第一章(04) 過去にどんな事件があったのか知らないのですが?


 * * *



「こいつは人を殺す気だ! ひとまずは地下牢に連れていけ!」

「ヤダーーーーーーッ!!!!」


 ずるずると部屋から引っ張り出され、私はロビーまで来ていました。


「どうしてですか! 何も悪いことしてないじゃないですか!」


 あまりにも理不尽です。地下牢とか、処刑とか、そういう言葉が出てくるんですか?

 暴れても周りの人は私を放してはくれませんし、話も聞いてくれません。冒険者らしい皆さんは真剣な顔で、偉い人らしい方達は少し安心した様子。

 そして冒険者協会内には他にも人がいるのですが、誰も私を助けようとはしてくれません。


「人権~~~~~~ッ!!!!」


 誰か何か言ってくださいよ!

 明らかにおかしいじゃないですか!


「えっ、何?」

「……『連続殺人』持ちがいたんだって」

「えっ? ……えっ!?」


 ロビーにいる人々は、ひそひそ話ながら私の方を見ています。


「十八年前に大事件を起こしたっていうスキル……!?」

「周りの人間をとにかく殺す、恐ろしいスキルだっていう……?」


 ――いったい十八年前に何があったんですか!?

 ――何にも話聞いてないですし、私生まれてもないですし!!


「なんで? なんでっ? 極端じゃないですか? えっ? なんで処刑? なんで……?」


 うっかり人を殺さないために、冒険者になって魔物を狩ろうと思っただけなのに!!


 もう一度暴れてみますが、やはり逃げられそうにありません……このままじゃ本当に地下牢、処刑です。

 なんで処刑されなきゃいけないんですか?


「どうしてぇ……」


 ……ああもう本当に。

 わけわかんない。

 誰も説明してくれないし、話も聞いてくれないし。会話ができないのなら、あとはどうやって意思疎通をとったらいいんですか?

 みんな、私を人間扱いしてくれませんし。


 もう。


 ――もう全員斬っちゃっていいかな……。


 ……周りにいる人は、

 このロビーにいる人達も。あの人もこの人も。

 そこの人も……。


 ――って、あれ?


「おい、進め!」


 ぴたりと止まった私に、すぐ近くの冒険者の人が怒鳴ります。押してもきますが、私は動きません。


「……どうして?」


 だって、不思議だったんですもん。


「なんであなた、他の人と違って簡単に斬れるって思えないんですか……?」


 少し離れた場所で、そそくさと歩いていた、フードの人物。

 この人だけ、おかしい。

 この人だけ、さくっといけない。

 この人以外なら、全員問題ないのに――。


「やっぱりこいつ、人を殺そうと考えてるぞ!」

「はやく地下牢に連れて行かないと……」


 すぐ近くの冒険者の方が、私を縛るロープをぐいっと引っ張ります。それでも私は動かず、フードの人を見つめていると、その人は慌てたように駆け出し、でも何を間違えたのか、壁にぶつかって。


「――きゃあ!」

「魔物だ!!」


 ばらばらと崩れる、フードの人物。マントの下から大きな蜘蛛三匹が現れます。


「なんで冒険者協会に魔物が……!!」


 ロビーにはいくつもの悲鳴が響きます。ここにいるのは、全員が全員、冒険者ではないのでしょう。冒険者協会の職員の方や、依頼をしに来た一般の方もいるのです。


「一般人を逃がせ! 早く!!」


 冒険者の方達は、まずそういった人を逃がすのに動き始めます。


「なんで? なんでばれたの?」

「人間じゃないって」

「こいつのせいで作戦台無し! 殺しちゃえ!」


 蜘蛛達はそう言いながらぴょんぴょん跳ね、果てにぎっと私を睨んだかと思えば、一匹が私に向かって飛び掛かってきます――まさに魔物らしい鋭い牙。その切っ先が、こちらに向いています。


 ――突然現れた魔物に、私を拘束していた冒険者の皆さんの警戒は、緩くなっていました。

 ばっと、私はまず、ロープを掴んでいた冒険者の人を振り払います。そして私のナイフを持っている冒険者に体当たり。ナイフが宙に舞い、落ちてきて、それを後ろで縛られたまま手でキャッチ。

 あとは簡単。ナイフを抜くだけです。鞘を捨てるように抜いて、勢いのままにロープを斬り、そして迫りくる牙に向き合います。


 一閃。


 転がったのは真っ二つにされた蜘蛛も魔物一匹。ぴくぴく足が動いています。


「ひょえ……っ」


 残された蜘蛛達が後ずさりしています。

 斬れるとは思いませんでしたが……どうやら相手は、そんなに強くないようです。自身がありませんでしたが、私でも大丈夫!


 そして、いいことを思いつきました。


「――皆さん逃げてください! 悪い魔物です!!」


 ここで役に立てば、いい人だって、みんなに思ってもらえるのではないでしょうか。

 素晴らしい考えです! とても!


「待て~!!」


 二匹の蜘蛛は協会の奥へ逃げようとします。その背を追います。かさかさ動いてるのはちょっと気持ち悪いですが……。


 ――斬りたい!


「一匹だけじゃなんかあんまり手応えみたいなのなかったっていうか、なんていうか……でもよく考えたらあなた達三匹で一人をやってたんです! 三匹殺せばいい感じなるのでは!?」

「え、待ってあの女なんかおかしい! 言ってることおかしい! 怖い!」


 と、一匹が振り返ったかと思えば何か液体を吐き出してきます。


 避けるのなんて簡単簡単!

 ナイフの切っ先の煌めきが、私を導いてくれます。攻撃を避け、相手を斬る方へと。


「さっきよ、り……はやぁ、い……」


 さくっと二匹目。最期にそう言葉を漏らして、蜘蛛二匹目はぴくぴく足を動かすだけのものになります。


 三匹目は何も言わずに逃げていきます。二匹殺したのですから、三匹目も殺さなくてはいけません!


 ただ……蜘蛛よりもやっぱり、人の方を斬りたい気持ちがあって。

 そっちの方が、多分『』感が、あるので。


「殺すのは虫、殺すのは虫、殺すのは虫殺すのは虫殺すのは虫……」


 でも私は冒険者を目指す者です。冒険者が倒すのは魔物! 守るのは人間! 斬ってはいけません! 斬ったらそれは殺人、絶対ダメです!


 だから代わりに、あの蜘蛛を……。


「ぴぎゅっ」


 ところが、蜘蛛が曲がり角の向こうに姿を消したかと思えば、直後にバラバラに切り刻まれた姿で転がってきました。

 なんてひどいことを。そこまでしなくていいじゃないですか。私の獲物だったのに。


「……誰、ですか?」


 それから曲がり角から現れた人影に、どうしてか私は不安を覚えてしまいました。

 現れたのは、剣士の冒険者らしき人物でした。私よりずっと年上、いかにも歴戦の冒険者に見える人です。短い黒髪に、鋭い緑の瞳。

 絶対強い。どうしてか、怖い。


「捕獲!!!」

「うわぁぁああ!!」


 怯えていたので、後ろから迫ってきていた冒険者の方達に、私はまた捕まってしまいました。後ろから取り押さえられ、床に潰され、またロープでぐるぐるにされてしまいます。


「い、いま私、頑張ったじゃないですか! 魔物退治しましたよ! 私悪い人じゃないですよ!!」


 いま証明して見せたじゃないですか! そうやってまた私は暴れますが。


「……スキル『連続殺人』持ちがいると聞いた」


 はっとして顔を上げると、あの怖い冒険者が。私の目の前で揺れるのは、蜘蛛の魔物の体液がついた抜き身の剣です。


「こいつです、ヴィムさん!」


 私を取り押さえる一人が言います。すると周囲から声が。


「ヴィム!? 十八年前に『連続殺人』持ちを仕留めたって言う……?」

「よかった、助かったぁ……」


 仕留めたって何?

 あといい加減十八年前について誰か教えて?


「……昔のように好き勝手させるわけにはいかない。あの時は、本当に大変だった」


 ヴィムと呼ばれた冒険者の方は、ゆっくり剣を構えたかと思えば、その切っ先を私の首に向けます。


「ここで殺しておくか――」


 えっ、ここで?

 ここで私、終わり?

 ――ダメ、さっきみたいに逃げられない……。


「はいはいはいはいはい、いまそこまでしなくても、いいと思いまーす!」


 唐突に、声が響きました。若い男の声でした。

 カツカツと、足音が響いてきます。


「皆さん! いまの彼女の活躍、見たでしょう!? 彼女は確かに凶悪なスキルである『対人型特殊特効』、つまり『連続殺人』の持ち主だ、ところがいま、彼女はそれを逆手にとって侵入者を見抜いた!!」

「エ、エルネスト……」


 私を睨んでいた協会の偉い人らしき方達が、眉を顰めます。視線の先にいたのは、汚れた白衣を着た眼鏡の男でした。緑色の髪に、青い瞳の方ですが、顔の上半分に、火傷のような跡があります。


「そこでワタクシからの提案です!」


 エルネストという方は、ばっと腕を広げます。


 凶悪なスキルを持つ彼女でも、冒険者として利用できるかどうか……



【第一章 第一章 スキル「シリアルキラー」持ちって冒険者になれないんですか? 終】






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これで第一章が終わりとなります。読んでいただきありがとうございます!

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