うむ、つい最近まで、帝国領でなかった宙域だ」


「じゃあ、問題ないのでは? よくある辺境のキケンってヤツでしょう、提督」


「いいや、問題があるのだよ」


「なんです?」


「君は、狂気という古代の行動様式を知っているかね?」


「はぁ? キョウキ……、ですか?」


「うむ、論理的な行動ができなくなる病気とのことだ」


「ふふふ、ゼロのジャンプ嫌いも、狂気ですね」


「冗談」


「ソフィア、君のデータベースでは、どうなっとるね?」


「人類が、オリジン・スフィアにとどまっていたころの行動様式に、そのような記録がありますね。多数の望む行動とは、違った行動をとること。行動予測不可能性。超古代の行動様式でしょうか? 専門の治療者もいたようです。人類の初期の初期、最初期にみられた行動パターンですね」


「だったら、考古学者に話を持っていっては?超古代の治療法で治してくれますぜ」


「とがった物で自分の足を刺すそうですよ、ゼロ」


「野蛮だと思わんかね。帝国のために働いてる者にする仕打ちではないね」


「ふぅん、わからなくもないな。痛みは自分だけのものだ。他人と共有できる知識で満足してる連中の目をシャッキリさますには、ちょうど良いんじゃないですか?」


「その知識に開眼した聡明な者たちを、その惑星に、もう何人も送り込んだ。神学者、真理技術者、エッジランナー、惑星工作者、いろいろだ」


「それの、どこが問題で?」


「全員、狂気病にかかり、再ジェネレイトされた」


ゼロは、組んでいた脚をほどき、両のひざに肘をおいて屈みこむと、両手を組んで、あごをのせる。


提督は、羽根のような羽毛ウロコの生えた腕を、後ろ手に組む。色鮮やかな羽毛ウロコが、光を反射してきらびやかに色を変える。


「その、狂気病ってのは?」


「うむ、先ほど、ソフィアの言ったとおりだな。彼らの全員が、われわれの望む行動がとれないばかりか、すべての者の生活行動が常軌を逸したものになった。全員の症状は、まちまちだ。だが、共通しているのが、惑星調査以降のすべての行動がおかしくなってしまったということだな」


「ほう……」


「全員、惑星ジャンプ前のレコードで再ジェネレイトだよ」


「全員、死んだってことですね」


「君がいう死ぬというのは、存在消滅のことかね?帝国は、死を克服したのだよ、ゼロ。しかし、まあ、一時的とはいえ、レコード以降の記憶がないというのは、不便だろうな」


「それ、死んでるんですぜ、提督」


「ふふふ、ちゃんと、レコードしますよ、ゼロ」


「オレには、いらない。オレは、まだ、一度も死んだことがないんだ。これからもな」


「というわけで、君のところに回ってきたわけさ。どうだね?」


「なんとか、なるでしょう?」


ゼロは、パイロットシートの上で、半身を起こして、肩をすくめる。


「うむ、この宇宙のすべては帝国によって解き明かされた。もはや、宇宙には解明すべき新たな現象は起こらない。これが、帝国真理科学の何に当たるのかを調査することだけが、われわれ、栄光ある帝国の聖なる責務なのだ。頼んだぞ、ゼロ」



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