第一章(02) 筆記試験って何ですか?

 * * *


「――す、素敵です……!」


 そこはあの武器屋から少し離れた場所にあった防具屋。まるで服飾屋のような防具に惹かれ、私はここで防具を買おうと決めました。


 防具はすぐに決まりました――真っ白なドレスのような服です! なんてかわいいんでしょう!


 実際に着てみると、どきどきしてしまいます――姿見に映る私は、まるで物語の中に出てくるお嬢様みたいです。薄茶色のロングヘア、ちゃんと手入れをしていてよかったと思います。鏡の中、私自身の菫色の瞳と目が合います。


 最高! 最高!

 こんなにかわいい冒険者になれるなんて!

 ……まだ試験に合格しても、受けてもいないのですが。


「こんなにかわいいのに、ちゃんと身を守れる素材でできているなんて不思議です!」


 これでもしっかり冒険者の装備。特殊な素材でできていると説明されました。


「ありがとうございます! お直しが必要だって言われて、時間かかりそうだから諦めようと思いましたが……本当にすぐでしたね!」


 微笑んで、私はこの店の店主さん――私よりも幼く見える女の子にお礼を言います。黒い髪を肩の上で切りそろえた彼女は、じとっとした黒い瞳を渡しに向けます。


「……ん、これ、お代」


 そうして差し出してきたのは、この装備の金額が書かれた札。ちょっと高かったはずですが、武器をタダで入手できたので、その分が使えるはずです――。


「――これ、最初に教えてもらった値段より、随分上がっていませんか?」


 私の記憶では、もう少し安かったような……これでは所持金のほとんどがなくなってしまいます。


「お直し代入れたから。あんた、胸大きすぎる」

「ええ……」


 確かに、最初に試着しようとしたとき、胸が入るか不安でしたし、実際「そのままじゃ入らない」と言われたからお直しをお願いしたのですが……。


 もうお直ししてもらってしまったし「払えません」なんて言えません!


「これでお金はほとんどなくなっちゃいましたが……防具もいいものを買えたんです! これで試験合格は間違いありません、お金は冒険者になってから稼げばいいのです!」


 お財布は軽くなってしまいましたが、これからです! 準備はばっちり、これなら絶対に冒険者試験に合格できるはずです。


「うわっ!? もうこんな時間!? ありがとうございました~!!」


 お店にある時計を見てびっくり。慌てて外へ走り出しました。


「……なんで冒険者試験に受かってもいないのに防具買ってったんだろ?」


 その後で、店主のあの子が何か言っているのに気付かないで。


「もしかして……噂に聞くアレ? 稀にいるって言う……『実技試験があると思っているタイプ』って奴……?」



 * * *



「皆さんには、筆記試験と所持スキル判定、この二つを受けていただきます。冒険者試験の内容は、その二つになります」


 ――あれ?


 無事に冒険者協会にたどり着いた私は、開始時間ぎりぎりで受付を済ませ「試験会場」に案内されました。

 長い机がいくつも備え付けられ、何人もが座れるようになっている部屋です。決められた席に座れば、ちょうど試験の説明が始まったのですが……。


「まずは筆記試験を行います――カンニング行為をした人は即失格です。いままでの努力を、ぜひ発揮してくださいね!」


 実技試験って、聞こえなかったな?

 えっと、所持スキル判定っていうのが、そうなのかな?

 いやでも……周りの人、普通の格好……武器なんて誰も持ってない……。

 そもそも筆記試験って、なに?


「――あ、あの!」


 協会の職員の方が、受験者それぞれに紙を配り始めます。その間に、私は隣の席に座っていた男の人にこそこそ尋ねます。


「実技試験って……いつ、やるんですか?」

「は?」


 男の人は、最初、本当に何を言っているのかわからない、という顔をしていました。段々と口の端が上がっていきます。


「フン、貴様、田舎者だな? なに勘違いしているんだ? そんなものないに決まっているだろう?」


 ……職員の方が、私達にも紙を配ります。


 確かに私は田舎者ではあるのでしょうが。


 ――冒険者試験って、実技試験ないのぉぉ!?!?

 魔物と戦うお仕事なのに! 力こそ正義じゃないんですか!?

 きっと魔物相手に戦うんだって、そんな実技試験をするんだって、思ってたのに!!

 思い込んで詳しいこと全然知らない!


 そして筆記試験ってなに!?


「それでは、筆記試験、開始!」


 宣言の直後、部屋はかさかさ、紙にペンを滑らせる音に支配されます。囁くような音でも、私にとっては響くように聞こえる音です。

 いったい、どんな内容の筆記試験なのでしょうか。問題用紙に視線を向けます……。


『ロヒ草原に生息する魔物チーバンについて以下の問題に応えよ』

『前日に雨が降った際、チーバンに近づいてはいけない。その理由を選択せよ』


 あっ、全然わかんない!

 ロヒ草原? チーバン? 雨が降った際近づいちゃいけないって、逆に理由を教えてくださいよ!


 どれもこれもが意味不明! 読める文字で書いてあるのに、意味が全然わかりません! もはや悲しいどころが不思議な気持ちでいっぱい! 大混乱!


 けれども、みんな、問題に取り組んでいます。ということは……。


 みんなちゃんと勉強してきています!

 勉強していないのは私だけ! そもそも筆記試験があるなんて知りませんでしたし!


 ――誰か筆記試験があるって、実技なんてないって、教えてくださいよ!!


 冒険者試験について調べなかった私が悪いのもありますが、村でも誰もそんな話をしてくれませんでした。

 ……田舎だから?


 とにかくわかることは一つです。

 この筆記試験で点数を取らなきゃ、冒険者になれない!!


「ぅえ……っ、ひっ……」


 とにかく手を動かさないと……幸い、問題は全て選択形式。それっぽいのを選んで、と。


「ひ……ぅ、う、ぐ……」


 大丈夫。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫――。

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