第二章(03) チームメンバーと仲良くなれなさそうなのですが?


 * * *



 間もなくして、私のいる部屋に、協会の職員さんと、エルネストさんがやって来ました。すでに「チームの仲間」はロビーに集まっているそうです。


 てっきり私は、そこでにこにこほんわか、それぞれ自己紹介タイムになるのかと思いましたが……。


「それでは、君達『実験中』には早速任務クエストに取り掛かってもらうぞ! もうワタクシが任務を選んできた――まずは初心者や、新しいメンバーを迎えたチームご用達、近隣のダンジョン探索だ!」


 それぞれ名前だけ名乗ったかと思えば、エルネストさんは書類を私に押し付け「あっ、これもよろしく~」とペンダントまで渡してきて、


「さあ、出発してくれ! ワタクシはこの組み合わせがどんな結果になるのか楽しみにしているのでね!」


 ばたばたと街の端まで案内したかと思えば、そのまま私と、まだ全く親しくない仲間二人を、外へ追い出すかのように送り出したのでした――。


「えっ? えっ? えっ?」

「人手不足、人手不足なんだよ。その上、協会の上層部からせっつかれていてね、とにかくまずは手柄を立ててきてくれ、それで『あ~っ、意外にいけるんじゃない?』って思わせたらこっちのものだ!」


 困惑する私に、エルネストさんは別れ際に教えてくれました。


 そうして――初めての任務が始まりました。

 渡された書類には、任務対象であるダンジョンの位置や目的が書いてあります。場所はすぐ近く。危険度は「1」。目的は状況調査、場合によっては魔物討伐、魔結晶道具まけっしょうどうぐの回収……。


 随分ばたばたしていますが、冒険者って、こんな感じなのでしょうか。


「そ、それじゃあみなさん、がんばりましょう!」


 何はともあれ、初めての冒険者としてのお仕事! お祝いなのか、エルネストさんにペンダントもいただきましたし! 初めてのチームでの活動です! 気合を入れていきましょう!!


「……」


 ……と、私は思っているのですが、後ろの二人からは何の返事もなく。

 ……しばらく歩いても、何の言葉もなく。


 すごく、気まずい、けど、チームって、こんな、もの、なんですかね……?

 み、みんな緊張しているんですかね?


「えーっと……そういえば、チームって、リーダーを決めたりするんでしょうか?」


 それなら、誰かが盛り上げなくてはいけません! ここは私が話題を! 任せて!


「あー……マルタンさんが下級、キセラさんが中級でしたっけ? それじゃあ……キセラさんがリーダー……ですかね?」


 チーム、チームなのです! それではリーダーが必要ですよね。


「あっ、エルネストさん! あの方って……どのくらいのレベルの冒険者なんですか? なんか、冒険者協会の職員と兼任? みたいな状態なんですよね……提案したのも、指揮してるのも、エルネストさんだから……エルネストさんがリーダー、ですかね……?」


 にこにこしながら振り返って、返事を待ちます。待ちますが……。


 ――ど、どうしよう! お喋りしてくれない!


 後ろの二人は黙ってついてくるだけ! チームって仲良くするものじゃないんですか!?

 あっ、チームといってもこれは仕事ですか。仕事なら仲良くする必要もありませんね、確かに……。


 いえいえ、それにしてもです!

 まるで私が悪いことした人みたいに、二人は喋ってくれません!!

 絶対これおかしいです!


 そういえばエルネストさんが言っていました……「ハブられてた」とか「ぼっち」とか……。

 こ、このチーム、人として大丈夫ですか……?


「と、ところで……私、今日が冒険者として初めてのお仕事ですし……ダンジョンについても、よくわからないんですよね……あと、魔結晶道具? についても、よくわからないですし……」


 とにかく会話! 会話です!

 仲良くなるにはコミュニケーション!! ちょっとでも話が成り立てば!!!


「魔結晶道具って、アレですよね、所持スキル判定に使った鏡とか、そうですよね……アレ、ダンジョンにあるものなんですね!」

「……」


 ねえ、これ、任務に支障が出てもおかしくないレベルではないでしょうか。

 私が何もわかっていないというのもありますが……。

 会話もそうですが、本当にわからないこともあるから、聞きたいのに。


 ――あー……もう。

 ――何もわからなくても、チームとして動けなくても、敵を斬ればいい……かな……。

 ――それで任務クリアできればヨシ、と……。


「ぇ、えっ、と……」


 と、


「これから行く『ペルアールの木立』は……小さな『淀み』だから……魔物が凶暴化したり強力な魔結晶道具が発生することは、そんなにないかと……」


 振り返ると、背丈の小さな男の子が、大きな杖をぎゅっと握っていました。ちらちら、瞳だけを私に向けては、下に向けてを繰り返しています。


「要するに、今日のは変化が起きてないかの観察みたいなものですよ」


 マルタンさん……下級冒険者の魔法使いの方です。

 きっとまだ十五歳にもなっていないような男の子です。金色のまん丸な瞳に、同じ色のふわふわした髪の毛。なんだか小動物のようにも思える方です。おどおどしながらも喋ってくれました!


「魔結晶道具が……発生……」


 やっと喋ってくれた! と大騒ぎするのは多分よくないことです。きっとまた黙ってしまう気がします。このまま自然に会話を続けましょう!


「なんだか……植物みたいに生えてくるような言い方で面白いですね!」


 とはいっても、私も上手な会話の仕方を知りません……とりあえずは思ったことを。


「あっ、ん? んー……」


 するとマルタンさんは、さらにおどおどきょろきょろ。

 私、会話に失敗しちゃいましたか? せっかく話してくれたのに……。

 けれどもマルタンさんは続けてくれました。


「魔結晶道具は実際に『淀み』の力で作られて自然発生するから……」

「そ、そうなんですか!?」


 よくはわかりませんが。

 『淀み』って、何?


「あ、あの……常識だと、思ってたんですけど……知らなかったんですか?」


 マルタンさんは、ぽかんと私を見上げます。少し肩の力が抜けたように見えました。首を傾げて、


「筆記試験、ほぼ満点だって聞いてたんですけど……」

「あー……あれは……全部勘で……」

「――えっ? え~~~~~~~~っ!?!?!?!?」


 そして、いままでからは想像できないほどの声が響きました。おどおどしていたように見えたマルタンさんは、呆れに変な顔をしています。


「え、えへ? 全然何も知らなくて……こ、これから勉強しますね……? だから今日はわからないこと、多いかも……」


 返事をしてくれたのも、大きな声を出してくれたのも嬉しいですが……嫌われてしまったかも、と、後になって気付きます。

 私はただの冒険者なりたてではないのです。全く何も知らない冒険者なりたてなのです。


「――迷惑かけちゃうかもしれませんが、よろしくお願いしますね」


 だから私は、そう言うしかありませんでした。申し訳なくなって、改めて正面を向きます。目的地である木立は、もう目の前です。


 冒険者になってすっかりウキウキでしたが、私は、何も知らないのです。筆記試験に受かったのは完全な運の勝利。本来冒険者として必要な知識は、何もないのです。

 何故かこうして先頭を歩いているのも、なんとか「チーム」になろうとしていたのも、申し訳なく思えてきてしまいました。何にも役に立たない自分が、何を威張っていたのでしょうか……。


 ――その時マルタンさんが、更にぎゅっと杖を握ったことについて、私は気付きませんでした。一瞬、唇を噛みしめたのも。直後にきりりと私を見上げたのにも。


「……えっと、どのくらいから知ってるのか、わからないんですけど」


 マルタンさんが駆け足で私の隣に並んでくると、


「ま、まず……『数字泉街すうじせんがい』が、世界の持つ魔力と呼ばれる『耀力ようりょく』が湧く場所だというのは、し、知っていますか……?」

「は、はい! 具体的には、よくわかりませんが……」

「その、『耀力』が湧く場所ですが、二種類あって、『清い耀力の泉』と『淀んだ耀力の泉』があるんですけど……それは知ってます?」

「知らないです! マルタン先生!! 違いは何ですか!?」


 ――マルタンさん曰く。

 『清い耀力の泉』というのは、『数字泉街』をはじめとした、人が生活しまた利用もできる場所。

 『淀んだ耀力の泉』というのは、そのぐちゃぐちゃな淀みのために魔物が発生、凶暴化したり、空間が歪んでダンジョンができたりする場所なのだそうです。


「淀んでいると『耀力』が固まっちゃって……それが魔結晶道具になったりするんです」

「なるほど! ココアを作ってほっておいたら、底の方にチョコが溜まっちゃう感じですね!」

「そう……かな? 多分、そう」

「……」


 ――私達の後ろので、呆れ混じりでも冷たく鼻で笑う声が聞こえました。


 中級冒険者の剣士、キセラさんです。きりりとしたオレンジ色の瞳は、私達を睨んでいます。高い位置で結った灰色のポニーテールは、なんだか気の強さを感じます。


 目的地までの道中、キセラさんは一言もお喋りしてはくれませんでした。

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