第一章 スキル「シリアルキラー」持ちって冒険者になれないんですか?

第一章(01) 強さとかわいさを備えた武器がほしいのですが?

 今日は予定なら問題なく冒険者になるはずでした。


「ここが『数字泉街すうじせんがい』……!」


 『六番泉街:ペルアール』。

 私の生まれた村とは大違い。建物も人も多く、まるで迷路です。耀力ようりょく街灯が並んでいるのが見えます。


「これが『耀力ようりょくいずみ』の力……!」


 『数字泉街』のある場所は、世界の持つ魔力である「耀力」が湧くところ。だから文明が発展するのだと聞いたことがあります。

 道端を見れば、上に魔法陣を輝かせた掲示板がありました。


『冒険者試験、本日! 受験希望者は冒険者協会まで』


 そんな文字が現れているかと思えば、ぱっと切り替わって地図になります――冒険者協会までの道のようです。街が広すぎてちゃんとたどり着けるかどうか不安でしたが、どうにかなりそうです!

 でも冒険者協会に行く前に。


「武器屋さんや防具屋さんはどこかしら……買うなら村よりこっちの方がいいと思って来ましたけど……」


 冒険者試験……何をするのかは知りませんが、冒険者といえば魔物と戦うお仕事をする人達のことです、きっと魔物と戦うことになるでしょう……そのためには武器や防具が必要です。

 手持ちのお金で足りるといいのですが……。


 幸い、武器については、私が思っていたくらいのお金で買えそうでした。


「いろんな武器が……ありますね……」


 そこは工房とショップが一つになったお店でした。大きな扉が開け放たれていて、だからこそ、中に並ぶ沢山の武器が見えたので、入ってみたのですが。


「剣に槍に、メイス……弓にボウガン……どれがいいんでしょう……?」

「――嬢ちゃん、振るわれると困るけど、手に持つくらいなら構わねえぞ」


 店の奥から、店主でしょうか、おじさんがそう言ってくれました。


「――短剣がしっくりくる気がします!」


 思い出してみれば、私が初めて魔物を倒したとき、持っていたのはケーキナイフだったのです。短剣のようなものです。


「かわいい短剣は……ないですね……」


 できれば、持っていてウキウキするようなものが良かったのですが、並んでいるのは、どれも普通の短剣ばかり。緩やかなカーブを描いたお洒落なものもありますが、私が求めているものとはちょっと違うかな、と感じてしまいます。


「あんまり悩んでいると、防具を選ぶ時間がなくなっちゃいますね」


 いまは適当に選んで、試験に受かったら、ちゃんとしたものを相棒として買いましょうか。


「なんだよこれ! どんだけ武器作りが下手なんだか……」


 不意に、店の奥から声が聞こえてきました。あの店主らしきおじさんの声です。見れば、お兄さんの姿もそこにあり、申し訳なさそうに頭をかいています。

 お兄さんは、店の奥にある工房からやって来たそうです。


「す、すみません、面白い武器が作りたくて……」

「俺達みたいな東の人間は、洒落た武器なんかじゃなくて、普通の武器を作ってりゃいいんだよ。そもそもなんだよこりゃ、ケーキナイフじゃねえんだから……」


 ケーキナイフ?


「それっ、どんな武器なんですかっ?」


 私は、店の奥、二人の元に駆けつけていました。そして見ました――お兄さんが、ケーキナイフのような短剣を持っているのを。


 包丁よりも長く、かといって剣ほど長さのない短剣です。刀身は平べったく、先は尖っていません。鍔もなく、まさにケーキナイフみたいでした。

 なにより波刃なところがかわいいです!


「本当にケーキナイフみたいですねっ! すごく素敵……!」

「ケーキすら切れねぇよ、こんななまくら……」


 店主さんはそう言い、お弟子さんのお兄さんもしょんぼりしていましたが、私にはそんな風には見えませんでした。

 考えてしまいます――こんなかわいい武器を持って冒険者として働けたのなら、どれほど楽しいことか、と!


「おじさん、それ、いくらなら売って――」


 ――外から悲鳴が聞こえてきたのは、その時でした。


「危ない! 逃げて!」

「いやあ! 誰か助けて!」


 何かが破壊される音。それから低い唸り声のようなもの……。

 自然と私は、店の外に飛び出していました。そして混乱の声が上がる方を見れば――。


「あれって、トロール、ですか?」


 人間よりもずっと大柄な、薄い緑色の身体。布を雑に巻いただけのような格好に、大きなお腹。腕も太いのですが……脂肪でぷにぷに、というよりも、どこか力がりそうに思えます。


「『数字泉街』なのに、魔物が入り込むことがあるんですね!」

「なに言ってんだ嬢ちゃん、ここは街の『東側』だ、魔物が襲撃してくるなんていつものことだ……いつもはいったい、どこで買い物してるんだ?」


 いつの間にか、隣には店主のおじさんがいました。続けて外に出てきたお弟子さんが、


「それにしても親父さん、トロールなんてでかい奴が入り込むなんて珍しいですし、危険ですよ……また森の方からやって来たのかな」


 トロールは武器を持っていませんが、その太い腕をぶんぶん振り回して暴れています。家先に並んでいた木箱を壊し、また馬車を壊し、驚いた馬が走り出してしまいます。

 そこに、何人かの人が、武器を持って走ってきました。多分この辺りに住んでいる人なのだろうと思いますが――ぶん、と振ったトロールの腕に、払い飛ばされてしまいました。


「早く冒険者さんに退治してもらわないと、怪我人どころが死人が出る――」


 お弟子さんが短剣をぎゅっと握りしめて身を縮めます。

 その声が聞こえてしまったのでしょうか、トロールの瞳がぎろり、と。


 あんまり頭がよそさうでないそこに映るのは、私達三人の姿です。どん、と巨大な足が一歩踏み出されます。


「嬢ちゃん危ないぞ、ひっこめ――!」


 店主さんの怒鳴り声が聞こえました。同時に、トロールがこちらに向かって走ってきます。私達三人と、このお店めがけて。


 ――

 ――


 気付けば私は、お弟子さんから短剣をひったくっていました。

 それを、構えて、滑らせて。

 それこそケーキを切り分けるように、縦に、まっすぐ。

 息をするように、払うように。


 ――腕を振り上げていたトロールの身体が、右半身と左半身、ずるん、とずれました。


 赤い線が生まれて、血が溢れ出します。

 真っ二つになったトロールは、そのまま崩れてしまいました。


 それを私は、血塗れの短剣を握ったまま、見下ろします。服の裾に、少し返り血がついていました。じわりと広がりますが、気にはなりません。


 思い出したように息を吸って、吐きます。

 ――この、感覚。

 これ。この。肉を斬る、というよりも。

 なんというか。

 ――とにかく、気分がよくて。

 それこそ、ケーキを食べる、みたいに。


「……へ?」


 と、店主さんの声に我に返ります。いつの間にか、短剣を握る手に更に力を入れていました。もう、魔物はいないのに。

 ――もっと何か、斬りたいのに!


「あ……はは~……斬れちゃいました……思ったより、強くなかったみたいです!」


 我に返っても数秒の間、私は息を荒らげていました。いけないいけない。短剣を握る手はぷるぷる震えていました

 怖くて怯えているように見えたのなら幸いですが、私の目はくるくる動いてしまっていました――他に魔物がいないか、探して。


 ――近くに人ならいるのになぁ……。


「い、一撃で? ていうか嬢ちゃん、冒険者だったのか?」


 わやわやと人が集まってくる中、店主のおじさんがひどく驚いたように声を上げていました。

 そんなにすごいことなのでしょうか。そもそも私、冒険者でもないのですが……。

 考えられるのは一つです。


「この短剣! この短剣すごいですね! 私、買いますっ! いくらで売ってくれますかっ!?」


 きっとこのかわいい短剣が強いのです! かわいい上に強いなんて……「ダメな剣」みたいに言われていましたが大間違いです!

 考えてみれば、何事にも相性というものがあるのです。お料理をするにも、合う素材合わない素材があります。きっとこの短剣と私は、相性がいいのでしょう!

 それなら、どうしてもこの短剣を手に入れなくてはいけません。


「へっ? いや、それ……売り物にならないものだし……」


 お弟子さんはそう言いますが、私にとっては価値のあるものでした。


「言い値で買います! これがいいんです!」

「そう言われても……ゼロだよ嬢ちゃん、残念だけど、それの価値はないからゼロだ」


 割り込んだのは店主のおじさんでした。頭を横に振り、両手を広げていました。


「まあ……トロールを倒してくれたこともあるし、ほしけりゃタダでやるよ」

「僕も持っていってもらって構いませんけど……」


 お弟子さんも戸惑った顔をしながら答えてくれました。


「本当ですか!? タダでもらっちゃって……!」


 言い値で買うと言ったけど、正直すごく高い値段を言われたら、と内心びくびくしていました。


「これで冒険者試験に挑む武器が手に入りました! 最高の武器です!」


 ぎゅっと握った、とってもかわいい短剣。これはもう、私のものなのです!


「おじさん、お兄さん、ありがとうございました~! 試験頑張ってきますねっ!」


 これがあれば、きっと試験なんてあっという間です!

 この次は、防具を買いに行かなければ!

 いい武器屋で、いい武器と出会えたのですから、防具だって、いいお店、いいものに出会えるはずです――!


「試験って……冒険者じゃなかったのか」


 ……私が去ったあと、おじさんは、首を傾げてお弟子さんに尋ねました。


「お前の作った短剣もどき、間違いなく、なまくらだったよな?」

「ええと……ここまで綺麗に斬れるとは確かに思えませんね……」


「……ていうか、

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