第二章 このチーム本当に大丈夫ですか? 私も大丈夫ですか?

第二章(01) 良い子の私は冒険者になれますか?

 それからしばらくして、私は地下牢ではなく、協会内にある一室に連れて来られました。どうやら会議室のようです――すでに協会の偉い人達が着席していました。


「十八年前……確かに恐ろしい事件が起きました。この『六番泉街:ペルアール』の冒険者協会に所属する冒険者の一人が、仲間であるはずの冒険者四十八人を殺すというとんでもない事件です」


 皆さんの視線が集まる中で、あのエルネストという方は話し始めます。

 私はその横で、いまだにロープでぐるぐるにされたまま転がっているのですが。


 ……いつ自由になるんですか?

 ――ていうか、いま、一人の冒険者が、仲間であるはずの冒険者四十八人を殺したって言いました?


「どうして起こったのか? それは殺しを行った冒険者はスキル『人型特殊特攻』、いまでは『連続殺人シリアルキラー』と呼ばれるスキルを持っていたためとされています」


 大事件そのものです……初めて聞きました。

 そして『連続殺人』という言葉。


「……それって私にあるって言われたスキルですか?」


 皆さんが大騒ぎするのも納得です。


「おもしろ……いえ、とてつもなく恐ろしいスキルです。『人の形をしたもの』及びそれに近いものが相手であれば、ずば抜けた攻撃力と技術で確実に仕留めることができる。このスキルを持つ者が握れば、どんななまくらでも殺傷能力の高い武器にしてしまう。殺すためには止まることは許されない、だから相手の攻撃を簡単に避けることができるし、受けたとしても、大した傷にはならない……そして殺せば殺すほど、スキルを持つ者はさらに強化されていく。まさに相手の血と命を潤滑油にして、全てを殺していく……」


 そ、そんな力が私に……!

 すごいスキルじゃないですか。


「ところが、スキルを持つ者は、何かを斬り続けたい、殺し続けたい、その衝動に駆られてしまうのです! 特に人型のものに対して! これはスキル『連続殺人』そのものが連続性を絶たせないようにしているのでしょう。自身の力を最大限に引き出すために」

「……」


 思い当たる節が多くて何も言えません……。

 確かに、斬りたいと思うのです。

 やっぱり相手にしたいと思うのは、人の形をしたものなんですよね。

 先程の蜘蛛の魔物との戦いで感じました。

 確かに斬った、そう言った感覚はありましたが……オークやトロールを斬った時の感覚には、全く及びませんでした。

 あー、楽しいかな? うん、まあ楽しいね。そんな感じです。


 エルネストさんの説明は続きます。


「このデメリットというべきものにより、あの日、事件は起きたとされています――魔物の軍を倒しに向かった冒険者五十名。死者を出さず魔物との戦いに勝利した直後に起こった、と」


 エルネストさんは、まるでそこが舞台であるかのように手を大袈裟に動かしています。


「殺しすぎたのです。殺しすぎたから……殺し続けなくてはいけなくなった、衝動にブレーキをかけていた理性が吹っ飛んでしまった」


 と、野次が飛んできます。


「いや、例の冒険者は最初から狂っていたという。そこの女のようにな」

「く、狂ってません!!」


 狂ってたら人間斬ってますよ????

 絶対気分良くなりますからね、人間斬ったら。

 これまで何となく思っていましたが、無視していた私の気持ち……でも『連続殺人』の話を聞いて、自覚しました。


 人間!!!斬ってみたーーーーーい!!!!

 ……でもダメ! それは殺人。殺人はよくないこと!!


 そう判断したから、じゃあ代わりに魔物を殺そうと、ここに来たのです!!!

 私は、狂っていません!!!


「……四十八人が殺された後、『連続殺人』持ちは、最後の一人である仲間の手により殺されました……そこにいるヴィムさんが、殺人鬼を止めたのです」


 野次を振り払い、エルネストさんはその手をそのまま、隅の方へ向けます――あの怖い剣士、ヴィムさんが立っています。私を睨んでいます。怖い。


「でも事件までに、仲間を殺すようなことはしていなかった。逆に考えれば、それまで衝動があったとしてもうまく抑え込んでいた、そういうことではないのでしょうか!」


 改めて、エルネストさんは協会の偉い人達へ向き直り、両腕を大きく広げました。


「そしてこのスキル! 確かにうまく制御しなくては大事件に繋がるスキルかもしれませんが……強い、とにかく強い!! !!!」


 先程まで落ち着いて話していたのに、急に目をぎらぎらさせ始めます。

 ……普通の人っぽくないです。なんというか……。

 ――狂ってる?


「だからこそ、提案したいのです!! もう一度、スキル『連続殺人』持ちを、いや『人型特殊特攻』持ちを冒険者として活用してみませんか、と!!!!」


 でもその提案は……私が助かる唯一の方法でした。いまはこの人に頑張ってもらうしかありません。


「エルネスト、お前はいま、自身でそのスキルの危険性について語ったにもかかわらず、冒険者として受け入れろというのか?」


 偉い人達はざわつき、一人がそう声を上げます。エルネストさんは、変な角度に首を傾げ、


「そのとおぉぉりですがぁぁ? そもそも大事件だったとはいえ、一回のミス、ここで怖気づかないで研究して再発防止のための方法を考える方が有意義ではぁぁ?」


 不意にエルネストさんは、何かを白衣のポケットから取り出します……台座にはまった、水晶玉のようなものです。そこから光がぱっと広がったのなら、宙に光の絵が広がります。


「処刑? 野蛮すぎ! 単純すぎ! やばすぎ!!! いくら説明しても一般人からある程度の反感を買うのは覚悟しないといけませんし、所持スキル判定で即処刑される可能性があるとしたのなら、冒険者になりたいと望む者は減りますね、ウチは人手不足なのに」


 子供が描いたような光の絵は、エルネストさんの言葉通りのものをぱっぱっぱっと映し出します。最後にはたくさんの依頼書と魔物に襲われる冒険者協会の絵が浮かび上がりました。


「……確かに、すぐに処刑にするというのは、早まった考えだった。それは認めよう」


 偉い人達のざわめきは落ち着き、やがて一人の声が響きます。


「だからといって冒険者にするのは……地下牢で一生過ごしてもらうしかない」

「えええぇぇぇぇえええ~~~~~~!?!? 地下牢で一生!?!? 一生!?!?」


 だからといって? だからといってぇ???

 いえいえ、なんでそうなるんですか!!!

 思わず魚みたいに私は床でばったんばったん暴れます。

 そんなのって……本当に死ぬか、死んだように生きるか、それだけの違いじゃないですか~~~~!!!!!


「それもそれで問題だと言っているのです!!」


 私が言いたいことを、エルネストさんは、大声で伝えてくれます。


「所持スキル判定によっては、処刑? 一生地下牢? そんなことが発生してしまえば、冒険者志望の者はいなくなりますよ!!」

「そ、そうですよ!! そんなことがあるなら、私、多分冒険者になろうなんて思いませんよ!!!」

「いいですか!! このスキルは、彼女のスキルは、貴重なスキルなのです!!! !!! どのようすれば、このスキルを、このスキルを持つ者を飼いならせるのかを!!!」

「ペットみたいな言い方ですね……」


 人権はそこにありますか?


「幸い、彼女の筆記試験の結果は、ほぼ満点に近い状態だった。その点も問題ないでしょう」

「――わ、私がほぼ満点!?」

「彼女は熱意を持ってここに来たのでしょう、冒険者になりに!!!」


 ちょっと待って、あのもうヤケクソになって全部適当に回答を選んだ試験、ほぼ満点だったんですか!?

 絶対終わったと思ったのに!?


 ――わかりました! きっと、運が私に向いているんです!

 この波に乗るしかありません!!


「彼女が冒険者になれば? 人手不足のウチに、また一人新しい冒険者が誕生する!! 野放しにするわけではないから、仕事をさせながら様子見、監視できます!!! 将来的には、偉大な冒険者の一人になるかもしれませんよ、強力なスキルであることに違いありませんからね!! 何より『連続殺人』のデータが手に入る!!! どうでしょうか?」

「暴走する可能性があると言っているのだ。そうなったら、どうするつもりなのだ?」

「殺せばいいんじゃないですかね?」

「げぇ!?」


 た、助けてくれるんだと思った人に、あっさり見捨てられました?


「簡単に殺せばいいとか言わないでください!!」

「こう発言しているのです、ワタクシはもちろん責任を持ちましょう。ワタクシでなくとも……ヴィムがすっ飛んで来ると思いますよ」


 エルネストさんは私の方をちっとも振り返ってくれません。私ではなく、ヴィムさんに視線を向けます。


「あのスキルの力を一番よく知り、そして一番憎んでいるのは彼でしょうからね」


 えっ? 何かあったら、私、あの人に殺されるかもしれないの?

 怖い……。


「ヴィム、お前の意見を聞きたい」


 と、偉い人に指名され、いままで黙っていたヴィムさんがようやく前に出ます……。


「――いますぐ殺すべきではないでしょう。エルネストに賛成します」


 意外にも、あっさりした答えでした。


「……エルネストの言うことには一理ある。恐れたままでは、今後もそのままだ」


 そうしてまた引っ込んでしまったので、私はじっと彼を見つめてしまいました……よかった、いますぐ殺すとか、言わないんですね、

 いえ、先程は言ってましたね。忘れませんからね!!


「あとエルネスト、この『実験』はどれくらい持つ?」


 続いて、偉い人達から、今度はエルネストさんに声がかかります。


「お前のスキル『知的好奇心』こと『実験中毒マッドサイエンティスト』の衝動はどれくらい抑えられる?」

「かなり。多分、ええ。はい」


 いま、なんて言いました? 変なスキルの名前を言っていませんでしたか?


「……これ以上エルネストに施設を爆破されるのも困る。『連続殺人』ではなく、『実験中毒』で死人が出かねない」


 偉い人達は、まるで疲れ切った様子でした。手のかかる子供を相手にしているような、そんな感じです。中にはエルネストさんを見て深く溜息を吐く人もいます。


 ……なんだが、『連続殺人』と『実験中毒』、似ている気がします。


「あなた、いい人だと思いましたけど、もしかしてやばい人なんですか……?」

「別にやばくないよ? つまんなくなってきたら馬鹿になるだけ。だから馬鹿にならないように常日頃から刺激を求めているだけ」


 ようやくエルネストさんが振り返って答えてくれました。ただ口を尖らせ、肩を竦めていました。

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