第一章(03) 私に素敵なスキルはありますか?
* * *
大丈夫なわけがありますか。
「ぉ……お……」
一つくらい、問題が理解できるんじゃない?
……そんなことはありませんでした。何が書いてあるのか、さっぱり理解できませんでした。
だから全部適当に選ぶしかありませんでした。
「筆記……なんてぇ……」
終了時間になり、解答用紙は回収されました。私は机に突っ伏すしかありません。
「筆記、あれ噂によると八割超えないとダメらしいな」
「八割!? 無理だろそんなの!」
そんな声が聞こえてきます。
――なんかもう、めんどくさいなぁ……。
もうこんなのじゃ、絶対冒険者になれっこないじゃないですか。
白目剥きそう。目の前がぐにゃぐにゃに歪みます。
――全員斬っちゃってもいいかなぁ……。
冒険者になれたら、魔物を斬れる。そう思ってここに来たのに。
――もう冒険者になれないし……お金もないし……。
全部だめなら、ここで大人しく待っている必要もないのです。
……自然に片手が腰のナイフに伸びます。
「――ま、でも俺はもう自分に強い『スキル』あるってわかってるから、筆記ダメでも合格できるかな」
でもその声に、ぴたり、と。
「冒険者、人手不足だって言うしね」
……スキル?
そういえば冒険者協会の職員の方が最初に説明していました。
筆記試験の後に、所持スキル判定を行う、と。
……正直スキルについてはよくわかりません。村はほとんど平和でしたから冒険者に会ったことはないですし、村の人も冒険者についてよく知っている人はいませんでした――知っていたら、誰かが「実技はないよ、筆記試験があるよ」と教えてくれていたでしょう。
けれど、スキルってあれでしょう?
剣士の人がすごい技出したり、魔法使いの方の魔法そのものの、アレ。
「けどさぁ、お前が『スキル』だと思ってるもの、なんでもなかったらもうおしまいよ?」
「いやいや! 魔物倒したことあるし!」
「――私も……魔物倒したこと、ある……」
不意に、頭の中のもやもやが晴れてきたように思えました。ぐにゃぐにゃだった視界も戻ってきます。
もしかして、私が魔物を倒せたのは。
「――スキル?」
それがあったから? 技みたいなものを使った意識は、ないのですが。
「『スキル』なしでも魔物倒せる人間はいるけどね」
「頼むよ~不安になるからそういうこと言わないで~」
あれ? じゃあ私が魔物を倒せたのは、何?
「……うぅ」
また突っ伏すしかありません。
……でもまだ諦めてはいけない、その事だけはわかりました。深呼吸して顔を上げて、姿勢を正します。乱れた髪も整えます。
筆記がダメでも、スキルがあれば!
「みなさん、筆記試験、お疲れさまでした。続いて所持スキル判定を行います。順番に呼びますので、呼ばれた方は別室で『
少しして、職員の方がやって来ました。一人、また一人と呼ばれていきます。
私が呼ばれたのはあとの方。
「それでは、所持スキル判定を行います。こちらに立ってください」
ようやく案内された部屋は、小さなホールのような場所でした。奇妙な姿見があります。ぽかんとした私と、にこにこ微笑む職員の方の姿が映っています。
高そうな鏡、というよりも、何か、不思議な感じのする鏡です。
「これが、ええっと……」
「どこの冒険者協会には必ずある
魔結晶道具? 村では聞いたことがありません。
でも名前からして……「なんかすごい魔法の道具」なのでしょう。
「『運命鏡』には、あなたの『運命』とも言うべき『できること』……すなわち『スキル』が映し出されます」
私を姿見の前に案内しながら、職員の方が説明します。
なるほど、これはそういう道具で、スキルとはそんな感じなのですね。
「スキルを所持しているかいないか、所持しているとしたらいったい何があるのか。それは判定される魂それぞれです」
得意なことは人それぞれ、ということですね!
「わ、私、魔物倒したことあるんですケド……」
とりあえず主張してみますが、
「それだけではスキルを持っているとは判断できません。スキルがなくても、鍛錬した人間であれば、それなりに魔物を倒すことが可能です……しかし、伸びしろがありません」
「の、伸びしろ……? うーんと、つまり、普通の人の限界と、スキルがある人の限界は違う、みたい、な?」
「冒険者は、凶悪な魔物と立ち向かうこともありますので、スキルは必須なのです!」
『運命鏡』の前でぴしっとするように促され、私は顔をこわばらせたまま、鏡に向かいます。
私が魔物を倒せたのは、偶然ですか? それともスキルがあったから?
祈るような気持ちで目を瞑ります……。
お願い! スキル! 私にあって!!!!
「わあ……星空ですか?」
いったい何が映し出されるか……そろそろと目を開けると、鏡に私の姿はなく、星空が広がっていました。
『スキルありません』とか映し出されたらどうしよう! そんなことを思っていたので、ちょっとびっくりです。
「ここにいま映っているのは、あなたの可能性、あなたの才能です。これを読み解き、あなたがどんなスキルを持っているのか判定を行います……」
職員の方は書類を取り出し、鏡に映る夜空を見つつ、何やら記録をとり始めます。私には鏡の夜空が何を伝えているのか、わかりません。
ひやひやしながら待っていると。
「――どうやらあなたには、『戦闘術:速攻剣技』があるようですね」
「『戦闘術:速攻剣技』?」
――スキル、ある。
――私、スキルある!!
「長剣や短剣を素早く扱うことのできる『才能スキル』です」
「『才能スキル』……!」
「鍛えれば『技スキル』も使うことができますよ!」
「『技スキル』……!」
――『才能スキル』と『技スキル』って何が違うんでしょう?
……あっ、なんとなくわかりました。多分『才能スキル』が「得意なこと」みたいなもので、『技スキル』がそれこそ技のスキルなのでしょう。
何はともあれ……私には、スキルが、ある!!
「私……冒険者になる才能、ありますかっ?」
スキルがあれば冒険者になれると、誰かが言っていました。私は思わず職員の方に飛びつきます。職員の方はこくこく頷きました。
「ええ、『戦闘術:速攻剣技』は一般的なものなので、あとは筆記試験によりますが……」
「へっ?」
スキルがあれば冒険者になれるんじゃないんですか?
筆記試験ダメダメでも、スキルあればなれるって話じゃないんですか!?!?
私の表情はまた凍りつきます。
あれは、筆記試験の結果を補えるほどのすごいスキルがあれば、ということだったのでしょう。
先程この職員の方は言っていました、『戦闘術:速攻剣技』は一般的なもの、と。
……おしまいでしょうか?
「ちょっと待ってくださいね、あなたにはまだ、スキルがあるようです……」
「まだありますかっ!?」
そのスキルがいいものであれば――!
星空を見ても、やっぱり何がそこに描かれているのかわかりません。職員さんの書類を見ようにも、そんな行儀の悪いことはできません。
ただ気付きました。職員の方の手がぴたりと止まったことに。やがて。
「えーっと……ここでお待ちいただいても?」
「えっ、あ、はい、大丈夫です」
そそくさと、職員の方は部屋の外に出てしまいました。なんだか震えているようにも見えた気がしますが、気のせいでしょうか。
もしかして……私に、それくらい慌ててしまうすごいスキルがあった……とか!?
改めて鏡を見ます。私のスキルが映し出されているという夜空。きらきら輝く星は、きっと私の明るい未来を照らし出しているのです。
――背後に妙な気配を感じたのは、その時でした。
「うわ……っ、へっ?」
反射的に身体が動いていました――光る鞭のようなものが、私を捕まえようとしていたのです。
自然と目が扉の方に向きます。そこにあったのは、冒険者らしい方数名の姿、その後ろにも何人か。あと……先程まで私に親切に話しかけてくれていた職員の方が顔を真っ青にして震えています。
そっちに気がとられてしまったので、二撃目を避けられませんでした。
先頭に立つ方が光る鞭のようなものを飛ばしてきます。それはしゅるしゅる蛇のように私に巻き付いたかと思えば腕と身体をきつく締めあげ、ロープの姿になりました。
勢いに私は床に倒れます。腕が使えず立てません……。
「拘束しました!」
「武器を奪え!」
ぞろぞろと人が入ってきます。何故か皆さん……鬼気迫った様子です。一人が私のナイフを奪っていきました。
「えっ? えっ?」
せっかく手に入れた、お気に入りのナイフが!
それよりも、何が起きているんですか!?
「間違いない……これは『人型特殊特効』だ」
偉い人のように見える方々が、私の運命を映している鏡を睨んでいました。
「別名『
「な、何ですかそれ……」
なんだかとても物騒なスキル。
それが、私に?
――確かに「人を斬ってもよかったならなぁ」とか「人斬っちゃおうかなぁ」と、今日もすでに何回か思ったことはありますが。
でも思っただけですし、実際やったわけじゃないですし。
まさかそんな凶悪そうなスキルなわけが……。
「お前! 我々を殺しに来たのだろう! まだ冒険者でないくせに、武器まで用意して!」
私からナイフを奪った人が怒鳴ります。私は、
「そ、それは実技試験があるからと思ったからでぇ……あの! 何ですかこれ! どういうことなんですか!」
誰もかれも、私を無視します。一人の声が響きました。
「――スキル『人型特殊特効』、別名『連続殺人』は危険すぎる! よってこの者を処刑するべきだ! もう二度と、あの悲劇を繰り返さないように!」
……は?
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